無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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学園編

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人混みの1番前に来ると、レニーと教師が女生徒に寄り添っていた。

女生徒の光はもう収まりそうで一安心するが、それは少なくとも1人助かったというだけ。

張られた防御結界を見たあとニコをチラリと見ると、目があった。

考えることは同じか。僕とニコの髪がふわりと浮く。

最初に言葉を発したのは僕だった。

「防御結界」

「隔離結界」

「「複合魔法多重結界  天使の箱庭セーフティーガーデン」」

生徒は張られた結界に驚く。
教師も驚いていたが、すぐに生徒たちの避難誘導を再開した。

多重結界なんてものを張ったせいであまりレニーたちの声は聞こえないが、レニーと一緒にいた教師が石を女生徒の近くに置いたかと思うと、こちらに走ってきた。

僕とニコはその部分だけ結界を薄くして2人を中へ入れる。

魔法は自らを傷つけることは出来ないため、女生徒は心配しなくていい。

彼女は石をポケットに入れ、ゆらりと立ち上がる。

「放魔石、初めて見たよ。」

ニコの呟きを聞きながら、彼女の行動から目は離さない。

彼女は手を本来の試験の的の方へ向けた。

「耳をふさいで。来るよ。」

僕がそう言った瞬間、彼女は炎を打ち出した。

打ち出した瞬間、彼女は意識を失ったように見えた。それでも炎は留まることを知らず、会場を包む。

生徒が悲鳴をあげる。

エトワーテルの学園の子は悲鳴をあげる前に身構える子供が多かったな。

あれはエトワーテル辺境の領民の特性だったのか、と思わぬ所でギャップを感じる。

それにしても本来彼女はそんな魔力は持っていないはずだ。

彼女の指が消えていないこと、気を失ったことを考えると、体力、或いは血が魔力に変換されたか。

1度燃え広がったあとは早かった。魔力以外燃えるものが無いため、一瞬で炎が消える。

被害を受けたのは先程までいたバルコニーの芝生くらいだ。

僕とニコが結界を解除すると、教師が女生徒の元へ駆け寄る。

完全に意識を失っているようなので、保健室へ運ぶことになりそうだ。

そう思って人集りが出来る前に寮に戻ろうと思ったのだが、こちらへ急いで向かってくる女生徒に気づき足を止めた。

というのも彼女がマントを羽織っていたからである。

マントを持つのは成績優秀者のみ。

成績優秀者。それはこの学年に3人しかいない。

何故なら統治科、魔導科、剣術科、それぞれの首席にマントが贈呈されるからだ。

統治科は僕、キルシュ エトワーテル。

魔導科はニコ ルッソ。

残るは剣術科。

つまり彼女が剣術科の首席なのだろう。

マントが揺れると彼女の腰元に剣が装備されているのが見える。

女の子が剣術科というのは珍しいが、彼女の茶髪とヘーゼル色の瞳もこの学園では同じくらい珍しい。

貴族に居ないわけではないが、茶色は平民に多い色なのだ。

髪飾りを1つも着けていないのが、見た目の平民らしさを助長させている。

彼女は僕たちの横を通り過ぎ、一直線に倒れている女生徒の元へ走っていった。

「私が治します!」

「君は...。」

教師は彼女のマントと剣を見る。

「リリア  マルシュカさんですか。」

「知ってる通り私は癒し手です。彼女の魔力を少しでも回復出来れば!」

癒し手。
人へ魔力を分け与えることが出来る特殊体質の人をそう呼ぶ。
魔力を与える際に、副作用として与えられた側の身体の治癒能力をあげるためこの呼び名が定着した。

しかし癒し手はそれ以外の魔法は使えず、自ら魔力を作ることが出来ない。
つまり魔力を与えるには、他人から吸い取るしかないのだ。

僕は彼女の元へ向かい、後ろから声をかける。

「僕の魔力を使ってください。」

彼女は後ろを振り向き、僕を真っ直ぐに見つめるが色恋の意図は無さそうだった。

これが彼女のコミュニケーションなのだろう。

「えっでも、さっきすごい魔法使ってた人ですよね...?心配しなくても大丈夫です!私今すごく魔力持っているので!」

彼女の瞳が少しだけど揺れた気がした。
しかしすぐにパッと笑い、腕まくりをし始める。

恐らく大袈裟に言っているのだと思う。

僕はまた話しかけようとしたが、肩を叩かれて振り返る。

「リリアさんの言う通り、キルシュ様は結界張ったでしょ!」

「レニー。」

ムスッとした顔を作っていたレニーは僕の言葉に笑顔で返したあと、リリアさんに話しかける。

「初めまして、リリアさん。僕、レニー。僕の魔力を使ってくれない?試験まだやってないし、魔力は有り余ってるんだ。」

それを聞いたリリアさんは少しの間だけ迷っていたが、すぐに花が咲くように笑った。

「ありがとうございます。助かります!」

手を出してくれますか?とリリアさんがレニーを見つめる。

「魔法を使うときみたいに、手のひらに魔力を集めてください。」

「こう?」

レニーの手が光り始める。

そこにリリアさんが手を重ねた。

他の人には光が消えたように見えただろうが、僕にはリリアさんの手、そして腕を伝って魔力がリリアさんの物になるのが見える。

それが数秒続いた。

「これは...与えているのか吸われているのかよく分からなくて怖いね。」

リリアさんは集中するためか、目を瞑ったまま応える。

「そう、ですね。魔力を分けてくださる方は不快感を感じるらしいです。」

リリアさんは目を開けて手を離した。

「ありがとうございます!ではいきます!」

そういうとリリアさんは女生徒のそばに座って、手を握った。

リリアさんが目を瞑ると全身が光り輝き初め、その光は女生徒も包む。

澄んだ空気と、誰もいないかのような静寂。
その中で遠くから聞こえる鐘の音。

そこが神聖な場であることはここにいる誰もが肌で感じられただろう。

女生徒が目を開けたところで光は収まり、音が戻ってくる。

「ぅっ...気持ちが悪いですわ...誰かいるんですの...?何も見えないわ...。」

それを聞いたリリアさんは手で口を覆ったが、言葉は零れ落ちた。

「まさかっ...。」

「ここは校庭だよ。貴方は少し気絶していただけ。今から保健室へ向かうんだ。」

レニーがリリアさんの言葉を遮るように言葉を紡ぐ。

僕はレニーの堂々とした物言いに少し驚いた。
僕の友人は意外なことに、人の上に立てるタイプだったのだ。

「そう、ですか。皆様、お騒がせいたしましたわ。」

女生徒は力なくそう言うと、教師に運ばれて行った。
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