【完結】劣情を抱く夢魔

朔灯まい

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13.少年

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 ツンツンと何かに頬を突かれている感覚がして、意識が浮上した。

「…ん」

 ふかふかとした何かに体が包み込まれており、とても気持ちが良くずっとここにいたい気分になる。

「あ、起きた?」
「……」

 そう言うわけにはどうやらいかないようです。と、いうか…

「どこ…ここ」
「ここは俺の家!!」
「……」

 目の前には恐らく私を突いていた十歳くらいの健康そうな少年がけらけらと笑っている。
 ごめん、私は笑えない。

「ボクが私をここに連れてきたの?」
「そうだよ!お姉さんいい匂いしたから!!」
「……」

 屈託の無い笑顔でいうものだから、何故だか私の方が躊躇してしまっている。
 それ、意識無くす前にも聞いた気がするなあ。

「俺キール!よろしく!!」
「…よろしく」

 本当はよろしくしたくないけど、キール君には聞きたいことが山ほどあるから、機嫌を損ねない為にも愛想振り撒いておこう。

「キール君、いくつか質問してもいいかな?」
「うん!いいよ!!」
「私さっきまで路地裏にいたと思うんだけど、どうしてキール君のお家にいるのかな?」

 相手は子供だ、慎重に言葉を選ばなくては。
 
「??俺が連れてきたから」
「……キール君一人で?」
「そうだよ!本当は勝手に連れてきちゃいけないんだけど、とてもいい匂いだったからつい…」

  先程からキール君の《いい匂い》というワードが気になって仕方ないのだけど、私ってそんなに香ばしいの…?

「自分ではよくわからないけどそんなにいい匂いがするの?」
「俺が知る限りでは一番!!」

 終始キール君のペースに持っていかれてしまっているのは頂けないが、下手に出て話が拗れるのは避けたいところ。

「ただ…」
「ただ…?」

 そう言うといきなり、ぐいっと子供とは思えない力で体を引っ張られ、抵抗する間もなくキール君にダイブした。

「わっ、ちょ!」
「お姉さんからヤローの臭いがするんだよね」
「…え?」

  ちょうど私のお腹あたりに顔を埋めて、ぐりぐりとしている様は少し幼く見えるが、言ってることが少し物騒な気がする。

「せっかくご馳走見つけたと思ったのになあ」
「ご馳走……」

 背中に回った手が緩まるどころかキツくなって苦しさを感じた時には手遅れだった。
 
「誰かに食われてるけど…まあいっか」
「?!!」

 キール君の体から発せられる何かが、全身にまとわりつき萎縮させる。

「子供だと思って油断した?」
「…キール君、」
「あぁ…いいなその顔…俺は人間の恐怖する顔が大好きなんだ!」

 顔をこちらに向けたキール君の表情は、先程から一変して子供らしさなど微塵も感じさせない。
 
「あんた…何者なの…」
「そんな言い方しないでよ、お姉さん…さっきまであんなに優しかったのに!」

 わざとらしく泣く演技をするキール君。
 その手が緩んだ隙にできる限り距離を取る。

「連れないなあ……まあそれはそれでいいんだけど」

 舌舐めずりをしながら、ゆっくりと近づくキール君の瞳からは涙の一粒も出ていなかった。

「何が目的なの?!」
「目的…?そんなの決まってるじゃん」

 そう言うキール君の頭からは角が、そして背中からは羽…、この姿は…。

「お?これは怖く無いの?…見たことあるってことかあ…やっぱり手付けられてるんだ」
「夢魔…」
「正解!それなら俺の目的なんてわかったようなもんでしょ?」

 あっという間に距離は詰められ、キール君が私の手首を掴む。

「お姉さんを食べてもいい?」
「いいわけないでしょ…!!」
「ええー、俺お腹ぺこぺこなんだよー」

 可愛こぶっているけど、手首を掴む手は異常なほど強く、少年の皮を被った悪魔に恐怖で身が竦む。

「あぁ…いいね、その顔…やっぱり堪らないや」
「……っ!!」
「虚勢を張ってるところ悪いけど、お姉さんに拒否権はないんだ」
「はっ?……んっ!!?」

 私の返事なんて碌に聞かず、キール君はその小さな唇を私に無理やり押し付けてきた。
 
「やっ、だ!!!」
「……」

 同意のないキスなど不快でしかなく、咄嗟に歯を立てると仄かに鉄の味が広がる。
 唇が離れて、キール君の唇の端から血が出ている事に気付く。

「あっ、…えっ、と、…謝らないから…悪いのそっちだし…」
「…ふーん」
「何…」
「いいや?強がってられるのも今のうちじゃない?」

 噛まれたにも関わらず怒るどころか、笑っているキール君は何を考えているのかわからず気味が悪い。

「…そろそろかな」
「は?……っ、?!」

 その言葉とほぼ同時に身に覚えのある熱が全身を巡っているのがわかった。

「我慢は体に毒だよ、お姉さん」
「…っ」

 キール君は歪んだ笑みを浮かべてこちらを見ていた。



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