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エトワーテル辺境伯領
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僕はどうしたのだろう。
あの日から気が向けば厨房に向かい、見張り台まで行けずにそこで単語を覚える。
光魔法もつけず暗いまま、誰も来ない部屋。
それは存外居心地がよく、明日は数学の参考書も持ってこようかと考える。
試験まであと2週間。
いつもついて回る焦る気持ちは、どうやらあのメイドが出入りする明るい自分の部屋に置いてきたようだ。
ここで寝てしまいたいが、それには何かが足りない。
思い出すのはあの暖かい手だ。
乳母でさえ僕に触れることは躊躇した。
子供っぽいと思われるのは癪だが、あの頭を撫でられたときの安心感が忘れられない。
ああ、こんな様子では兄上に並ぶなど程遠い。
僕は単語帳を開く。
するとどこからとなく吹いてきた風が僕のまだ熱の残る頬を撫でた。
「兄、上。」
風が吹いてきた方を見ると、厨房のドアを開けた兄上が立っていた。
本人を前にすると自分が考えていたことがとても恥ずかしくなる。
あの尊敬する兄上に2回も頭を撫でて貰うなんてことがあっていいはずないのだ。
「申し訳ありません。直ぐに部屋に戻りますので…。」
「問題ない。」
そう言った兄上はこれ以上何も言わさんとする威圧感があった。
足が床に張り付いたように動かない。
ーーーああ、兄上だ。
エトワーテル辺境伯として上に立つ、僕の知っている兄上。
なんの隙もなくて、存在感がある。
僕の知ってる、僕が何も知らない兄上。
前回と違う。
なぜ?
そんなことを考えていると、兄上が僕に近づいてきて横からコップを取った。
そしてそのまま横に居座る。
こんなにも広い厨房だと言うのに、前回と同じくらいの距離感で隣に立つのは何故ですか!?
僕は一生懸命単語帳を見るが、何も頭に入ってこない。
隣に国王でもいるのか?という緊張感が文字を文字と認識させない。
「...。」
「...。」
何故喋らないんだ!
別に僕の単語帳を見ているという雰囲気では無いのに、兄上は話すことも移動することも無い。
「...。」
「あっ兄上、その、僕は今髪が濡れているので隣に立たれるのはあまり...。」
僕は静寂が耐えられず、どうでもいいことを口にする。
「すまない。」
そう言った兄上はやはり人間味がない。
前回は違った。
そう、確か前回はーーー
「私は少し散歩をする。ここは自由に使え。」
そういった兄上に焦った僕は袖を掴む。
「兄上。上に登りませんか?」
そう、前回はあの見張り台で話したのだった。
もし、ここが城の中で、それが理由で気を張っているのだとしたら。
気を張っているのは無意識かもしれない。
しかしあの見張り台に行ってみる価値はあるだろう。
兄上はこちらを振り向か無いままああ、と返事をした。
ーー★ーー
バクバクなっている心臓を落ち着かせて見張り台の下に来たが、この前のキルシュは途中まで風魔法で上がっていた。
何故途中までだったのかは知らないが、凡そ私がいた事が原因だろう。
そうなると今日は見張り台まで魔法で昇ってしまおう。
キルシュはもうお風呂に入ったようだし、わざわざ運動させることもあるまい。
私はキルシュに手を差し出す。
「魔法で上がろう。」
手を握るのはセーフだろうか。
いや、この気持ちがある時点で全てがアウトな気がする。
しかし同じところへ行こうと言うのに、個々に魔法を使うのも不自然だ。
そうなれば手を繋ぐのも仕方ない。仕方ないのだ。
「腕ではなく...?」
キルシュは私の手に自分の手を重ねながらそう聞いてくる。
浮遊魔法は2人の体を近づけるほど、行使するのが楽になる。
つまり手を繋ぐだけだととても難しい。
浮遊魔法は落ちた時が怖いため、どうしても腕くらいは組みたいところだ。
しかしそんなことをしたら私の心臓が過労死してしまいそうなので…。
私は能ある鷹でありたいが、今回は爪を隠していられない。
しかしキルシュが不安に思うのは当然。
私はキルシュの不安を取り除けるよう、しっかりと手を握った。
そしてフワッと自分とキルシュの体を持ち上げる。
「すごい...。」
キルシュは自分の周りを囲む魔力に目を凝らしている。
直ぐに見張り台に着いた私たちは、私がまず降りて、そしてキルシュに手を貸す。
と言ってもずっと繋いでいたのだが。
「夜風は冷える。髪を乾かしてもいいか?」
私がそう言うと、キルシュは頷いて頭を差し出す。
かわいい。愛おしすぎる。
でも前にもう頭は撫でないと決めたのだ。
確かに対象物に触った方が魔法行使しやすい。そのために差し出してくれているのはすごく嬉しいし、とてもかわいい。
が。
私は指を鳴らす。
するとキルシュの髪は一瞬ふわっと浮き上がり、さっきと違って髪が風で靡く。
キルシュははっと顔を上げ、髪を触る。
「兄上は魔法も得意なのですね。」
そう驚くキルシュは珍しい表情を見せてくれる。
キルシュの知らない一面に私の心は奪われてばかりだ。
私はそんな感情と真剣に向き合わないよう、前回と同じように右に詰めて手すりに背を預ける。
するとキルシュも空いている左側に背を預けた。
いくら男と言えどお風呂上がり。
キルシュからはシャンプーの香りがして思わず昂りそうになる。
いけないいけない。かわいい"弟"だろう?
私は執務室に置いてきた書類の内容を思い出して正気を保つ。
保ちたいのだが...。
何故そんなに私を見てくるんだ、キルシュ。
あの日から気が向けば厨房に向かい、見張り台まで行けずにそこで単語を覚える。
光魔法もつけず暗いまま、誰も来ない部屋。
それは存外居心地がよく、明日は数学の参考書も持ってこようかと考える。
試験まであと2週間。
いつもついて回る焦る気持ちは、どうやらあのメイドが出入りする明るい自分の部屋に置いてきたようだ。
ここで寝てしまいたいが、それには何かが足りない。
思い出すのはあの暖かい手だ。
乳母でさえ僕に触れることは躊躇した。
子供っぽいと思われるのは癪だが、あの頭を撫でられたときの安心感が忘れられない。
ああ、こんな様子では兄上に並ぶなど程遠い。
僕は単語帳を開く。
するとどこからとなく吹いてきた風が僕のまだ熱の残る頬を撫でた。
「兄、上。」
風が吹いてきた方を見ると、厨房のドアを開けた兄上が立っていた。
本人を前にすると自分が考えていたことがとても恥ずかしくなる。
あの尊敬する兄上に2回も頭を撫でて貰うなんてことがあっていいはずないのだ。
「申し訳ありません。直ぐに部屋に戻りますので…。」
「問題ない。」
そう言った兄上はこれ以上何も言わさんとする威圧感があった。
足が床に張り付いたように動かない。
ーーーああ、兄上だ。
エトワーテル辺境伯として上に立つ、僕の知っている兄上。
なんの隙もなくて、存在感がある。
僕の知ってる、僕が何も知らない兄上。
前回と違う。
なぜ?
そんなことを考えていると、兄上が僕に近づいてきて横からコップを取った。
そしてそのまま横に居座る。
こんなにも広い厨房だと言うのに、前回と同じくらいの距離感で隣に立つのは何故ですか!?
僕は一生懸命単語帳を見るが、何も頭に入ってこない。
隣に国王でもいるのか?という緊張感が文字を文字と認識させない。
「...。」
「...。」
何故喋らないんだ!
別に僕の単語帳を見ているという雰囲気では無いのに、兄上は話すことも移動することも無い。
「...。」
「あっ兄上、その、僕は今髪が濡れているので隣に立たれるのはあまり...。」
僕は静寂が耐えられず、どうでもいいことを口にする。
「すまない。」
そう言った兄上はやはり人間味がない。
前回は違った。
そう、確か前回はーーー
「私は少し散歩をする。ここは自由に使え。」
そういった兄上に焦った僕は袖を掴む。
「兄上。上に登りませんか?」
そう、前回はあの見張り台で話したのだった。
もし、ここが城の中で、それが理由で気を張っているのだとしたら。
気を張っているのは無意識かもしれない。
しかしあの見張り台に行ってみる価値はあるだろう。
兄上はこちらを振り向か無いままああ、と返事をした。
ーー★ーー
バクバクなっている心臓を落ち着かせて見張り台の下に来たが、この前のキルシュは途中まで風魔法で上がっていた。
何故途中までだったのかは知らないが、凡そ私がいた事が原因だろう。
そうなると今日は見張り台まで魔法で昇ってしまおう。
キルシュはもうお風呂に入ったようだし、わざわざ運動させることもあるまい。
私はキルシュに手を差し出す。
「魔法で上がろう。」
手を握るのはセーフだろうか。
いや、この気持ちがある時点で全てがアウトな気がする。
しかし同じところへ行こうと言うのに、個々に魔法を使うのも不自然だ。
そうなれば手を繋ぐのも仕方ない。仕方ないのだ。
「腕ではなく...?」
キルシュは私の手に自分の手を重ねながらそう聞いてくる。
浮遊魔法は2人の体を近づけるほど、行使するのが楽になる。
つまり手を繋ぐだけだととても難しい。
浮遊魔法は落ちた時が怖いため、どうしても腕くらいは組みたいところだ。
しかしそんなことをしたら私の心臓が過労死してしまいそうなので…。
私は能ある鷹でありたいが、今回は爪を隠していられない。
しかしキルシュが不安に思うのは当然。
私はキルシュの不安を取り除けるよう、しっかりと手を握った。
そしてフワッと自分とキルシュの体を持ち上げる。
「すごい...。」
キルシュは自分の周りを囲む魔力に目を凝らしている。
直ぐに見張り台に着いた私たちは、私がまず降りて、そしてキルシュに手を貸す。
と言ってもずっと繋いでいたのだが。
「夜風は冷える。髪を乾かしてもいいか?」
私がそう言うと、キルシュは頷いて頭を差し出す。
かわいい。愛おしすぎる。
でも前にもう頭は撫でないと決めたのだ。
確かに対象物に触った方が魔法行使しやすい。そのために差し出してくれているのはすごく嬉しいし、とてもかわいい。
が。
私は指を鳴らす。
するとキルシュの髪は一瞬ふわっと浮き上がり、さっきと違って髪が風で靡く。
キルシュははっと顔を上げ、髪を触る。
「兄上は魔法も得意なのですね。」
そう驚くキルシュは珍しい表情を見せてくれる。
キルシュの知らない一面に私の心は奪われてばかりだ。
私はそんな感情と真剣に向き合わないよう、前回と同じように右に詰めて手すりに背を預ける。
するとキルシュも空いている左側に背を預けた。
いくら男と言えどお風呂上がり。
キルシュからはシャンプーの香りがして思わず昂りそうになる。
いけないいけない。かわいい"弟"だろう?
私は執務室に置いてきた書類の内容を思い出して正気を保つ。
保ちたいのだが...。
何故そんなに私を見てくるんだ、キルシュ。
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