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10.守り鬼
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私たちは、テレビの音もない静かな空間で沈黙を保っていた。
きっと何から話すかオーくんなりに考えてくれてるんだろう、だったら私はただ待つだけだ。
どれくらい静かだっただろうか。オーくんはゆっくりと口を開いた。
「…私には鬼道という仮名がありました」
「うん」
「鬼は生まれた時に与えられる仮名ともう一つ真名と呼ばれる二つの名が存在します」
仮名と真名。夜叉さんから呼ばれていた鬼道が仮名であれば、真名ってもしかして…。
「真名を名付けるものを命名と、呼びます」
「命名…」
「私は天音に真名を頂き、そしてそれを受け取った事で私達の間に決して切れない縁が結ばれました」
「…」
「縁が結ばれる事で、鬼である私は人である天音から生命力を貰い力を得ることができます…ですが、その時の貴女は幼く貰うことは難しかったのです」
ぬいぐるみに愛着を持って名前をつけた事で、そんな事になっていたなんて思いもしなかった。
私は気付かないうちにオーくんを縛り付けていたの?
「私が真名を付けなければ、オーくんは自由だったんじゃ…!」
「いえ、そんな事はありませんよ。私は自らの意思で名を受け取りました」
「でも、それをしたから弱っちゃったんでしょ?」
「…以前に比べれば、の話ですよ。私は今でも十分強いです」
何事もないかのように話しているオーくんに胸が苦しくなる。
「…そんな顔をさせたくなかったから、話したくなかったんです」
「…だって」
「笑ってください。天音の笑顔は私の力の源ですよ」
「ううう…」
いつものように笑みを浮かべるオーくんは私の頭を優しく撫でてくれる。
いくら取り繕ったところで、生命力が供給されてない事に変わりはない。
私が名前を付けてかれこれ十年以上は経つ。その間彼はどうやってそれを維持していたの…?
「…私が生命力をあげられてない期間、どうやって生きてたの…?」
「キーホルダーになってましたから、そこまで問題はありませんでしたよ」
「…答えになってないんだけど…」
また笑ってはぐらかそうとしている…。
「…わかった、じゃあこれだけ教えて」
「何ですか?」
「今日からあげるから、どうやったらあげられるのか教えて」
過去を悔やんだところで私にはどうすることもできない。だったら今できる事をしよう。
それが例え私の命を削る行為だとしても、守ってくれていた恩はきちんと返したい。
「…軽々しく言うものではありませんよ」
「そんなつもりはないよ、ちゃんと私なりに考えてる」
「天音、私は貴女から頂くつもりはありませんよ」
人から奪って己の力を得る。鬼にとってメリットしかない条件なのに、頑なに受け取ろうとしないのはどうしてなのだろう?
「なんで…?オーくんがどんどん弱っていくじゃん…」
「……私はただ貴女の側にいたいのです」
「弱って動けなくなったらどうするの!!」
ああ、だめだ。涙で視界がぼやける。泣いて悲しませたいわけではないのに…、ほら、やっぱり。また悲しい顔で笑ってる。
「………」
「…っ…」
「…嬉しかったのです」
「…えっ…?」
頬を伝う涙を指で拭ってくれながら、オーくんは言葉を続ける。
「昔の私は…己以外の存在は全て敵だと思って生きていました」
「うん…」
「人も鬼も…他の種族も大勢殺して…、その結果私はたくさん恨まれました…」
過去を話すオーくんは辛く苦しい日々を思い出しているのか、少し震えてた。
「因果応報です、その後凄い数で襲われまして…ほぼ瀕死状態でした…回復するのにも時間がかかり弱っていた時に偶然貴女の母親に見つかりまして…」
「えっ?!ママ!?」
まさかママの名前が出てくるとは思わず、上擦った声が出てしまった。
恥ずかしかったが、それを聞いたオーくんが少し笑ってくれたのがせめてもの救いだ。
「ふふ、そうなんです…ボロボロの私を見たにも関わらず何も言わず手当てをしてくれました…あの時匿ってもらえてなければ、私は死んでいたでしょう」
「はあ…凄いなあママ」
「その時、言われたんです。傷の手当てのお礼に娘を守って、と」
「…鬼相手に図々しい…え、じゃあそれでキーホルダー?」
「経緯としてはそうなります」
ママからは買ったって聞いた記憶なんだけど、記憶違いか…もしくは本当のことを言えなくて嘘をついたかのどっちかだなあ。
まあ、今更そこはどうでもいいんだけど、
「そっかあ…それで私の事ずっと守ってくれてたんだ…」
「もちろんそれもありますが、何より…」
口をつぐんだオーくんは、私の頬を撫でていた手を止め、それを腰に回しぎゅっと抱き締めた。
「天音からの愛情が堪らなく嬉しかった」
「!!」
「初めて…私は愛されてると思いました…それがどれほど幸せだったか…」
「オーくん…」
「私に真名という最上級の愛を与えてくれた貴女からこれ以上…奪えるわけないじゃないですか…」
少し掠れた声で私の体を掻き抱くオーくんに胸が苦しくなる。
「ですから、天音の力は貰えません」
「…何かあってからじゃ遅いんだよ…」
「天音を守る力くらい残ってますよ、だから心配…」
私はオーくんがそれ以上言うのを聞きたくなくて、唇を塞いだ。
あわよくばこれで少しでも私の生命力をオーくんに渡せればいいと願って。
「んっ…」
「……オーくんが私の事大切にしてくれてるのは分かってる…でも、私だって同じくらいオーくんに生きてて欲しいの!お願いだから…自分を犠牲にしないで…死なないでよ…」
今の気持ちを全部伝えてそれでも受け入れてくれないなら夜叉さんを頼ろう、そう思っていたらオーくんは何故かきょとんとした表情でこちらを見ている。
「天音…」
「……何」
「何か…勘違いしてませんか…?」
「え?」
「私は確かに力は弱体化してますが、生命活動に関しては何ら問題はありません」
「……はい???」
「鬼の力…ええと、つまり…結界を張ったりする事がしんどくはなりますが、今の時代そういった場面に早々出会したりしませんから現状問題ありません」
え、嘘…話の流れからして…私とんでもない勘違いしてる?!?
「だっ、だって、生命力って…!!」
「ああ…表現がよくなかったですね…鬼はより力が強いものが強者…生き残れるわけです、力すなわち生命力の強さに直結します、昔は戦いの中に身を投じてましたから」
「それにさっき…震えてた…!!」
「……昔の私の話を聞いて天音が引かないかと恐怖と緊張で…」
勘違い、ただの勘違いだった。
いろんな感情がぶわりと体中を駆け巡るのを感じるが、一番感じたのは…、
「……」
「…天音??おーい?」
「…った…」
「?」
「よかった…オーくん死なないんだね…」
「!!」
安堵、嬉しさ、そんな気持ちだった。
ほっとして全身の力が抜け、くたりとオーくんに寄りかかる。
「ああ…本当に天音…貴女は…」
「えへへ…悲しくないのに…涙、止まらないや…」
涙が止まらない私にオーくんは微笑んで、目尻にそっとキスをしてくれる。
何度も、何度も止まらない涙を拭ってくれるように。
「少なくとも天音より先に死ぬつもりはありません」
「それは何より…」
「私、天音の守り鬼ですから」
そう言って、オーくんは柔らかく微笑んだ。
きっと何から話すかオーくんなりに考えてくれてるんだろう、だったら私はただ待つだけだ。
どれくらい静かだっただろうか。オーくんはゆっくりと口を開いた。
「…私には鬼道という仮名がありました」
「うん」
「鬼は生まれた時に与えられる仮名ともう一つ真名と呼ばれる二つの名が存在します」
仮名と真名。夜叉さんから呼ばれていた鬼道が仮名であれば、真名ってもしかして…。
「真名を名付けるものを命名と、呼びます」
「命名…」
「私は天音に真名を頂き、そしてそれを受け取った事で私達の間に決して切れない縁が結ばれました」
「…」
「縁が結ばれる事で、鬼である私は人である天音から生命力を貰い力を得ることができます…ですが、その時の貴女は幼く貰うことは難しかったのです」
ぬいぐるみに愛着を持って名前をつけた事で、そんな事になっていたなんて思いもしなかった。
私は気付かないうちにオーくんを縛り付けていたの?
「私が真名を付けなければ、オーくんは自由だったんじゃ…!」
「いえ、そんな事はありませんよ。私は自らの意思で名を受け取りました」
「でも、それをしたから弱っちゃったんでしょ?」
「…以前に比べれば、の話ですよ。私は今でも十分強いです」
何事もないかのように話しているオーくんに胸が苦しくなる。
「…そんな顔をさせたくなかったから、話したくなかったんです」
「…だって」
「笑ってください。天音の笑顔は私の力の源ですよ」
「ううう…」
いつものように笑みを浮かべるオーくんは私の頭を優しく撫でてくれる。
いくら取り繕ったところで、生命力が供給されてない事に変わりはない。
私が名前を付けてかれこれ十年以上は経つ。その間彼はどうやってそれを維持していたの…?
「…私が生命力をあげられてない期間、どうやって生きてたの…?」
「キーホルダーになってましたから、そこまで問題はありませんでしたよ」
「…答えになってないんだけど…」
また笑ってはぐらかそうとしている…。
「…わかった、じゃあこれだけ教えて」
「何ですか?」
「今日からあげるから、どうやったらあげられるのか教えて」
過去を悔やんだところで私にはどうすることもできない。だったら今できる事をしよう。
それが例え私の命を削る行為だとしても、守ってくれていた恩はきちんと返したい。
「…軽々しく言うものではありませんよ」
「そんなつもりはないよ、ちゃんと私なりに考えてる」
「天音、私は貴女から頂くつもりはありませんよ」
人から奪って己の力を得る。鬼にとってメリットしかない条件なのに、頑なに受け取ろうとしないのはどうしてなのだろう?
「なんで…?オーくんがどんどん弱っていくじゃん…」
「……私はただ貴女の側にいたいのです」
「弱って動けなくなったらどうするの!!」
ああ、だめだ。涙で視界がぼやける。泣いて悲しませたいわけではないのに…、ほら、やっぱり。また悲しい顔で笑ってる。
「………」
「…っ…」
「…嬉しかったのです」
「…えっ…?」
頬を伝う涙を指で拭ってくれながら、オーくんは言葉を続ける。
「昔の私は…己以外の存在は全て敵だと思って生きていました」
「うん…」
「人も鬼も…他の種族も大勢殺して…、その結果私はたくさん恨まれました…」
過去を話すオーくんは辛く苦しい日々を思い出しているのか、少し震えてた。
「因果応報です、その後凄い数で襲われまして…ほぼ瀕死状態でした…回復するのにも時間がかかり弱っていた時に偶然貴女の母親に見つかりまして…」
「えっ?!ママ!?」
まさかママの名前が出てくるとは思わず、上擦った声が出てしまった。
恥ずかしかったが、それを聞いたオーくんが少し笑ってくれたのがせめてもの救いだ。
「ふふ、そうなんです…ボロボロの私を見たにも関わらず何も言わず手当てをしてくれました…あの時匿ってもらえてなければ、私は死んでいたでしょう」
「はあ…凄いなあママ」
「その時、言われたんです。傷の手当てのお礼に娘を守って、と」
「…鬼相手に図々しい…え、じゃあそれでキーホルダー?」
「経緯としてはそうなります」
ママからは買ったって聞いた記憶なんだけど、記憶違いか…もしくは本当のことを言えなくて嘘をついたかのどっちかだなあ。
まあ、今更そこはどうでもいいんだけど、
「そっかあ…それで私の事ずっと守ってくれてたんだ…」
「もちろんそれもありますが、何より…」
口をつぐんだオーくんは、私の頬を撫でていた手を止め、それを腰に回しぎゅっと抱き締めた。
「天音からの愛情が堪らなく嬉しかった」
「!!」
「初めて…私は愛されてると思いました…それがどれほど幸せだったか…」
「オーくん…」
「私に真名という最上級の愛を与えてくれた貴女からこれ以上…奪えるわけないじゃないですか…」
少し掠れた声で私の体を掻き抱くオーくんに胸が苦しくなる。
「ですから、天音の力は貰えません」
「…何かあってからじゃ遅いんだよ…」
「天音を守る力くらい残ってますよ、だから心配…」
私はオーくんがそれ以上言うのを聞きたくなくて、唇を塞いだ。
あわよくばこれで少しでも私の生命力をオーくんに渡せればいいと願って。
「んっ…」
「……オーくんが私の事大切にしてくれてるのは分かってる…でも、私だって同じくらいオーくんに生きてて欲しいの!お願いだから…自分を犠牲にしないで…死なないでよ…」
今の気持ちを全部伝えてそれでも受け入れてくれないなら夜叉さんを頼ろう、そう思っていたらオーくんは何故かきょとんとした表情でこちらを見ている。
「天音…」
「……何」
「何か…勘違いしてませんか…?」
「え?」
「私は確かに力は弱体化してますが、生命活動に関しては何ら問題はありません」
「……はい???」
「鬼の力…ええと、つまり…結界を張ったりする事がしんどくはなりますが、今の時代そういった場面に早々出会したりしませんから現状問題ありません」
え、嘘…話の流れからして…私とんでもない勘違いしてる?!?
「だっ、だって、生命力って…!!」
「ああ…表現がよくなかったですね…鬼はより力が強いものが強者…生き残れるわけです、力すなわち生命力の強さに直結します、昔は戦いの中に身を投じてましたから」
「それにさっき…震えてた…!!」
「……昔の私の話を聞いて天音が引かないかと恐怖と緊張で…」
勘違い、ただの勘違いだった。
いろんな感情がぶわりと体中を駆け巡るのを感じるが、一番感じたのは…、
「……」
「…天音??おーい?」
「…った…」
「?」
「よかった…オーくん死なないんだね…」
「!!」
安堵、嬉しさ、そんな気持ちだった。
ほっとして全身の力が抜け、くたりとオーくんに寄りかかる。
「ああ…本当に天音…貴女は…」
「えへへ…悲しくないのに…涙、止まらないや…」
涙が止まらない私にオーくんは微笑んで、目尻にそっとキスをしてくれる。
何度も、何度も止まらない涙を拭ってくれるように。
「少なくとも天音より先に死ぬつもりはありません」
「それは何より…」
「私、天音の守り鬼ですから」
そう言って、オーくんは柔らかく微笑んだ。
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