【完結】劣情を抱く夢魔

朔灯まい

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24.夜明けの月④※

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 公園での出来事から数日経ったある日。
 相変わらず何も食べておらず、そろそろ空腹で体が限界を迎えそうだなと路地裏の片隅で思っていた。
 キールもあれから姿を見せないし、このまま朽ち果てていくんだろうか、そんな事を考えていた時だった。
 僕の前に現れたのは美月さんだった。
 その顔は赤黒く腫れ、涙をぼろぼろと流し、明らかに様子がおかしかった。

「アビーさん、」
「美月さん」

 何も言わず僕に抱きつく美月さんは震えていて、あの日見た時より痩せて細くなっているのが見てわかる。

「…私、何がダメだったのかなぁ…?」
「…」
「無理、だったのかな」

 か細く弱々しい声で呟く彼女を抱きしめる事しかできなかった。
 気の利いた言葉ひとつ言えない、傷を癒す力もない、それがとてももどかしく感じた。

「アビーさん、私…頑張ったよね??」

 錯乱状態に陥っているのか、焦点が定まっておらず僕はどうすればいいのかわからなくなっていた。
 何もできない僕に対して美月さんは話し続けていたが、それがぴたりと止まった。

「…美月さん?」
「アビーさん、私…」

 そこで今日初めて目が合う。
 初めて会った時のキラキラした瞳ではなく、どんよりと濁った瞳が僕を映す。

「もう…楽になりたい」
「え?」
「…こんな生活が続くなら…いっそ死んで楽になりたい」
「…!!」

 それは明確な意思だった。
 
「…初めて合った時のこと覚えてる?」
「…覚えてるよ」
「あの日ね、アビーさんを見た時…死にたそうだなって思ったの…ごめんね」
「…いや、」
 
 出会った日のことを思い出しているのか、当然語り始めた彼女の言葉に静かに耳を傾ける。

「…勝手に自分と重ねて見えて…、この人は私と同じだって思ったの…」
「そう…」
「…辛い思いをしているのは私だけじゃないんだって…最低だよね、私…。ごめん…」

 泣きじゃくりながら何故こんな時まで謝るんだろうか。自分のことで余裕なんてない筈なのに。
 
「…全然っ、そんなこと…なかったのに…ごめんなさいっ…!」
「何で謝るの」
「…だっ…!」

 僕は美月さんがこれ以上謝るのを何故か聞きたくなくて、それを止めるようにキスをしていた。

「んっ?!」
「…」

 その瞬間、彼女の生気を無意識のうちに吸っていた。
 それは空腹からくるものなのか、とてつもなく満たされる感覚が全身を駆け巡る。

「んっ…」
「…謝る必要ないよ…実際そうだったし」
「……っ」
 
 口ではそう言いながら、頭の中は別のことでいっぱいになっていた。
 ほんの少しキスを交わしただけで、ここまで満たされるのなら、それ以上の事をするとどれ程のものを得られるのだろうかと夢魔の本能が理性を抑え込んだ。

「あの時、きっと僕は無意識に死を選ぼうとしてたんだと思う」
「…!」
「でも、死ななくてよかった…。美月さんに会えた」

 僕の理性がそう言っているのか、本能が彼女を取り込む為に言わせているのか、もう僕にはわからなくなっていた。
 頭にあるのはもう一度彼女を味わいたい、ただそれだけだった。

「僕はあの日、美月さんに救われたんだよ」
「…私っ、役に立てた?」
「とても」
「嬉しい…」

 再び唇を落とす。ほんの少し先程より長めに、そしてより深く。
 
「…んっ、」
「…っ!!!!」

 ぞくりと体が震えて、この感覚をもっと味わいたいと体が欲しているのが分かる。
 自分の中の本能が、どんどん昂っていくのが分かる。

「んっ、なんか…変」

 美月さんにも快楽が襲ってきたのか、トロンッとした瞳で僕を見つめる。

「…んふふ、なんだか…とっても幸せ…」
「ん?」
「誰かの役に立てたんだなって…ぁんっ!」

 ビクビクと体を痙攣させて、快楽に身を委ねている美月さんは煽情的で体が熱くなるのを感じる。
 外にも関わらず、声を抑えるどころか激しく喘ぐ美月さんに僕は愛撫を繰り返し、その唇を貪り食らう。

「あんぁ、いっ、ちゃ…ぁぁあ!」
「…っく!!」

 元々の感度がいいのか、何度も絶頂を繰り返す美月さんは息も絶え絶えでぐったりとして少し苦しそうに見える。
 

「っは…ぁ…んっ…ア、ビさん…」
「んっ…?」
「目…青だっ…ぁっ、っあ!」

 美月さんは荒い呼吸でそう言って僕の目元を撫でた。
 目が…青い…?

「…、なんか、…幸せだなあ…」
「……美月さん?」

 満たされた僕とは裏腹に様子のおかしい彼女の姿を見て、ようやく自分が致死量にあたる量の生気を吸ってしまったことに気付いた。

「…!美月さん!!!」
「ん…?なぁに?」
「ごめっ、僕…!!!」
「…んー?」

 意識が朦朧としているのか、先ほどまでの威勢はなくとても静かだ。

「謝ら…ないで……」
「まっ、て!今…僕が…!」
「アビリウス、無駄だよ」

 キールの凛とした声が僕を静止させる。
 
「キー、ル…」
「…ほら、聞いてあげなよ」

 いつからいたのか分からないが、キールは全てわかった様子で僕たちを見ていた。

「…アビーさん……」
「う、うん何?」
「…また、ご飯…一緒に行きたい…」
「!!うん、行こう…、食べに行こう」
 
 僕の返事に微笑む美月さんの瞳から涙が溢れた。

「やったぁ…約束、だよ…」
「うん、約束…」
「…幸せだなぁ…」

 それを聞いて満足したのか、美月さんはそれを最後に何も言わなくなった。

「美月さん…?」
「…」
「ねえ、美月さん、今からご飯…いこうよ、…僕、お腹…空いて…」

 それっきり優しく声をかけても、体を揺さぶっても美月さんから反応がない。

「…ほら、行かないと…食べ損なっちゃう」
「アビリウス、」
「あ、そうだ…僕の友人も一緒に、いいかな?…ね、キールも一緒に…」
「アビリウス!!!!」

 キールの僕を呼ぶ声は悲痛に満ちていて、逃避しようとしていた僕の心を逃さないとしていた。

「…現実に戻って。死は戻らないよ」

 無情にも突きつけてくる事実は、僕を冷静にさせると同時にどうしようもない怒りを沸き立たせくる。

「わかっ…てる!」
「…分かってるなら早く動いて。恐らくすぐにこの事はバレる。最悪死刑だ」
「…もうそれでいいよ」

 ようやく自分の中で生きる理由を見つけた、そう思った矢先自分自身の手で彼女を壊してしまった。
 それは僕の心を容易く壊した。

「たくさん…食べたのに…空腹のままなんだ…」
「…」

 体に満ち溢れていた何かがすっぽりと抜け落ちたような感覚に、力無くその場にへたり込んだ。
 このまま彼女の隣で死んでもいい、そう思っていたらキールに思いきり殴られた。

「…いっ…」
「死んだらその理由も分からないままだけどいいの?」

 生きていたとしても、僕にその理由がわかる日が来るとは思えず頷くと、冷ややかな眼差しで僕を見下ろすキール。

「…あっそ、俺は俺で勝手に動くから」

 そう言って去ったキールを見向きもせず、僕は人を殺してまで生きた自分を恥じていた。




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