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23.夜明けの月③
しおりを挟む美月さんに連れてこられた場所は、僕達がいたところからそう離れていない公園だった。
灯は付いていて真っ暗ではないものの、チカチカと点滅を繰り返していつ切れてもおかしくなさそうだった。
「ここが来たかったとこ?」
「うん」
公園に着くまでの道中も口数が少なかったが、ここにきてからはさらに減った。
何も言わず、美月さんはブランコに腰掛けると錆びているのかキーキーと金属の軋む音が鳴り響く。
どれくらいそうしていたか、美月さんは座ったままポツリと話し出した。
「ここね、私が小さい時よく家族で来てたんだ」
「そうなんだ」
「うん、でもね、お母さんが病気で死んじゃって…それっきりだったの」
思い出の場所なのか、懐かしむ様子の美月さんだが表情は暗い。
「…お母さんが死んじゃって、お父さん…変わっちゃった」
「そう…」
ここで慰めの言葉をかけ、優しく抱きしめてあげれば大抵の子が僕に落ちる。
それは経験則に基づいたもので、恐らくそうする事で何なく唇を奪う事ができるだろう。
でも、どうしてかそれを実行する気になれない。
「役立たずには、躾が必要何だって…」
そう言って袖を捲ると、細い腕に見合わない赤黒い痣。それも一つではなくいくつもある。
「酷いでしょ?もう私の事娘とも思ってないみたい」
自分のことなのに他人事のように、笑いながら話す美月さん。
僕は彼女に夢を見せる事はできても、現実の痛みを消す事はできない。
「…あっ、ごめん!突然こんなの見せても引いちゃうよね」
「…!」
沈黙がまずかったのか、美月さんは捲っていた袖を慌てて戻して勢い良く立ち上がった。
「ここまで一緒についてきてもらって悪いんだけど、私帰るね!!」
「…待って」
「っ…!!」
僕の返事も聞かずに去ろうとした美月さんの腕を掴むと、あからさまに顔が強張るのが分かった。
「引いてないよ」
「…」
「僕は美月さんの味方だよ」
「アビーさん…」
まるでその言葉を待っていたかのように、美月さんの瞳から一粒、また一粒と涙がこぼれ落ちていく。
「ごめ、…アビーさん」
「ん?」
「…」
無言で僕にしがみ付く美月さんを、僕はそっと抱きしめ返す。
それが嬉しかったのか、彼女は堰を切ったように泣いた。
*
「…落ち着いた?」
「んっ…」
まだ鼻を啜っているが、涙は止まった美月さんの頭を撫でるとそれを大人しく受け入れていた。
「…ごめんね」
「何が?」
「こんな話聞かせちゃって…」
「いいよ、気にしないで」
もともと警戒心が低いとは思っていたが、それも完全になくなっていて、自然と嬉しいと思う自分がいた。
「家には帰るの?」
「…うん…帰らないと…もっと役立たずになっちゃうから」
「…」
表情は固く、それが本人の望むことではないのが分かる。
ただその選択肢しか美月さんには与えられておらず、僕はそれを黙って見ることしかできなかった。
「僕はもう少しここに居ようと思うけど、一人で帰れる?」
「うん、大丈夫」
そう言ったが、美月さんは中々帰ろうとせず、僕をじっと見ている。
「…さっきのところまで一緒に帰ろうか?」
「…」
少しの沈黙の後、意を決したように口を開いた。
「…また、辛くなったら会いに来てもいい?」
「もちろん」
頷く僕を見て先程までの固かった顔つきが柔らかくなり、嬉しそうに笑った彼女から目を離せなかった。
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