無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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学園編

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「癒し手と同じことが出来る、か。上手く言い替えたものだな。」

「言い換え?事実だろう。君が魔力を吸収できるのは。」

私は目に一層力が入るのを感じる。

まあ確かに吸収することは出来る。癒すことは出来ないが。

だが

「それは我らの秘密を守るという誓いに抵触する行為だとわかっているな。」

アーノルドがそう言った瞬間、嫌な風が吹いた。

アーノルドの影が、ルティエラの影が、否、この部屋にある全ての影が。まるでロウソクに照らされているかのように揺らめき、ドロッとした黒いなにかが3次元へ溢れ出す。

「キャッ...じゃなかった。んん、私も流石に命が惜しい。君にやってもらいたいのは教師だよ。」

そんな状況でもルティエラは普通に続ける。

「癒し手の特別講師として、過剰生成した生徒の助け方を教えるために学園へ行ってほしい。君以外はどうしても文献だよりになってしまうからね。」

「教師にはどう説明するつもりだ。」

「魔力操作のプロと言ってあるよ。」

「それで納得したのか。」

「ああ。むしろ仕事が増えなくてホッとしていた、と聞いている。」

まあ…そう、か。

私の領にあるフィーリネ学園の教師も、研究する時間を取られたら怒鳴りに来るだろうしな。

ファシアス学園の教師はそんな感じは無かったが、生徒にはうまく隠していたということなのだろう。

いつの間にか影は元に戻っており、部屋の中は時間がゆっくり流れる昼下がりという様子だった。

「そもそも私は君が弟と一緒にいれるようにわざわざこの仕事を掻っ攫ってきたんだ。褒められることはしても、殺気を向けられるようなことはしないよ。」

微笑みながらこちらを見てくるルティエラ。

確かに私はこの資料を渡すときのルティエラを収穫物を見せてくる領民のようだと思ったのだ。

褒められることはしても、ね。

「ありがとう、感謝する。」

「どういたしまして。俺、アーノルドのそういうとこ好きだよ。」

ルティエラは愛おしいものを見るように、こちらに微笑みかける。

そんな生暖かい視線を受けた私が思ったことは、もちろん煩わしいだ。
いや、最近もっと砕けた言い方を領民が言っていたな。

確かウザイだ。

「一人称が戻っているぞ。ルティエラ殿下。」

私は揚げ足を取るようにそう言ったが、それをきっかけにまた話が脱線してしまう。

アーノルドとルティエラの数年ぶりの再会はこうして時間が過ぎていった。



ーーーー



金曜日、僕は浮ついた気持ちで王都の屋敷へ帰宅していた。

もちろん明日が土曜だからでは無い。

兄上が王都へ来ているからだ。

正直に言えば緊張しているし、どういう顔をすればいいのか分からないし、でもやはり僕の心は浮ついているし、僕もどうすればいいのか分からない。

そんな気持ちのまま馬車を下り、大きなドアの前で僕は立ち止まっている。

兄上に出迎えられたことなんてないじゃないか。
いや、しかし、でも。

心を決める時間などなく、使用人はドアノブを掴む。

「キルシュ?」

ドアが開かれる前に兄上の声がした。

しかもその方角は僕の背後。
僕が振り向いた瞬間、目の前が黒く染る。鼻腔をくすぐる知っている匂い。

「おかえり、キルシュ。」

抱擁は一瞬で終わってしまったが、終わったからこそ兄上が優しい目をしていることがわかった。

終わってしまった...?

「事故があったらしいな。大丈夫か?」

「えぁっはい。僕は特に何も。」

「魔法使うのが怖くなったりしていないか?」

キルシュは饒舌なアーノルドに驚きながらも、事故のことを思い出す。

兄上は事故のことを全て知っていそうだと思っていたが、確かに精神面は聞かなくては分からない。

本当に心配そうな兄上を見て自然と笑みが溢れる。

「大丈夫です。寧ろ生徒と教師を助けられることが出来て自信がつきました。」

「...そうか。」

僕は兄上が手を挙げたのを見て頭を差し出す。

いや、正確に言えば頭を撫でられてから自分が頭を差し出していたことに気づいた。

少し恥ずかしい。

「そういえば兄上はどこへ行っていらしたのですか?」

「ああ、少し城へ。」

そうなんでもないように言う兄上。

しかし城には馬車で行くはずだ。
兄上は歩いて来たように見える。

あまり言いたくないということだろうか。

兄上は僕の視線を追って後ろへ振り向いて、ああと気づいたようだ。

「遅かったので置いてきた。もうすぐ帰ってくるだろう。」

遅い...。いや、確かに馬車は遅い。

しかし歩くより早いし、人通りの多い街中を今の正装をしている兄上が走るのは大変そうだ。

まさか飛んで帰ってきたのだろうか。

なにかそんなに急ぐ用事があるのだろうか。

話は終わったとでも言うように中へ入っていく兄上に、僕はその疑問を投げかける機会を失ったのだった。




機会を失った、と言っても本邸のように数ヶ月も会わないなんてことにはならなかった。

いや、違う。僕が会いたかったのだ。

兄上は魔物を討伐するためにこちらへ来たと聞いている。

数ヶ月も会わなかったら兄上はいつの間にか帰っているだろう。

そうじゃなくても討伐のために何週間も家を空けるかもしれない。
兄上がわざわざ呼ばれるほどの魔物なんて強いに違いない。
そんな死地に行った兄上は帰って来ないかもしれない。

そんなこと考えたことも無かったのに、今では不安にで仕方ない。

兄上に会いたい。

僕は馴染みのない自分の部屋を抜け出した。


抜け出したまでは良かったのだが、僕はこの屋敷のことをほぼ知らない。

入学前、準備のために1ヶ月いただけだ。

兄上の部屋なんて知らないし、知らない廊下だってある。

そう、僕は迷っていた。自分の屋敷で。

夜目を駆使しながら僕はきょろきょろと辺りを見回す。

本邸と違って大きな絵画が金の額縁に沢山飾られており、財力があるのが一目瞭然だ。

兄上はここに何年もいたんだ。

兄上は小さい頃、父に連れ回されていつもどこかへ行っていた。

その『どこか』の内の1つに王都の屋敷があったのだと僕が知ることが出来たのは、まさにここで父が断罪されたからである。

断罪の名の元に殺された父の仕事は全て、当時7歳の兄上にいった。

兄上は領主となり、王都の屋敷に引きこもった。その期間、約9年。

今日、兄上は城へ行ったと言っていたな。
陛下や殿下はその間の兄上を知っているのだろうか。

兄上は王族の方々と仲が良くて、本当に惚れられていたりして。

会ったこともないのに、嫉妬が振り積もっていく。

嫉妬?

そうだ、これは嫉妬だ。

僕の知らない9年間の兄上を知りたい。

ここでどう過ごして、何をしていたのか知りたい。

そしたら

暗い噂だって気にしなくて済むだろうから。
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