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ファーストキスは捨てるもの

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春の暖かな日の下、学園の校門をくぐれば、そこは恋愛を楽しむ青春の舞台。

木陰で休む二人組、腕を組んで歩く二人組、廊下で話す二人組、教室で膝の上に座る座らせる二人組。

攻略結婚が当たり前の今日この頃。

家のことなんて考えず、ただ普通に恋愛が出来るのは学園に通っている間だけ、という認識がみんなの中にあった。

だからか、この学園では恋人を持つ人の割合が異常に多い。あと二股、三股をする人も異常に多い。

とはいえ、入れ替わりも早いのでそういった生徒は半分くらいだろうか。

残りの半分の生徒の多くは、モテる生徒の順番待ちか、吟味中だ。

嫁ぐ家のために、特に女性は身を捧げることはできない。

ーーーでも、ファーストキスなら。

誰かが言ったそんな言葉が、少女たちの心に甘く溶けた。

恋を夢見る少女たちは吟味する。最初で最後のファーストキスを誰に捧げるのか。



そしてそんな雰囲気についていけない少女が一人。

腰まで伸ばしたストレートの黒髪が柔らかに揺れる。
清廉潔白という言葉がよく似合い、廊下ですれ違えば、男女(若干少女のほうが多い)問わず目で追った。

入学して1週間で10人に告白され、3週間後には他学年からのアプローチのほうが多くなった。

シャーロットの名前は学園内に広まった。

それが嫌で、入学1ヶ月にして眼鏡をかけ始めた。

もう遅いかと思ったが、それを2年も続ければ、容姿やその騒ぎを知らない人のほうが多くなった。

相変わらず浮ついた雰囲気は肌に合わないけれど、一昨年より去年、去年より今年と、快適な学園生活を送れている。

私は図書館で空いてる時間を潰す。

校舎裏も屋上も、人が来なさそうなところはいつも人がいる。

もちろん図書館も安全ではない。

恋愛小説の前が危ないと思いきや、人が来なさそうな専門書の前にいることもある。

その日によって安全圏は変わるのだ。

でも小さな声で話すのが楽しいらしく、安全圏さえ見つかれば静かで落ち着ける。
そして今日の安全圏は本棚に隠れていた図書館の端、角の席だ。

さて、宿題をやってしまいましょう。

シャーロットは机にプリントを広げる。

半分くらいやったところで、後ろから椅子を引く音が聞こえた。
ここは角の席なので、隣の席と言うこともできるかもしれない。こんなに席が空いているのにそこに座るということはきっと知り合いだろう。

それでも問題の途中だったので、これだけ解いてしまおうと思い、もう一度集中するとプリントがいつの間にか終わっていた。

「やっほ、シャーロット。」

丁度そのタイミングで声をかけられて、後ろをちらりと振り返る。
そこには明るい茶髪に整った顔立ちをした、図書館が似合わない男子生徒がいた。

「こんにちは、テオドール様。」

テオドールの手元を覗き見れば、小説が置いてあり、間に栞が挟まっている。

「宿題は終わり?」

「いいえ、まだ帝王学の宿題が残ってるわ。」

「女の子たちが見せてくれたの見る?」

「いいえ。」

「だよね。これは分担したときに俺がやったやつ。見る?」

そう言ってテオドールが出したやつは、シャーロットがやり終えたやつだった。
でも正答率をあげるのに丁度いいと、シャーロットは礼を言って受け取る。

テオドールはシャーロットに近づいて、机に寄りかかった。

「ここ、最後に二乗を外し忘れているわよ。」

「えっ。」

テオドールがプリントに顔を近づける。

結果、シャーロットと顔が近づいて、さり気なくシャーロットが避けた。

「彼女たちに謝らないと。」

「そう?この前聞いた話だと同じところを間違えると仲良しアピールになると聞いたわ。」

「いや、教師にアピってどうするんだよ。」

テオドールが間違えた部分を書き直す。

「なんか年々軽くてオープンになってる気がする。それを広めたのだって一年生の子だし。」

シャーロットはテオドールから直されたプリントを受け取って、見比べる。

「そう?テオドール様だって入れ替わり立ち替わりで最低4人は彼女がいるじゃない。」

軽くてオープンという言葉がこれほど似合う人は、学園を探しても片手で足りるくらいしかいないだろう。

「いないって。ただ飽きるまで近くにいさせてあげてるだけ。」

「何人のファーストキスを貰ったの?」

会話に返答が無くてテオドール様を見ると、明日の方向を向いていた。

「いや、待って、シャーロット。俺だって分かんないんだって。『100回目のファーストキス!』とか言ってる子もいて...それはどうなの?ファーストが100回もあっていいの?」

「それはテオドール様の前で言ったの?」

「いや、教室から聞こえてきた。その子すごい純粋で、嘘なんてつけなそうな子なんだけど...。」

「嘘をつけない女の子なんていないわ。」

シャーロットの一撃で項垂れていたテオドールが頭を抱えた。

シャーロットは現在地味な子で、テオドールは初恋泥棒の代表格。

傍から見たらなんて面白い場面なのかしら。

「でも隠し事が出来なそうな、ほら、すぐにボロが出ちゃう子とかもいるだろ?」

「断言します。女の子は全員秘密があるし、そのために嘘もつけるわ。必要な嘘もつくわ。」

「嘘だ...。本当だったら怖すぎる。」

頭を抱えるテオドールにプリントを返す。
パチリと目が合い、テオドールがニヤリと笑う。

「そう言うシャーロットだって何人ものファーストキスを貰ってるだろ?その中のいくつが本物だろうな?」

「別に私はファーストキスに拘った記憶はないのだけど。」

なんの張り合いなのでしょう。

シャーロットは確実に毒されている友人に、臆すことはないと堂々と答える。

「でも答えを教えてあげる。0よ。私、清廉潔白だもの。」

今度はシャーロットがにこりと笑う。

「女の子、こわい。」

テオドールは手で顔を覆った。



ーーー



季節は流れ、落ち葉が全て落ちきった頃。

シャーロットは、そろそろ婚約者を本格的に決めるような動きを両親がしているのを手紙から感じていた。

歳が近い人がいいけど、父くらいの歳の男性に決まっても家のためと言われてしまえば文句は言えない。それが今の貴族社会だ。

肌寒くなってきた季節は、寒い教室が空き、図書館が人気スポットになる。そのため、シャーロットは放課後の教室で一人でぼーっとしていた。

このまま行けば、婚約者にファーストキスも身体も捧げることになるのね。

テオドール様は信じていなかったみたいだけど、理由もわかるわ。私に捧げたという嘘を公言する人たちを放置していたもの。

ファーストキスを捧げた人は、こんな焦りはないのかしら。
不安は無いのかしら。


「ずっと、好きでした!付き合ってください!」


外からそんな声が聞こえてきて、シャーロットはなんとなく窓の外を見る。ここは2階だから、あちらはこっちに気づかなそうだ。

あの子は同じ学年の...。静かでおとなしい子という印象だったけれど。

静かという記憶とは違って、ここまで聞こえるほどの声量だった。加えて言うなら、告白というより縋るような、切羽詰まったお願いに聞こえた。

そしてその相手は


ーーーテオドール様。


「ごめん、付き合うことはできない。」

テオドールは、シャーロットが聞いたことのないような声音で彼女を振る。真剣で、冷たい声音。

顔はあまり見えないけれど、彼女は苦しそうに笑っているような気がする。

「すみませんっ、お時間を取らせてしまって。実は分かってたんです。テオドール様が...っ。」

彼女がポッケに手を当て、ハンカチを取り出す前に、テオドールがハンカチを彼女の頬に当てた。

「...だっ、誰ともっ、お付き合い、しないっ、て。」

テオドールは優しく、冷ややかに、適切な距離を保って涙を拭う。

「だから、見てるだけでいいって、思ってたんです。本当に、それ以上は望んでなくて。」

「うん。」

「でも婚約者が、決まって。父よりは歳が離れてないんですけど、一周りくらい年上で。前に奥さんがいたらしいんですけど、長男を産む前に病気で無くなったらしくて。だから私が、産まなきゃ、いけなくてっ。」

テオドールは彼女の涙を拭う。

「やっていけるのかもしれないけどっ。ふっ不安で。愛せなかったらどうしよう、とか。私の心は必要ないのかな、とか。色々考えて、苦しくて。」

彼女は泣く。テオドールは何も話さず、涙を拭って、ずっと待っていた。

「ごめんなさい、こんな話しちゃって。」

「気にしないで。いつでも話聞くし...俺にできることがあるなら言って。」

「ふふ。テオドール様はなんでもお見通しですね。」

彼女はテオドールを真っ直ぐに見る。

「テオドール様、好きです。私は私が一人の人として感じたこの心を無かったことにしたくありません。」

彼女の声はもう震えていなかった。

「ファーストキス、貰ってくださいませんか。」

テオドールはそれに返事をするように、彼女の肩に手を置く。

彼女は目を閉じた。


ひどい人。気持ちは受け取らないくせに。

それでも分かってしまう。彼女の唇は、好きな人に奪われたのだ。

婚約者のことを好きになっても、悪い思い出にはならないだろう。
婚約者が身体目的だったら、自尊心を保つことができるかもしれない。

私はどうしたらいいのだろう。
こんなに悩むのなら、捨ててしまいたい。海とかに捨てられないのかしら?

また、ぼーっと外を眺める。
2人はもうどっかに行っていた。

「好きな、人。」

ガラガラガラ。

教室のドアが開く。

こんな時間に来るなんて忘れ物かしら?

足音を聞く限り一人のようだから、教室に人がいると知ればどこかに行くかもしれない。

そう考えていたのに、私の前の席の椅子を引き、さっきまで外に見ていた明るい茶髪が視界の端で揺れた。

「図書館以外で話しかけてくるのは初めてね。」

「まあ、この学年にはまだシャーロットのことが好きな人多いし。見られたら面倒になるだろうなって。」

「もういいの?」

「...今はいい。」

シャーロットはわざわざ後ろを向いて机に突っ伏したテオドールを見て、彼女を送ってあげないの?とか、今のはファーストキスだと思うわよとか、言うのはやめた。

なんでこんなにも落ち込んでいるのか分からないけど、このいかにも撫でてほしそうな頭をどうすればいいんでしょう。

頭を撫でる行為って、好意があるときにしかしないイメージなのだけど。

好意だと思われないように、慰める。
シャーロットは悩み、バッグから新しいハンカチを取り出した。そしてテオドールの頭に乗せる。

そしてハンカチの上から頭を撫でた。

「俺、汚い?ねえ、そんな汚い?」

「よしよし。」

「聞いてる?」

「聞いているわ。」

「おかしいな...。」

ふぅ、やりきったわ。

シャーロットはハンカチを畳んでバッグにしまう。

もうハンカチはしまったというのに、テオドールは起き上がってこないし、何も言わない。

まあ、ここまで『言われたからやった』という感じがあればいいでしょう。

シャーロットはテオドールの頭に優しく触った。テオドールがピクリと反応したのを確認して、ゆっくり撫でる。

テオドールは髪にワックスをつけているようで、どこを触っていいのかイマイチ分からない。
このまま続けたらぺったんこになってしまいそうだ。

でも私をめる気配はないし、突っ伏しているから顔はわからないけど、多分満足しているわ。

それから数分経過して、テオドールは頭を横にした。

「なあ、ファーストキスを奪われたらどうすればいいんだろうな。」

シャーロットはもう構わず頭を撫で続ける。

「俺のことが好きだって令嬢に、誰かもわからない令嬢に、奪われて、気付いたときには無くなってて。正直顔も思い出せない。それがさいわいなのかもわからない。」

こんな弱ってるところを見るのは初めてだわ。

私も一周り年上に嫁がされる彼女の話は気になったけど、あくまで彼女の立場から見た出来事。
テオドール様は彼女の話を聞いて、哀れみ、恵んだ。やったことは慈善活動と言って差し支えないわ。

そしてテオドール様は自分にはもう何も残っていないと思ってしまった。
もしかしたら汚れていると考えている可能性もあるわね。話を聞く限り性被害にあったと言っても過言ではないしょう?

「案外、残ってても手に余るかもしれないわよ?」

「彼女は、輝いて見えた。この心を大切にすると。」

「彼女?」

「ここにいたんだったら聞こえていただろ?」

そうね、完璧に聞こえていたわ。
でも聞いていないことにしてあげたかったのよ。

「...彼女は好きな人がいたからよ。もしファーストキスが残っていたとして、捧げたい人がいなきゃ意味ないわ。」

また突っ伏したせいでテオドールの表情が見えなくなった。

シャーロットは頭を撫でるのを再開させようとして、手首を掴まれた。触れられるのは恐らく初めてだ。

「いる、にはいる。」

「歯切れが悪いわね。」

シャーロットがそう言えば、テオドールが起き上がった。手でクシャッとすれば、髪型も元通りになった。

「キスしたいって、思う。でもそれが恋なのかわからないんだ。」

テオドールの赤みがかった目がシャーロットを射抜く。

「それなりに長く一緒にいたと思うのだけど、テオドール様の恋バナを聞くのは初めてね。」

「初めてだからな。恋かもしれないって考えたの。」

テオドールはシャーロットの手首を掴んだまま身を乗り出す。

しかしシャーロットはテオドールの口の前に人差し指を立てた。

「私、彼女とキスするつもりはないわ。」

「それは、俺をそういう対象として見れないということか?その応えだと、お風呂に入って出直してしまいそうだ。」

「今の貴方じゃだめってこと。私のこと、愛おしいって思う?」

「思える。」

「傷の舐め合いじゃ、沈んでいくだけよ。」

見つめ合ったままゆっくりと3秒が経ち、テオドールが席についた。

「シャーロットに傷は無さそうだけど。」

「ふふ。」

清廉潔白なので、とシャーロットは思ったが、ファーストキスを失って悲しんでいる人を前には言えなかった。

「卒業パーティーのあと、ここで会ってほしい。」

「ええ、わかった。」

「あとテオドールって呼んでほしい。これは今から。」

「私たち、キスするだけよね?」

「シャーロットが望んだんだろ。」

そう言われてそれもそうかと思う。
でもさっきまでファーストキスを海に捨てたいわ、とか思っていたわけで。

海に捨てる必要は無くなったけど、これも少し違う気がしてしまう。

「まあ、名前くらい呼んであげるわ、テオドール。私のことはシャーロットでいいわよ?」

「ふっ、ふふ。そうか、こういうときのために敬称が必要なのか。この場合、私以外には嬢を付けて、って言うべきじゃないか?」

「そんなことをしたら変に仲を勘繰られるじゃない。テオドールの彼女に恨まれるのは嫌よ。」

「彼女じゃないんだが。そうだな、これからは彼女たちも遠ざけよう。」

その言葉にシャーロットは首をひねる。

「やめてよ、付き合ったわけでもないのに。」

「そう、だな。そうか、こんな気持ちなのか。」

ーーー唇だけ奪わせてもらうというのは。

テオドールは心臓を手で抑えた。

とても辛く苦しい。自分の気持ちが届かないのに、藻掻かずにはいられない。
藻掻いて、藻掻いて、藻掻いた先にあるその一瞬を、俺はきっと忘れないんだろう。

「じゃあまた、どこかで。テオドール。」

「ああ、またな。シャーロット。」

テオドールは別れを惜しんで、シャーロットの背中を視線で追う。
振り向いてほしい。その瞳に映り込みたい。でもきっと。

シャーロットは教室から出て廊下を曲がるとき、一瞬後ろを向いて、手を振った。

テオドールは慌てて手を振って、シャーロットが見えなくなると机に突っ伏した。

心臓の鼓動は、もう引き戻せないことを嫌というほど物語っていた。



ーーー



卒業パーティー。

学園最後の行事で、最後の自由の場。
両親が来ることは無く、ドレスコードも制服。しかし会場は豪華絢爛、下手な舞踏会よりもお金がかかっているのは有名な話だ。
そしてそれは1ヶ月後に王城で行われる国内最大規模の舞踏会を控えている卒業生へ、大人からの手向けなのかもしれない。

今日は社交界の練習でもあり、1ヶ月間家に監禁される者への最後の自由。

そして愛する者との別れの日。

明かりのついていない暗い校舎を、感傷に浸りながらシャーロットは進む。

意外とこっちには人が来ないものなのね。

遠くから演奏が聞こえてくる。時々少女の笑い声も聞こえた。

それでも、校舎からは人の気配がしなかった。

約束の教室に行くと、見知った明るい茶髪が、外の舞踏会の明かりに照らされていた。

「シャーロット。」

あれから、図書館で会っても、教室で会っても、2人は今日の話をしなかった。
それどころかあの日がなかったかのように過ごした。

それでもちゃんと覚えていた。

外から入ってくる明かりだけに照らされたテオドールは、学園での人気が納得してしまうほどかっこいい。

この人にファーストキスを捨てるなんて、贅沢ね。

「テオドール。私より早く切り上げてくるとは思わなかったわ。」

シャーロットからテオドールに近づく。
今までにないほど、テオドールを見上げるくらい近くまで。

「俺もだ。自分がこんなに緊張で何も出来なくなるなんて思わなかった。」

そうね、私が釣られてしまうほど緊張しているものね。

テオドールに流されるままシャーロットは窓側に追いやられ、テオドールに腰を掴まれた。
そして窓から少しこっち側に出ている段差に座らされる。

シャーロットが座ると、テオドールがシャーロットを見上げる形になった。

腰を触られたのは初めてで、テオドールの緊張が伝わったのもあって、心臓の鼓動が早くなっているのがわかる。

キスをするなら、この大きな眼鏡は邪魔になりそうね。

シャーロットは眼鏡を外して、遠くに置いた。

テオドールはその美しい紫色の瞳を直接見れたことに喜び、そしてそれが準備だと分かってしまって恋の鼓動が緊張に勝った。

「私のこと、愛してる?」

シャーロットの指がテオドールの顔の輪郭をなぞり、顎を持ち上げる。

「ああ、溺れるほど愛してる。ファーストキスはもうないけど、俺の最後のキスを、シャーロットに。」

この一瞬を渇望し、忘れたくないと叫ぶその瞳に、柄にもなくシャーロットの心臓が早鐘を打った。

シャーロットは恥ずかしさから無情にもその瞳を手で覆い、その唇にキスをした。

初めてのキスは別に味なんてしなくて、どうってことなかった。

でもシャーロット自身でもわからないくらい心臓が早くなって、涼しいと思っていた気温が少し熱くて、頭にモヤがかかっている感じがした。

キスが終わってからも、ずっとテオドールの瞳を隠していた手を掴まれる。

しかし無理矢理退けることもなく、テオドールは口を開く。

「シャーロット、もしかして緊張してる?」

「そう、ね。とっても。だって初めてだったから。」

シャーロットは自分から手を退けた。私の顔を見たテオドールは、掴んでいた手を離し、指を絡めてくる。

「ごめん、もう一回していい?やり直させて。」

「無理よ。初めてはもう貴方にあげちゃったわ。」

「でも、ファーストキスだったなんて知らなくて。俺で、いいのか?」

「...テオドールになら、捨ててもいいかもって思ったの。」

2人は見つめ合う。

「もう一回。」

テオドールがそう言って、今度はテオドールからキスをした。

見つめられて、お互いの気持ちを確かめる。

テオドールに頭を撫でられ、三回、四回と唇を重ねる。

逃げられない窓際で、髪を耳にかけられて。

唇が当たる時間が長くなって、唇の感触を楽しむように食べられた。

「んっ。」

息が苦しくて逃げれば、横に倒れる。
テオドールは倒れるシャーロットを腕で支え、そのまま上に登った。

シャーロットを見下ろせば、愛おしさと嬉しさが溢れてきて、すべてを手に入れた気がしてしまう。

でもそんなわけなくて。

許されたキスだけを再開させる。重ねる以外のキスはテオドールにとっても未知の領域だった。
それでも本能に任せて、あくまで優しく、でも逃さないように。

「はっ、んっ。」

シャーロットから漏れ出た声に焦燥感を感じた。そしてそれを埋めるように、貪欲に望む。

「シャーロット、鼻で息をして。」

シャーロットと視線があったことを肯定と受け取って、舌をシャーロットの口に入れた。

流されているのか、許されているのか。シャーロットの舌がそれに応えてくれて、優しく、深く、遊ぶ。

頭を撫で、指を絡ませる。シャーロットの耳に触り、髪を撫でた。

許された全てを余すところなく触れた。

「はぁ、はぁ。」

テオドールの唇が離れる。シャーロットはコクンと喉を鳴らした。

シャーロットは今までにないほど、乱れていた。それはテオドールも一緒だった。

卒業パーティーが終われば、明かりが消え、何も見えなくなるだろう。

もう終わりの時間は近づいている。踊るための音楽も終盤に差し掛かっていた。

僅かな明かりに照らされたシャーロットは美しく、魅惑的だ。彼女を愛おしく思うほど、彼女を想うほど、シャーロットが遠くなる気がした。

「最後の一曲ね。」

紫色の瞳が期待を乗せてテオドールを見た。
テオドールは立ち上がり、シャーロットを起こす。

テオドールは膝を付き、月に願うように手を差し出した。

「私と踊っていただけませんか?」


2人は2人の世界で踊る。

誰にも見られず、誰からもその関係を認識されず、本人たちが忘れれば『あった』ことも『なかった』ことになるようなそんな世界で。

遠くから聞こえてきた曲が終わり、2人が最後のキスをした瞬間、明かりは消えた。
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