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学園編
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なんか疲れた。
まさか人前で兄上に抱きしめられるなんて。
不思議と心は満たされているのが納得いかない。
身体的疲労と精神の回復。まるで剣の訓練の後だ。
もうすぐ見えなくなるだろう夕日が廊下を照らす。
大半の教室にはもう誰もいないようで、遠くの教室から生徒同士の会話が聞こえてきた。
「俺た...で...ハハハ。」
「ギャハハ...でも...よ!」
その品のない笑い声には聞き覚えがあった。
以前兄上が断罪してきた家は本当は兄上の悪事に気づいた人だという噂を話していた生徒だ。
全てを調べられたわけでは無いが、断罪した家は魔物との内通や横領など何かしら法を犯していた。
ただ規則性が無いため、彼らがそこに『悪事に気づいた人』という理由を求めるのも分かる気がした。
派閥に関係なく、罪状もバラバラ。
この貴族社会でそんなことをするのは潔癖と言えるほど正義感がある人くらいだ。
恐らく兄上はそれに当てはまらない。
しかし、だからといって面白半分に憶測を語るのはどうかと思う。
出来れば聞きたくない類の話だが、寮へ帰るにはその教室の前を通るしかない。
「マジでゴマすろうかなぁ。そしたら一人くらい女子、貸してくれそうじゃね?」
「何?お前が女子に紛れて『エトワーテル辺境伯様ぁ~めちゃくちゃかっこいいですぅ~』って媚び売るってこと?」
「きっも。見て、鳥肌立った。」
「で、エトワーテル辺境伯の悪事を知ってしまったお前は殺される、と。」
「ギャハハ!お前の命かっる~!!」
「いや、笑えねえから。」
「でも俺らみたいな下級貴族興味無さそ~。あんな上位貴族じゃ無かったら体術で交渉したのに。」
「返り討ちされて終わりだろ。」
「はぁ~?想像出来てムカつく~。でもさ、ウレニになら勝てそうじゃね?」
ウレニ?
僕は思わず足を止めた。
正直兄上に関しては彼らの言う通り返り討ちにするだろうと心配はしていないのだが、レニーの名前が出てくるなんて想定外だ。
「それは正直勝てる。」
「ッハハ!舐めすぎでしょ。一応あいつの親は子爵位なんだから。」
「いやおもしろ。言ってやるなって、見捨てられてんだからぁ!」
「なあ、それってウレニと仲良くしてる女の子たち知ってんの?」
「っふは!知らないなら俺たちが言ってやらなきゃ可哀想じゃね?」
「え~、そしたら俺ら救世主じゃん。モテちゃうなあ。」
笑い声が廊下に響く。
今の彼らの会話を要約すると、兄上がモテ過ぎていて火遊びが出来ない。しかし兄上には全てにおいて敵わないので、ほぼ平民のくせに何故かモテてるレニーをいじめてやろうぜ、ってところだろうか。
レニーの家の事情をこんなところで知るとは思わなかったが、レニーがいつもバイトをしていることからなんとなく予想はついていた。
僕はポッケからハンカチを取り出し、手のひらに乗せる。ハンカチの糸に彼らの会話を記録するのだ。
僕が魔法を使うとハンカチが解け、やがて全てが糸へ戻った。
糸は手の上で球状になるが、その体積は明らかに減っていた。材質も変化し、透き通っている。
それは誰が見てもガラス玉にしか見えないが、糸を素材として音声を記録した立派な魔道具だ。
僕は音声を確認する。
「っ!」
「!?」
「おい、誰だ!」
どうやらその音声が聞こえてしまったらしい。教室で話していた生徒が焦ってこちらへ向かってきた。
乱暴にドアが開き、廊下にいる僕と目が合う。
「っ...エトワーテル、様。」
顔を見ただけで分かるなんて、ただの噂好きかと思っていたが認識を改めてもいいかもしれない。
「大きな声で話すのなら内容を考えるべきでは?」
「...校内での音声記録魔法の使用は禁止されているはずです。それをこちらに渡して貰えませんか?」
「僕は魔法など使っていない。魔法観測装置が作動していないでしょう?」
そう言うと、対面している生徒が装置をちらりと見て驚いた表情をする。
違う一人の生徒が装置に近づく。
「壊れてんのか?」
「...はっ!壊れてんなら好都合だ。」
好戦的な瞳を僕に向けてくる男子生徒。
彼らは会話を知らないのか?
「兄上とレニーに何もしなければ、僕はこれを問題にする気はありませんよ。」
一応言っておくが魔法観測装置は壊れていない。
彼が魔法を使えば、恐らく作動するだろう。
「ふっ、怯えているんですか?俺はエトワーテル様がそれを壊してくださればそれでいいんですよ?」
その言葉に思わずため息が出る。
彼らは成績上位であることを示すこのマントの意味をわかっているのだろうか。
怯えて走り去ってくれるだけでいいのに。
「僕もただ噂話は大声で言うものでは無いと言っているだけですよ。」
僕がそう言い終わると同時に、男子生徒が魔法を放った。
その瞬間魔法観測装置が発動し、魔法が消え去る。校内にビー、ビー、と嫌な音が鳴り響く。
「は?おい、作動してるって!」
「壊れてたんじゃねえのかよっ!」
「おい、教師が来る前に逃げるぞ!」
「ちっ。覚えてろよ!」
彼らは彼ららしい態度で、廊下をバタバタと走っていく。
窓から逃げないのを見ると、魔法の成績も分かるというものである。
「おい、大丈夫か!?」
彼らが逃げたのと反対側から、走ってやってきた先生らが僕を確認する。
この人、受験の時の教師か。面識があったからか僕は疑われていないようだ。
「大丈夫です。魔法観測装置が魔法を消してくれましたから。」
その魔法観測装置は少し後ろを走ってきたもう一人の教師が確認している。
魔法観測装置には使った魔法の記録と、魔力が残っているため、犯人はすぐにわかるだろう。
と言ってもここは学園。彼らが国の法律で捕まることは僕が動かない限りないだろう。
被害は出ていないし、攻撃魔法も法律では使用は禁止されていない...いや、今回は人を傷つけることを目的としたものだったから捕まるか。
まあ、今回僕は一生徒として大人である教師の判断に任せるつもりだ。
魔法観測装置を見ていた教師が立ち上がり、僕のところへ歩いてくる。
「君の魔力ではないのようですね。魔法を使った生徒との関係は?」
「名前も知らない他人です。僕はこの教室で雑談をしていた彼らに、話す内容を選んで欲しいと注意しましたが聞き入れて貰えず、言い合いになってしまいました。」
「そうですか。一応聞いておきますが、攻撃魔法を使ったのは君ではありませんね?」
魔力が違うのでは?
僕は不思議に思いつつ答える。
「はい。僕は使っていません。」
「そうですか。
ああ、いえ、私はエトワーテル辺境伯の魔法を見たことがあるのですが、あれほど天才という言葉が似合う方はおられません。あれこそ奇跡とは思いつつ、彼なら他人の魔力さえ真似ることが出来そうだと考えてしまいまして。
弟君も優秀だと聞いたので、確認をと。」
「そうですか。兄上の魔法、僕も見てみたいです。」
見張り台を兄上の魔法で登ったことはあるが、あれは初歩的な魔法なので先生が言っている魔法には当てはまらなそうだ。
見てみたい、そう言った僕を同情的な目で見る先生。
僕の言った言葉が何を想像させるのか考えてから言うべきだった。
実際の僕と兄上は、(校内でハグをするくらい)仲良しなのだから。
「今度兄上に頼んで見せてもらうことにします。」
誤解を訂正するためにそう言うと、先生は固まった。
「えぇ...えっ!?頼...!?そう、ですね?それが出来るならそうしてください?」
先生の反応に思わず『おお』と感嘆するところだった。
これが世間の反応か。エトワーテル辺境から王都に来てまあまあ経ったと思っていたのだが、まだ知らないことはたくさんありそうだ。
「ごほん。もう戻ってもらって結構ですよ。注意をするにも身を守るために、相手方をあまり激昂させないよう気を付けてくださいね。」
気を取り直した先生にそう言われ、僕は『はい。』と返事をして寮に戻った。
まさか人前で兄上に抱きしめられるなんて。
不思議と心は満たされているのが納得いかない。
身体的疲労と精神の回復。まるで剣の訓練の後だ。
もうすぐ見えなくなるだろう夕日が廊下を照らす。
大半の教室にはもう誰もいないようで、遠くの教室から生徒同士の会話が聞こえてきた。
「俺た...で...ハハハ。」
「ギャハハ...でも...よ!」
その品のない笑い声には聞き覚えがあった。
以前兄上が断罪してきた家は本当は兄上の悪事に気づいた人だという噂を話していた生徒だ。
全てを調べられたわけでは無いが、断罪した家は魔物との内通や横領など何かしら法を犯していた。
ただ規則性が無いため、彼らがそこに『悪事に気づいた人』という理由を求めるのも分かる気がした。
派閥に関係なく、罪状もバラバラ。
この貴族社会でそんなことをするのは潔癖と言えるほど正義感がある人くらいだ。
恐らく兄上はそれに当てはまらない。
しかし、だからといって面白半分に憶測を語るのはどうかと思う。
出来れば聞きたくない類の話だが、寮へ帰るにはその教室の前を通るしかない。
「マジでゴマすろうかなぁ。そしたら一人くらい女子、貸してくれそうじゃね?」
「何?お前が女子に紛れて『エトワーテル辺境伯様ぁ~めちゃくちゃかっこいいですぅ~』って媚び売るってこと?」
「きっも。見て、鳥肌立った。」
「で、エトワーテル辺境伯の悪事を知ってしまったお前は殺される、と。」
「ギャハハ!お前の命かっる~!!」
「いや、笑えねえから。」
「でも俺らみたいな下級貴族興味無さそ~。あんな上位貴族じゃ無かったら体術で交渉したのに。」
「返り討ちされて終わりだろ。」
「はぁ~?想像出来てムカつく~。でもさ、ウレニになら勝てそうじゃね?」
ウレニ?
僕は思わず足を止めた。
正直兄上に関しては彼らの言う通り返り討ちにするだろうと心配はしていないのだが、レニーの名前が出てくるなんて想定外だ。
「それは正直勝てる。」
「ッハハ!舐めすぎでしょ。一応あいつの親は子爵位なんだから。」
「いやおもしろ。言ってやるなって、見捨てられてんだからぁ!」
「なあ、それってウレニと仲良くしてる女の子たち知ってんの?」
「っふは!知らないなら俺たちが言ってやらなきゃ可哀想じゃね?」
「え~、そしたら俺ら救世主じゃん。モテちゃうなあ。」
笑い声が廊下に響く。
今の彼らの会話を要約すると、兄上がモテ過ぎていて火遊びが出来ない。しかし兄上には全てにおいて敵わないので、ほぼ平民のくせに何故かモテてるレニーをいじめてやろうぜ、ってところだろうか。
レニーの家の事情をこんなところで知るとは思わなかったが、レニーがいつもバイトをしていることからなんとなく予想はついていた。
僕はポッケからハンカチを取り出し、手のひらに乗せる。ハンカチの糸に彼らの会話を記録するのだ。
僕が魔法を使うとハンカチが解け、やがて全てが糸へ戻った。
糸は手の上で球状になるが、その体積は明らかに減っていた。材質も変化し、透き通っている。
それは誰が見てもガラス玉にしか見えないが、糸を素材として音声を記録した立派な魔道具だ。
僕は音声を確認する。
「っ!」
「!?」
「おい、誰だ!」
どうやらその音声が聞こえてしまったらしい。教室で話していた生徒が焦ってこちらへ向かってきた。
乱暴にドアが開き、廊下にいる僕と目が合う。
「っ...エトワーテル、様。」
顔を見ただけで分かるなんて、ただの噂好きかと思っていたが認識を改めてもいいかもしれない。
「大きな声で話すのなら内容を考えるべきでは?」
「...校内での音声記録魔法の使用は禁止されているはずです。それをこちらに渡して貰えませんか?」
「僕は魔法など使っていない。魔法観測装置が作動していないでしょう?」
そう言うと、対面している生徒が装置をちらりと見て驚いた表情をする。
違う一人の生徒が装置に近づく。
「壊れてんのか?」
「...はっ!壊れてんなら好都合だ。」
好戦的な瞳を僕に向けてくる男子生徒。
彼らは会話を知らないのか?
「兄上とレニーに何もしなければ、僕はこれを問題にする気はありませんよ。」
一応言っておくが魔法観測装置は壊れていない。
彼が魔法を使えば、恐らく作動するだろう。
「ふっ、怯えているんですか?俺はエトワーテル様がそれを壊してくださればそれでいいんですよ?」
その言葉に思わずため息が出る。
彼らは成績上位であることを示すこのマントの意味をわかっているのだろうか。
怯えて走り去ってくれるだけでいいのに。
「僕もただ噂話は大声で言うものでは無いと言っているだけですよ。」
僕がそう言い終わると同時に、男子生徒が魔法を放った。
その瞬間魔法観測装置が発動し、魔法が消え去る。校内にビー、ビー、と嫌な音が鳴り響く。
「は?おい、作動してるって!」
「壊れてたんじゃねえのかよっ!」
「おい、教師が来る前に逃げるぞ!」
「ちっ。覚えてろよ!」
彼らは彼ららしい態度で、廊下をバタバタと走っていく。
窓から逃げないのを見ると、魔法の成績も分かるというものである。
「おい、大丈夫か!?」
彼らが逃げたのと反対側から、走ってやってきた先生らが僕を確認する。
この人、受験の時の教師か。面識があったからか僕は疑われていないようだ。
「大丈夫です。魔法観測装置が魔法を消してくれましたから。」
その魔法観測装置は少し後ろを走ってきたもう一人の教師が確認している。
魔法観測装置には使った魔法の記録と、魔力が残っているため、犯人はすぐにわかるだろう。
と言ってもここは学園。彼らが国の法律で捕まることは僕が動かない限りないだろう。
被害は出ていないし、攻撃魔法も法律では使用は禁止されていない...いや、今回は人を傷つけることを目的としたものだったから捕まるか。
まあ、今回僕は一生徒として大人である教師の判断に任せるつもりだ。
魔法観測装置を見ていた教師が立ち上がり、僕のところへ歩いてくる。
「君の魔力ではないのようですね。魔法を使った生徒との関係は?」
「名前も知らない他人です。僕はこの教室で雑談をしていた彼らに、話す内容を選んで欲しいと注意しましたが聞き入れて貰えず、言い合いになってしまいました。」
「そうですか。一応聞いておきますが、攻撃魔法を使ったのは君ではありませんね?」
魔力が違うのでは?
僕は不思議に思いつつ答える。
「はい。僕は使っていません。」
「そうですか。
ああ、いえ、私はエトワーテル辺境伯の魔法を見たことがあるのですが、あれほど天才という言葉が似合う方はおられません。あれこそ奇跡とは思いつつ、彼なら他人の魔力さえ真似ることが出来そうだと考えてしまいまして。
弟君も優秀だと聞いたので、確認をと。」
「そうですか。兄上の魔法、僕も見てみたいです。」
見張り台を兄上の魔法で登ったことはあるが、あれは初歩的な魔法なので先生が言っている魔法には当てはまらなそうだ。
見てみたい、そう言った僕を同情的な目で見る先生。
僕の言った言葉が何を想像させるのか考えてから言うべきだった。
実際の僕と兄上は、(校内でハグをするくらい)仲良しなのだから。
「今度兄上に頼んで見せてもらうことにします。」
誤解を訂正するためにそう言うと、先生は固まった。
「えぇ...えっ!?頼...!?そう、ですね?それが出来るならそうしてください?」
先生の反応に思わず『おお』と感嘆するところだった。
これが世間の反応か。エトワーテル辺境から王都に来てまあまあ経ったと思っていたのだが、まだ知らないことはたくさんありそうだ。
「ごほん。もう戻ってもらって結構ですよ。注意をするにも身を守るために、相手方をあまり激昂させないよう気を付けてくださいね。」
気を取り直した先生にそう言われ、僕は『はい。』と返事をして寮に戻った。
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