無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

文字の大きさ
上 下
11 / 52
エトワーテル辺境伯領

11

しおりを挟む
「エトワーテル辺境伯の弟君がここの入学試験を受ける。」

「...うぇ~。」

ここは王立ファシアス学園。そして俺は教師だ。それも平民の。

だから目の前でにこにこ笑う学園長が言うことには従わなきゃいけない。が、俺は聞きたくないと言うように手で耳を塞ぐ。

「試験官として行ってきなさい。」

今年もそんな時期かぁ...。

それにしてもエトワーテル辺境とか...王都から馬車で20日くらいかかんなかったっけ?
最早長期休暇だと思いたいけど、馬車に乗るのめっちゃ疲れるんだよなぁ。

「君がそんなにも聞きたくないというのならこのフィーリネ学園の見学もなしというこ」「喜んで行かせて頂きます。」

俺は学園長から見学許可証を両手で受け取るかのように奪う。

だってフィーリネだぞ?
ここ創設10年で一気に世界大学ランキングに乗ったやばい学校。確か高校もついてたんだっけ?

何よりもやばいのが平民が通えるってとこ。くぅ~!俺も今からでも入りたいくらいだ!

俺はドアの方に向かう。

「じゃ、準備してきますね!あっ勿論馬車は...?」

「手配してあるよ。」

「さっすが、学園ちょー!」

俺はスキップして部屋を出ようとする。

「エトワーテル辺境伯にはちゃんとしておかないと」

俺は後ろで何か言ってる学園長にそちらを見ることもせず手振ってからドアを閉めた。

俺が試験官として選ばれたってことは、難ありなお貴族様ってことだ。

今まで俺が試験官として行かされたお貴族様は俺に金を掴ませてきたり、脅してきたり、散々だった。

何故そんなところばかり行かされるのかと言うと、俺に金銭的な欲が無く、脅されえたところで失うお家柄がない平民だからだ。

お金を掴まされたら貰ってそのまま学園長に渡し、脅されたら従った振りをして学園長に報告する。もはや指南書が作れそうだ。

だからあの学園長は俺に難ありなお貴族様の所へ無理やりにでも向かわせる。

そんな学園長がフィーリネ学園の見学許可証まで用意しているなんて。

「まさか死ぬとか?」

俺は服をバッグに詰めながら笑い飛ばす。

まさかそんな訳




あるかもしれない。

馬車がガッコガッコ揺れている。
マジで尻が痛えけど、今は頭の方が痛え。

手に持っているのはエトワーテル辺境伯アーノルド  エトワーテルの噂一覧と言ったところか。

どれくらい事実が混ざっているか分からないが、願うことなら1つも混ざってないといいな。全部根も葉もない噂であってくれ。

王都を出てもう18日くらいだろうか。ここら辺はひらすら森だ。時々家らしきものが見えるが、魔物が出る森に住むなんて正気じゃない。

税金を払えなくなったか。

辺境に行くほど、街が廃れていく。

しかし、エトワーテル辺境伯が統治する領は随分と栄えていそうだ。

こんなに栄えているのに王都ではあまり名が挙がらない。王都で聞くものはそれこそフィーリネくらい。

しかしこのアーノルド様の経歴や噂を見る限り、お貴族は口に出すことさえしたくないと言ったところか。

俺は思わず窓の外を見て溜息を吐く。

まあ今回はその弟に用があるだけだし、気楽に行こう。

俺は気を取り直して紙をペラっと捲る。

キルシュ  エトワーテル  16歳。

紙にこれ以上の情報はない。

これ国に要請して貰った情報じゃないのかよ。

俺はもう天を仰ぐしかない。

「どうかキルシュ  エトワーテルがアーノルド様のような狂人じゃありませんように。」

俺は服の中に閉まっていたロザリオをぎゅっと握った。



ーー★ーー



王都を出発してから20日。

遠くに黒い城壁が見えてきた。
どうやらエトワーテル辺境は城壁都市らしい。

魔物がいる森に囲まれている都市なので実に理にかなっているが、辺境にこの城壁を作る資金があるというのは些か不気味ささえ感じさせる。

俺は何回目かのため息を吐く。
憂鬱だ。フィーリネの見学許可証になんて飛びつくんじゃなかった。

俺が床を睨んでいると、馬車が止まった。

また魔物か。

エトワーテル辺境に近づくにつれて魔物が出る頻度が高くなり、強さのランクも上がっている。

俺はファシアス高等学園で剣術を教えているが、実践は嫌いだ。だからこそ教師になった。

今乗っている馬車は学園長が手配してくれたおかげで護衛がついている。今回も馬車の中で待っていよう。

でも一応何が来たのか知りたいしさ。

俺は馬車の外に意識を向けて、耳を澄ます。

すると護衛と思われる人が何かを言っている声と、羽音が聞こえた。

鳥系の魔物だろうか。風音が大きい。

俺はそのまま耳を澄ませていると、シュルッという音が微かに聞こえた。

今のは完全に蛇が舌をチロチロとさせているときの音だ。


ーーーは?


俺は思わずドアを開けた。

俺の予想が正しければ、馬車なんて何も守ってくれない。

俺は魔物をこの目で確認する。

蛇のような体、鳥のような足と羽。

それは小さいときによく読んでもらったお話に出てきた魔物に似ている。
それは国を一日で滅ぼしたと言われている伝説の魔物。

俺は動けない。感じているのは恐怖以外の何物でもない。

「バジリスク...。」

バジリスクは俺を見ることなく、冒険者風の男をその足で踏みつけようとしていた。あれが馬車を守ってくれていた護衛だろう。

俺は反射的に腰の剣に手をかけるが、ここからじゃ助けようもない。

しかしあの冒険者がやられてしまったとき、次に死ぬのは俺だ。

次の瞬間には肉塊になるであろう冒険者に俺の姿が重なる。手が震えて、冷や汗が垂れる。


「たす、け...。」


ヒュンッ。


冒険者の口から自然とこぼれ落ちた言葉は、剣を振る音にかき消された。

一拍遅れて、何かが割れる音が響き、バジリスクの鳥のような足が地面に落ちる。

冒険者の周りに黒い狼三体とそれに乗る男女3人が囲んでいる。

剣を振ったのはピンク色の腰まで長い髪が美しい少女のようだ。

「その足回収してね。こっちは予定通り任せてっ。」

少女は珍しい金色の目をバジリスクに固定したまま、舌なめずりをする。それがなんとも妖美なことか。

一体何歳なんだ?

俺が少女に釘付けになっていると、バジリスクは己の存在をアピールする。


シャァァァアアアア!


バジリスクの足の切り口が光り、血が止まった。

血が止まると、薄い膜がバジリスクの周りを囲うように現れ、消えた。バリアだ。


あの美しい少女の剣はバジリスクのバリアを貫いたというのか?


信じ難い現実を前に俺は動くことを忘れていた。

バジリスクと一瞬目があった気がした。その瞬間目の前がピンク色に染まる。

同時にバリアが魔法を吸収した音がした。
俺はバジリスクになにか魔法を撃たれていたのだと気づく。
そしてこの少女に助けられたのだと。

「お前はこいつをあの騎士の元へ連れて行ってあげて。」

少女は乗っている黒い狼にそういうと、腰に着けたバッグから何かが薬を取りだした。

そこで俺は黒い狼に服を食われ、そのまま騎士と言うには軽装の男性の元へ連れていかれた。

しかし少女は騎士と言っていたので、これがエトワーテル辺境の騎士の格好なのだろう。

俺はさっき切られたバジリスクの足を触っている騎士をぼーっと見ていると、足が消えた。
文字通り消えたのだ。俺はまさかと思い騎士を見ると、小さなバッグを持ってこちらには戻ってきた。

「まっ、マジックバッグ!?」

「わぁ!外の人なのにマジックバッグを知ってるんですね!」

騎士は騎士とは思えないラフさで、そんなことを言う。

マジックバッグと言えば国の宝物庫に保管してある空間を歪ませることで物がたくさん入るとされているバッグで、だから、つまり。

俺が混乱しているとドォンという音が響いた。

その方向を見るとバジリスクが倒れている。しかし、あれは眠っているのだ。

土煙の中で、バジリスクの影の上にピンク色の髪が靡いているのが見える。

俺は最早何を言えばいいのかわからなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...