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エトワーテル辺境伯領
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「それで、先生は兄上と何を話されていたのですか?」
先生とは俺のことか。
キルシュ様に問われて、俺はいよいよ頭を上げる。
「フィーリネ学園の見学へ行く日程について話しておりました。」
俺はアーノルド様を見ないようにして答えたが、そんな心配は必要なく、アーノルド様は威圧感を取り戻していた。
「フィーリネですか。」
「ああ、ファシアスの学園長に頼まれたのだ。キルシュも行くか?」
えっ。そんなお貴族様が簡単に行けるのか?
アーノルド様の口からスルッと出た言葉に驚く。
俺の知ってる貴族は1ヶ月前には目的地に何かしらの連絡を入れるものだ。
「よろしいのですか?」
そう言ったキルシュ様もやはり驚いている様子。
「あそこは誰が行こうと同じ対応しかしない。それに元々私も行く予定だったから 、貴族が1人増えようが問題は無い。」
えっ、アーノルド様も行くとか聞いてないぞ。
「ではお言葉に甘えて...。同行させてください。」
そう言ったキルシュ様は少し微笑んでアーノルド様を見ている。
無表情のキルシュ様を少ない時間とはいえ見ている俺は、何とも微笑ましい光景に思わず祝福したくなる。
しかしこんな貴族より貴族らしい2人に挟まれて見学に行かなねばならなくなった俺が、手放しで喜べるわけも無い。
「キルシュ。今日からの1週間、いつ予定が空いている。」
「うーん、明後日の午後...が空いてます。」
「そうか。では明後日の午後にしよう。いいか?」
アーノルド様に聞かれた俺は気づく。
ここで予定が決まれば俺の宿に使者を送る必要はなくなる...俺が滞在する必要がなくなる!
「はい、勿論です!」
「...そうか。」
アーノルド様はやけに元気な俺を訝しむ。しかし次の瞬間には元に戻っていた。
「では試験が終わる頃にまた来よう。その時に詳細を話す。キルシュも一緒だ。」
「畏まりました。」
「はい、兄上。」
返事を聞いたアーノルド様は1回頷くと、キルシュ様の方に歩いていく。
「頑張れ。」
アーノルド様はキルシュ様の肩にポンッと手を置き、一言そう言うとそのまま通り過ぎて行った。
俺はその様子を仲がいいなぁと思いながら見ていると、思いがけずキルシュ様の笑顔を見ることになってしまい、思わずロザリオを握った。
危ない...信仰する方を変えそうになった。
俺はゆっくりと深呼吸をし、剣術の試験を行うためキルシュ様に声をかける。
その時にはもう無表情の、アーノルド様が来る前までのキルシュ様だった。
ーー★ーー
私は侍女に整えられた髪を鏡で見る。
整えられたと言っても華やかなものではなく、いつもの何もしていないストレートの髪に少し躍動感をつけただけだ。
今日はキルシュとフィーリネ学園に行く日。
キルシュの試験のために来た試験官とは別行動をすることになっている。
と言っても行き帰りは一緒だ。乗る馬車は違うが、私の知り合いとして行くため同じ隊で行かなくてはならない。
キルシュも別行動のつもりだったのだが、私がどんな仕事をしているのか見たいということで一緒に行動することとなった。兄弟ということで馬車も同じだ。
メイド長はなにか言いたそうにしていたが、発案がキルシュであることと理由が理由であるため、特に何も言われることはなかった。
自室のドアが久しぶりにノックされる。
私が返事をすると、執事が中へ入ってきた。
「お客様がご到着されました。」
「分かった。」
私はいつも通り軍服にマントを羽織り、帽子を被る。
部屋を出て玄関へ向かうと、確かに試験官が到着していた。
「今日は我儘を聞いて下さりありがとうございます。エトワーテル辺境伯様。」
試験官は自分の体をよく分かっている動きで頭を下げる。
その力強くも綺麗な礼は、とても平民には思えない。
こういう所は流石だよな、王立ファシアス学園。
「よい。もうすぐ出発する。馬車へ乗っておけ。」
私が命令すれば試験官はその通りに動き出す。私はその様子を見届け、玄関を見回す。
するとタイミングよくキルシュがこちらへ向かってくるのが見えた。
腰まで長い黒髪はいつも通り1つに結われ、整った顔がよく見える。瞳と同じ金色がアクセントになっている外行きのきちっとした服を着たキルシュは王族にも引けを取らないだろう。
今日は一段とかっこいい...。
私がキルシュに釘付けになっていると、すぐにキルシュも私に気づいた。
その途端キルシュの雰囲気がふわっと柔らかくなり、キリッとした目元も緩んだ気がする。
かっこいいのにかわいいっ!?
思わず心臓周辺に手を持っていきそうになるが、キルシュの後ろを歩くメイド達の中にメイド長がいるのが見える。
私はなんでもないというようにキルシュから視線を外し、馬車へ向かう。
馬車には私とキルシュしか乗らない。話すならそこで話せばいい。
私は馬車に近づき、馬ならぬ黒い大きな狼を撫でる。エトワーテル辺境に生息するガルムだ。
撫でているというのに、全く甘えずその澄んだ青い目には理性的だ。
その代わりしっぽがちぎれるのではないかというくらい振っている。
「よろしく。」
私がガルムにそう言うと鳴き声にならない空気で、はふっと返事をされた。
やる気は充分なようだ。
私はキルシュがこちらへ来る前に馬車へ乗り込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いよいよストックが尽きてしまいました。
次からは不定期更新になります。
先生とは俺のことか。
キルシュ様に問われて、俺はいよいよ頭を上げる。
「フィーリネ学園の見学へ行く日程について話しておりました。」
俺はアーノルド様を見ないようにして答えたが、そんな心配は必要なく、アーノルド様は威圧感を取り戻していた。
「フィーリネですか。」
「ああ、ファシアスの学園長に頼まれたのだ。キルシュも行くか?」
えっ。そんなお貴族様が簡単に行けるのか?
アーノルド様の口からスルッと出た言葉に驚く。
俺の知ってる貴族は1ヶ月前には目的地に何かしらの連絡を入れるものだ。
「よろしいのですか?」
そう言ったキルシュ様もやはり驚いている様子。
「あそこは誰が行こうと同じ対応しかしない。それに元々私も行く予定だったから 、貴族が1人増えようが問題は無い。」
えっ、アーノルド様も行くとか聞いてないぞ。
「ではお言葉に甘えて...。同行させてください。」
そう言ったキルシュ様は少し微笑んでアーノルド様を見ている。
無表情のキルシュ様を少ない時間とはいえ見ている俺は、何とも微笑ましい光景に思わず祝福したくなる。
しかしこんな貴族より貴族らしい2人に挟まれて見学に行かなねばならなくなった俺が、手放しで喜べるわけも無い。
「キルシュ。今日からの1週間、いつ予定が空いている。」
「うーん、明後日の午後...が空いてます。」
「そうか。では明後日の午後にしよう。いいか?」
アーノルド様に聞かれた俺は気づく。
ここで予定が決まれば俺の宿に使者を送る必要はなくなる...俺が滞在する必要がなくなる!
「はい、勿論です!」
「...そうか。」
アーノルド様はやけに元気な俺を訝しむ。しかし次の瞬間には元に戻っていた。
「では試験が終わる頃にまた来よう。その時に詳細を話す。キルシュも一緒だ。」
「畏まりました。」
「はい、兄上。」
返事を聞いたアーノルド様は1回頷くと、キルシュ様の方に歩いていく。
「頑張れ。」
アーノルド様はキルシュ様の肩にポンッと手を置き、一言そう言うとそのまま通り過ぎて行った。
俺はその様子を仲がいいなぁと思いながら見ていると、思いがけずキルシュ様の笑顔を見ることになってしまい、思わずロザリオを握った。
危ない...信仰する方を変えそうになった。
俺はゆっくりと深呼吸をし、剣術の試験を行うためキルシュ様に声をかける。
その時にはもう無表情の、アーノルド様が来る前までのキルシュ様だった。
ーー★ーー
私は侍女に整えられた髪を鏡で見る。
整えられたと言っても華やかなものではなく、いつもの何もしていないストレートの髪に少し躍動感をつけただけだ。
今日はキルシュとフィーリネ学園に行く日。
キルシュの試験のために来た試験官とは別行動をすることになっている。
と言っても行き帰りは一緒だ。乗る馬車は違うが、私の知り合いとして行くため同じ隊で行かなくてはならない。
キルシュも別行動のつもりだったのだが、私がどんな仕事をしているのか見たいということで一緒に行動することとなった。兄弟ということで馬車も同じだ。
メイド長はなにか言いたそうにしていたが、発案がキルシュであることと理由が理由であるため、特に何も言われることはなかった。
自室のドアが久しぶりにノックされる。
私が返事をすると、執事が中へ入ってきた。
「お客様がご到着されました。」
「分かった。」
私はいつも通り軍服にマントを羽織り、帽子を被る。
部屋を出て玄関へ向かうと、確かに試験官が到着していた。
「今日は我儘を聞いて下さりありがとうございます。エトワーテル辺境伯様。」
試験官は自分の体をよく分かっている動きで頭を下げる。
その力強くも綺麗な礼は、とても平民には思えない。
こういう所は流石だよな、王立ファシアス学園。
「よい。もうすぐ出発する。馬車へ乗っておけ。」
私が命令すれば試験官はその通りに動き出す。私はその様子を見届け、玄関を見回す。
するとタイミングよくキルシュがこちらへ向かってくるのが見えた。
腰まで長い黒髪はいつも通り1つに結われ、整った顔がよく見える。瞳と同じ金色がアクセントになっている外行きのきちっとした服を着たキルシュは王族にも引けを取らないだろう。
今日は一段とかっこいい...。
私がキルシュに釘付けになっていると、すぐにキルシュも私に気づいた。
その途端キルシュの雰囲気がふわっと柔らかくなり、キリッとした目元も緩んだ気がする。
かっこいいのにかわいいっ!?
思わず心臓周辺に手を持っていきそうになるが、キルシュの後ろを歩くメイド達の中にメイド長がいるのが見える。
私はなんでもないというようにキルシュから視線を外し、馬車へ向かう。
馬車には私とキルシュしか乗らない。話すならそこで話せばいい。
私は馬車に近づき、馬ならぬ黒い大きな狼を撫でる。エトワーテル辺境に生息するガルムだ。
撫でているというのに、全く甘えずその澄んだ青い目には理性的だ。
その代わりしっぽがちぎれるのではないかというくらい振っている。
「よろしく。」
私がガルムにそう言うと鳴き声にならない空気で、はふっと返事をされた。
やる気は充分なようだ。
私はキルシュがこちらへ来る前に馬車へ乗り込んだ。
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