【完結】劣情を抱く夢魔

朔灯まい

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34.吐露

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 それは南さん達が来る前のこと。

 こっそりと家を抜け出して、アビリウスさんに会いに来た私を彼は快く迎えてくれた。
 
「今朝は一人にしてごめんね」
「ううん、仕方ないよ」
「…体は痛くない?」
「…ん」

 昨日までの私なら、こんなに優しくしてくれるアビリウスさんにまた顔を赤くしていたんだろう。
 でも今はとてもそんな気分にはなれなかった。

「イオリちゃん?どうかした?」
「…え?」
「…元気がないようにみえるから」

 そっと私の頬に手を当て、心配した様子のアビリウスさんに胸が痛む。
 
「そう?…普通だよ」
「…」

 私の解答が不服なのか、手はそのまま黙ってこちらを見るアビリウスさん。
 真っ直ぐに私を見つめる瞳は心配の色が滲んでいて、彼を疑ってしまっている罪悪感から咄嗟に目を逸らしてしまう。

「…っな、何でもないから!」
「…本当に?」
「うん」
「…ならいいんだけど」

 家にいる時は言うべきか迷っていたけど、実際本人を目の前にするととてもじゃないけど言えなかった。
 それを言ってしまって今の関係性が崩れる事が嫌だった。
 
「何か嫌なことでもあったのかと思ったよ」
「あはは、心配してくれてるの?」
「当たり前じゃん!」

 冗談混じりで言えば思いの外語気を強めてそう言うと私をぎゅっと抱きしめてきた。

「…大切だから」 
「…」

 それは相性がいいから?

 せっかく振り払おうとした自分の中のモヤモヤとした気持ちがあっという間に戻ってくる。
 我慢していた言葉を飲み込もうとしているのに、そんな気持ちを押し込むことなど許さないと言うようにそれは迫り上がってくる。
 愛おしむように私を見る彼の顔も、その裏では嘲笑っているんじゃないかと勘繰ってしまう。

「それってさ、」

 駄目、言っちゃ駄目。
 わかっているのに口は勝手に動いた。

「アビリウスさんにとって、私が都合の良い女だから?」
「…え?」

 抱きしめられていた体を突き放して距離を取る。
 一度口に出してしまえば、堰を切ったように溢れ出す。

「体の相性がいいから大切なんでしょ?」
「イオリちゃん?」
「瞳の事知っても逃げないのは好都合だよね」
「ちょっ、」
「美味しくて、いつでも食べれるなら…そりゃ優しくもするよ」
「何言って…!」

 突然こんな事言われて戸惑わないわけがないよね。
 見るからに困惑しているアビリウスさんを無視して、私は感情を吐き出す。

「こんなに苦しくなるなら…好きになんてなるんじゃなかった…!!」
「…!」

 一方的に捲し立てた私に言い返すどころか、眉を下げて傷付いたように笑うアビリウスさんに息を呑んだ。

「…ごめん、…イオリちゃんにそんな思いさせていたなんて」

 私を責めるどころか、

「僕の行動が不安にさせてるんだよね、…ごめん」

 自分のせいだと言う。

「どうしたら、その不安を取り除けるかな…」

 怒りもせず、ただ私を心配する。

「何で、何で…私のことばっかりなの!もうこんな面倒臭い女捨てればいいじゃん!」

 キツイ口調で当たり散らす私はさぞ面倒臭い女としてその瞳に映っているはず。
 それなのにアビリウスさんはそんな私を突き放すどころか引き寄せてその腕に抱きしめてくれた。 

「そんなのできないよ…」
「やだ!離して…!」

 駄々を捏ねる私をさらにぐっと抱きしめるアビリウスさんの手は心なしか震えている気がした。

「離したくない……イオリちゃんに…嫌われたくない」
「アビリウス…さん、」

 泣き出しそうになるのを堪えるようにか細く言葉を紡ぐそれは嘘とは思えなかった。

「ごめん、ね…僕最低だ」
「っ…」

 そう言ったアビリウスさんはそれでも私を離さず抱きしめてくれていて。
 ようやく私は自分の感情に任せて取り返しのつかないことを言ってしまった事に気付いた。
 アビリウスさんが何を思っているのか考えもせず、勝手に決めつけて吐き捨てた。
 それがどれだけ相手を傷付けているかも知らずに。

「ごっ、ごめ…私…!」
「謝らないで…。僕が悪いんだから」
「ちがっ、」

 誰かをこんなにも好きになる事がなかった私にとって、この不安を抱え込む心の余裕はなかった。
 でもそれもただの言い訳にしかならない。

「付き合ったりしてるわけじゃないのに…私達の関係って何だろうって思ったら…私…」
「…夢魔の性質…って言うと狡いかもしれないけど、僕達は生きるために不特定多数の人間と関係を持つ」

 散々言い放って泣ける立場じゃないのに、涙が溢れそうになるのを必死で食い止める。

「相手が気持ちよくなる事はするし、それによって僕達も生きることができる…。その為だったら相手を誘惑して懐柔する事も厭わない、そんな卑しい存在」
「…」
「自分の能力は理解してるはずなのに、自分の裁量で物事を進めて…それでイオリちゃんも幸せに感じてくれてると勘違いしてしまっていたよ」
「勘違いじゃ…!」

 自らを卑下しながら、それでも私を傷付けまいとする優しさは痛いほど伝わってくる。

「ごめんね不安にさせて。僕が言葉足らずだったから…イオリちゃんは何も悪くないよ」

 ぶわりと堪えていた涙がボロボロと零れた。
 私は何て酷い事を彼に言わせてしまったんだろう。あの優しさが全て偽りなわけないのに、私は…私が最低だ。

「私…!」
「…待って、近付いてきた…」

 思いを口にするより先にアビリウスさんに制されると、彼は最初に出会った時に付けていた仮面を取り出した。

「…入ってこないから無視してたんだけど…」
「?」

 何かを察したのか、背中に回されていた腕が離れると、彼はゆっくりと入り口に向かった。


 
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