無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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学園編

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俺は遊撃部隊のメンバーを見て頬を引き攣らせる。

戦力と機動力を兼ね備えた各部隊の精鋭たち。新人に夢を与える名の知られた騎士しかいない。

俺も部隊の中では次期部隊長候補なんて言われているが、ここでは末端だとすぐにわかった。

そんな主戦力をまとめるのは艶やかな黒髪に宝石より輝く金色の瞳を持ったエトワーテル辺境伯。

団長の横にいたときは遠くて顔も見えないのに綺麗な人だと思ったものだが、いざ近くに来れば威圧がすごくてまともに顔を見れない。

そうは言いつつチラリとご尊顔を拝見して、美人の無表情ほど怖いものは無いという言葉を再確認する。

そのせいと言うべきか、そのおかげと言うべきか、この中には性格に難アリな騎士もいるが、面白いくらい背筋が伸びている。

しかしそんな騎士を笑うことも出来ない。俺も蛇に睨まれた蛙の如く、ただ指示を待つことしか出来ない。

出発する団長と言葉を交わしたあと、俺たちの方を向くエトワーテル辺境伯。

線の細い貴族然としたエトワーテル辺境伯がこちらを向く。

一瞬こんな人が強いのか?なんて考えが過ぎるが、この鳥肌は本物だ。

「私達も出発しよう。各部隊の様子を見ながら、目的の魔物を探す。行くぞ。」

エトワーテル辺境伯はそう言いつつ固まる俺たちに品定めするように視線を滑らせる。しかしそれも一瞬で、言葉通りネルージャを歩かせはじめた。

俺の、いや遊撃部隊全員の本能の従うまま、俺たちは辺境伯の背中を追った。



酷い一日目だった。

まず魔物との遭遇率がおかしい。いつもの4, 5倍魔物を倒したと思う。

というのも、何故かエトワーテル辺境伯が行くところに魔物の群れがいるのだ。

そして魔物の群れに突っ込まされ、ある程度数が減ると別の部隊が俺たちを発見して加勢する。

加勢してくれた部隊は程よい疲労と達成感を得て、士気が上がり、それを見て俺たちは挨拶もほどほどに去る。それの繰り返し。

弱そうな魔物の群れは放置、強い魔物が現れれば誘導して俺たちだけで討伐。

この人には何が見えているんだろうか、とそう思わずにはいられない。

「お疲れ~い。」

まあまあな力で肩を組まれて、俺は倒れそうになる。
疲労困憊だというのにこいつは。

「お前はそうでも無さそうだな。」

「まだアドレナリンがドバドバよ。今日の戦いは楽しかったぜ!」

性格に難、と言うほどじゃないが、誰にでも好かれるやつでも無い。俺だってこいつに友情を感じたことは無い。

じゃあこいつと俺の関係はなんなのか。

「それでよ、まだ寝れないんだわ。」

彼の硬い手が俺の耳たぶを優しくつまみ、そのまま親指で耳の後ろを撫であげる。

そう、彼と俺はただの身体の関係。
自分でも信じたくないが、相性はいいと思う。

彼が俺の短い髪を撫で、俺の首をツーと撫でたかと思えば、首を持たれて引き寄せられる。

俺は反射的に首元に手を持っていき、彼の口を抑えることに成功した。

お前は元気かもしれないが、俺は疲れているんだ。

「今日は気分じゃない。」

「あ゛?」

「俺は、疲れてるんだ。」

俺は手首を掴まれて倒される。

こいつ、ここでおっぱじめる気か?

「喧嘩ですか?」

第三者の声が、気配もなく後ろから発せられて、心臓が跳ねる。思わず剣に手をかけようとしたが、手首を掴まれていてどうしようもなかった。

「誰だ。」

俺は見えないが、上に乗る彼は暗い森を睨みつけている。

「人に名を尋ねるときは先ず自分から名乗る、なんて常識だと思っていました。」

「暗い森に向かって名を名乗るやつがあるか。」

珍しく正論を言った彼に、微妙な気持ちになる。

しかし森から出てきた人を見てそんな気持ちは吹き飛んだ。

絹のようなサラリとした白い髪が視界に映って胸がバクンと打った。

「は?お前は…っ。」

「明日も過酷になるでしょう。早く寝ておいたほうが貴方のためですよ。」

紫の瞳は彼を射抜く。

それにふるりと震えて彼はそそくさと立ち上がった。

「興が醒めた。またな。」

この遊撃部隊に抜擢されるほど実力がある彼の小者っぽいその言葉と、背中が珍しくて、いつまでも目で追いそうになる。
しかしこんな無様な姿をいつまでも晒しておくわけにもいかないので、俺はそそくさと立ち上がって砂をはらった。

「喧嘩というわけでも無かったのでしょうか。お邪魔したのであれば申し訳ありません。」

「いえ、助かりました。」

気品が漂う雰囲気に、思わず敬語になる。

今日一日を見た限り、どうやら彼はエトワーテル辺境伯に仕える執事のようだ。

彼はずっと辺境伯のそばにいたらしいのだが、私が彼の存在を認識したのは戦闘中に助けられたときだった。

こんなに綺麗な人なのにいることに気づかない。

その気配の薄さは最早異常の域で、先程のように後ろを取られるのも仕方ないと思えるのだが...。
執事にそんなスキルが必要かどうかは、考えないようにしている。

「私はブランと申します。」

そう名乗られて、俺は焦って名乗ろうとするが、存じ上げておりますと言葉を重ねられた。

それは…何故、と聞いてもいいのだろうか。

いや、やめておこう。
貴族というのは本当に怖い生き物だと心に刻んでおこう。

「彼はいつもこのようなことを?」

ブランさんは僕が怪我をしていないか確認している。

いつも誘いに来るのかと言われればそうだが、いつも喧嘩をしているのかと言われるとそうでもない。

だが今日みたいに押し倒してくるのは珍しいため、一応否定しておく。

「いえ、今日のようなことは珍しいです。」

「そうですか。お疲れでしょう。焚き火の周りに座りませんか?」

喧嘩をしていたわけではないので怪我がないことは俺自身分かっていたのだが、ブランさんもそう判断したようだ。

俺はブランさんについていき、焚き火のそばに場所を移した。

「この部隊はあのような方が多いようですね。」

その発言に、まさか俺達のような騒動は俺達だけじゃないのかと耳を疑う。

だが、血の気が多い連中が集まっていると俺自身が思っていたのも事実だ。

「腕の立つものは部下を持つようになりますから。部下を持たない腕の立つものを集めれば、訳ありになってしまうんです。」

夜の地面は冷える。焚き火の暖かさで冷えた身体が温まり、自分がリラックスしているのを感じる。

「腕が立つというのであれば、チームの連携もできて欲しいものです。」

隣に座る彼もそうのだろうか。
ブランさんの口から溢れた言葉に笑ってしまう。

「今日は何度も助けられました。ブランさん、本当にありがとうございます。」

「何度も?ああ、戦闘中のことですか。あれも私の仕事です。気になさらないで下さい。」

炎に照らされた美しい横顔が笑う。それはとても頼もしい。

「あっ、お仕事といえば、腕を見せて貰えますか。」

紫の瞳が急にこちらを向いて少し驚く。俺はなんのことかわからず、ブランさんに言われるがまま、彼に見せるように袖をまくる。

そこで気付いた。あいつは随分と強く握ってくれたらしい。腕に赤い跡がついている。

男の俺にこんな赤い跡をつけるなんて、どんな握力だよ。それにしても

「よく気づきましたね。」

「ただの予想ですよ。」

そう言ったブランさんの手が俺の腕を包む。すると俺の腕が少し光り、赤い跡が無くなっていた。

「さあ、もう片方も。」

俺は驚いて放心しながら、もう片方も治療してもらった。

「ありがとう、ございます。」

呆けながらお礼を述べる俺に、ブランさんはニコッと笑う。

「剣士は腕が大切ですから。今日は大変だったでしょう?しっかり睡眠を取ってくださいね。」

ブランさんはそう言いながら俺の袖をもとに戻す。
そして立ち上がるとこちらを向いて一言

「おやすみなさい。」

と言うと、エトワーテル辺境伯のいるテントへ歩いていった。

俺はその背中が見えなくなるまで呆けていた。
そして見えなくなって、数秒。

「かわいい…。」

そう呟いた声が自分のもので、頬が焚き火以外の理由で熱くなっているのを感じた。
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