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5話
しおりを挟むカインが宰相の息子に黙秘権を行使し粘っている頃、ニヴェンはまだ森の中で隠れていた。
「うえーん、完全に逃げるタイミング逃しちゃったよー。まだそこらへんに騎士や魔法師達もうろついているし、多分察知用の結界だとは思うけど、森全体に張り巡らされているしー。
ここに騎士団が来た時はマジで焦った。思ったより到着するのが早かったんだもん。ここにいることがバレるのは賢明ではないし、カインにはまだまだ回復していて欲しかったのにー。カインを楽な体勢にするだけで来ちゃうとか、空気読めなさすぎ!おかげで逃げられなくなっちゃったぁ。」
一人で意気消沈している。この木の上から動けないのは大変なんじゃないかと思うが、それは非常食があるから少々は大丈夫である。
いざとなれば時期を見て森の中を移動すればいい。今はまだ騎士団があたりを彷徨いているが、しばらくすれば落ち着くだろう。森からは出られないとしても、移動さえ出来ればなんとでもなる。
しかしさっきここに派遣されてきた魔法師、あの人は厄介なことをしてくれた。巧妙に隠したのに僕の魔法痕を見抜いちゃった。やっぱり上には上がいる。僕のはチートでもなんでもないんだからしょうがないか。後一歩が足りない残念な子なんだもんな。
カインは尋問から逃れられるのだろうか。
いや、これを機にカイン君離れをしなければいけないのか。もう物語は始まった。僕もニヴェンとしての役割を果たさなくっちゃな。
++++++++++
「ねぇカイン君、どうしても誰だか言いたくないのかなー?これを言えば栄誉なことなのにー。どうして教えたくないのかが分からない。
君が教えてくれなければ、僕達は可能性のある人物を1人ずつに強硬手段を取らなくてはいけなくなるんだー。」
サイナスがカインに脅すように言葉を告げる。強硬手段という言葉を聞いた時、カインの体がぴくりと動く。
それに気が付いたサイナスはカインには気取られない程の小さな動きで、僅かに目を細める。
「カイン君がちゃんと教えてくれれば僕達も手荒な真似はしないで済むんだよ?素直に教えてもらえないかなー?」
カインも冷や汗が止まらないが、ここで負けてはいけないと、本能が警鐘を鳴らしている。しかしこのままではいられないこともわかっている。悩みに悩み抜いた上でカインが取った行動は.........
「わかりました。でも時間をください。その人と合って、話をして、どうするか決めたいと思います。」
「その人物と相談、ってことかな?では、その人物がもし拒否の意志を示したなら、カイン君はどうするつもりー?」
「できる限り説得はしようと思いますが、絶対ではないですし、もし拒否をするのであれば、あとはその人に任せようと思います。」
.........カインは相手に丸投げすることに決めたようです。
カインの決意が眼力に現れる。サイナスはそれを見て取り、ため息を一つつく。
「わかったよ。一時帰宅を許してあげる。そのかわりちゃんと説得して、僕達の前に連れて来てよねー。」
「善処します。」
「それ、当てにならないやつー」
最後には少し和やかな雰囲気になり、カインも肩の力がぬける。一時帰宅を許されたからと、早速家に帰ろうとする。
「では一度家の方へ帰らせていただきます。また明日、王子殿下の元にお伺いさせていただきます。」
「うん、楽しみに待ってるからねー。ちゃんと来てくれないと、こっちから押しかけちゃうからねー?」
冗談とも本気とも取れないような言葉に背筋が冷える。あんなボロ屋に国のトップが来るなんて、あっちゃいけない。
「お伺いできないような状況になったとしても私の家のある地区に来るのは危険ですので、ぜひ、やめておいてください。暗殺騒ぎもあったところですし。せめて使いの者で勘弁してください。」
「君が約束守ってさえくれれば、僕達も王子殿下を危険に晒さなくてすむから、しっかり頼んだよー」
サイナスは取り合ってくれず、手をひらひらさせながら部屋から出ていく。
カインもニヴェン早く会いたいのもあって、すぐさま準備を整え、帰宅の途についた。
+++++++++++
カインが裏路地にある自分とニヴェンの家に着くとそこはもぬけの殻であった。
自分が帰る頃には大抵家でニヴェンが待っていてくれていた。どうしても都合が悪く居合すことができなければ、メモの一つでも残していくはずである。それどころか、数日人の動きがなかったかのような空気なのである。留守にしていた家特有の少し淀んだ空気を感じる。
カインが課外授業を日程通りにこなしていれば、正式に帰るのはもう少し後である。数日カインが授業のため家にいないため、ニヴェンもそれに合わせて泊まりの仕事を入れているのかもしれない。
でも、それでもそういう時はちゃんとニヴェンもカインに教えてくれていたのである。今回もカインが留守にしている間にニヴェンもどこかにいくのか確認した。その時はいつも通りに過ごすだけだと言っていた。こんな数日も家を空けるなんて聞いていない。
カインは一つ深呼吸をすると冷静に考えるように努める。急な仕事が入ったのかもしれない。ニヴェンに自覚はないがさまざまな仕事をこなしてきたニヴェンはその方々でそれなりに人気で頼りにされているのである。仕事があれば声がかかるぐらいには信用を得ているのである。
それか、カインがニヴェンがいないことに対して過敏になっているかである。家の印象だけでニヴェンがいないと決めつけるのは尚早である。少し待っていればひょっこりと帰ってくるかもしれない。
あれ、先に帰ってたんだ、おかえり。なんて少し気の抜けたような笑顔で労ってくれるはずである。
大丈夫、ちゃんと帰ってくる。
そう祈るように、自分に言い聞かせるように、カインは何度も口の中で呟く。
その祈りは届かず、ニヴェンは5日間家に帰ってこなった。
++++++++++
カインは一晩、ニヴェンが帰ってくると信じて、寝ずに待っていた。ニヴェンがいないことがここまで不安になるとは思わなかった。ニヴェンがいない中、今までどのように過ごしていたかも思い出せない。お腹も空かないし、眠気も来ない。
結局朝日が昇っても、昼の鐘がなっても、ニヴェンは帰ってこなかった。そろそろ王子のところに行かなければあの人たちは本当にここにやってくる。そうなればカインが周りの人達に避難の眼差しを受けるだろう。
ニヴェンが帰ってきてカインと行き違いになってはいけないと思い、メモを残していく。なんとなく、このメモは役目を果たせないだろうと漠然とした不安を感じたが、今は不明瞭な不安は無視しておく。
ニヴェンが帰ってこない場合は捜索届けを出そう。もう、王子たちにも事情を話して、捜索に協力してもらおう。誰に何を言われてもいい。今のカインが持てる力を全て使って、ニヴェンを探し出してみせる。
ニヴェンがどこかで、事件に巻き込まれているかもしれない。奴隷商に捕まってしまっているかもしれない。娼館に売り払われているかもしれない。
そんな嫌な想像ばかりが駆け巡る。一度考えだすとその思考に取り憑かれ、不安でたまらなくなる。無理やり不穏な考えを息と一緒に胃の奥に送り込み、考えないようにする。
今は王子たちの元に行き、助力を仰ぐことが一番の良策であろう。
両手で頬をパンっと叩き、気持ちを切り替えて王子たちと待ち合わせをしている学園へと急ぐ。
学園で王子たちと合流し、事の顛末を話す。
王子たちは捜索の助力を快く受け入れ、早く見つかるように励ましてくれる。王子たちも使えるものは使い、情報を集め、ニヴェンが行きそうなところは騎士や衛兵を使い、ニヴェンの痕跡を追うために宮廷から魔法師たちも使い、人海戦術にて捜索をしていく。
しかし、王子たちの権力と力を持ってしてもニヴェンを見つけることはおろか、痕跡さえ辿ることはできなかった。
++++++++++++
ニヴェンの不在が明らかとなった日、カインが課外授業から家に帰ってきた日から五日後、ニヴェンはふらりとカインの元に帰ってきた。
「兄様!よかった、無事だったんだね!ずっと帰ってこないから、俺、もう、不安で、いろんな人がきょ………」
「兄様とよぶんじゃない。」
静かだが、はっきりとした声で、カインの声を遮って嗜めるように拒絶を表す。
「えっ………。何言って………」
「何もどうもない。僕たちは今日から兄弟ではない。もう、家族でもない。だから気安く僕のことを呼ばないでくれ。」
「な、どうしちゃったんだよ!もう家族じゃないってそんなことないだろう!訳分かんないこと、言わないでくれよ!」
「訳がわからないのはお前のお頭が足りていないからじゃないか。こんな簡単なことも分からないなんて呆れてしまうね。」
態とらしくため息をつきながら軽く頭を振り、聞き分けないのない子供に言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「だいたい、僕とお前じゃ住む場所が違うんだよ。僕は貴族の血筋から生まれた由緒ある人間だ。でもお前はどうだい?没落して落ちぶれた母親と、どこの馬の骨とも分からないような下賤な血筋の人間から生まれた。父親は誰とも判別がつかない。母親が手当たり次第男に手を出しているからだ。そんな下賤な輩と家族だなんてずっとうんざりしていたんだ。もう、我慢の限界なんだよ。」
最後は冷めた目でカインを下から睨みつけるようにして言う。
それでもカインはまだ信じられなかった。
「でも、兄様はあんなに俺に優しくしてくれていたじゃないか。いつもいない母親の代わりに、いつも傍にいて、話を聞いてくれて、危ない男からか助けてくれて、いつも抱きしめてくれていたじゃないか!」
「そうやってお前に優しくすることがもううんざりなんだと言っているんだ。お前に優しくすれば他の大人たちからも優しくしてもらえる。同情してもらえる。その日に食べるパンをくれる。明日を生きるための仕事を与えてくれる。生きるための生活なんてもう嫌なんだ。
僕は貴族の血が流れている。本来ならこんなところで生活するような人間じゃない。もうここでの生活に苦しまなくて済むんだ。僕は選ばれたんだ。」
最後は少し笑顔を見せるようにして言う。苦しい生活から脱却できることへの喜び、選民意識を相手に伝わるように声と表情に出して言う。
「そんなの嘘だ!この十数年間、そんなもので人に優しくし続けることなんで出来ない!それこそ、俺は、俺たちはよく知っているはずだよ、兄様!
誰に言わされているの?選ばれたって何?全然分からないよ!」
「別にわかってもらおうとしていない。最初からお前が僕の考えを理解できるとも思ってなかったしね。お前が僕を性懲りも無く探し回っていると聞いて、ここに来たんだ。もう僕は新しい僕になったんだ。だからお前とはなんも関係がない。家族ごっこはおしまいなんだよ。」
言うだけ言って、ニヴェンはすぐに出て行こうとする。もうここには何も未練はないとスルリと出口から出て行こうとする。
あまりにも呆気のなさにカインは呆然とし、急いでニヴェンの後を追いかけて腕を捕まえる。
「ここを出て行って、どこに行くんだよ!」
「それこそもうお前には関係のないことだ。早くその汚らわしい手を離してくれないか」
ニヴェンの変わりように追いつけないカイン。今までも身分が上であると言うだけで、お金を持っていると言うだけで、両親が揃っていると言うだけで、心にもない酷い中傷を受けてきた。
それでも他の誰かに当てつけのように言われたって、ちょっと悔しいだけで、こんなに傷つくことはなかった。こんなにショックを受けることはなかった。こんなに目の前が真っ暗になることも、今までこんなに辛いことはなかった。それが始めてニヴェンから拒絶された。そのことがこんなに苦しく、こんなに辛く、こんなに不安になることだなんて知らなかった。
今までカインが幼く、悪気のない酷いことを言っても、ニヴェンは苦笑しながらでも許して、同じ酷いことは言われたことはなかった。
ニヴェンはショックを受けて固まっているカインを見上げて、ふん、と一つ鼻で笑い飛ばして、腕を乱暴に振りほどく。
カインの腕が離れた瞬間、カインの瞳から一粒の涙が溢れた。それをニヴェンは見てしまい、ぎゅっと眉間にシワが寄ってしまう。ヒュッと息をとめて、不用意な言葉出るのを塞ぐかのように唇を噛みしめる。それをカインに見られまいと、一粒の涙を見た瞬間には背を向けて顔を隠す。
これ以上カインに構ってられないとばかりに、もう振り返ることもなく走り去ってしまう。
もうニヴェンも耐えられなかった。言いたくもない言葉を言い、大好きなカインを傷つけ、泣かせてしまった。あのままあの場に留まっていたらもう体裁なんて振り払って、カインを思い切り抱きしめて、全部嘘だと、傷つけてごめんなさいと、ただ自分の自己満足のためだけに、カインに縋りついてしまいそうになる。
それでは血反吐吐く思いでカインを振り切ったことが報われない。カインはこれからもっともっと沢山の人たちを救い、希望になり、英雄の道を歩めるのだから。
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