無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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エトワーテル辺境伯領

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『学力の心配はしていない。』

その言葉を裏切らぬよう。

『慢心せず励め。』

その言葉を糧にして。

もうあれから数ヶ月経った。
色褪せることの無い兄上の言葉に、僕は鼓舞されている。

机から顔を上げるともう0時になろうとしていた。

やっと調子が出てきたところだったが...。

僕は手をググッと上に伸ばし、寝る前に歯を磨く。

しかし全く眠くない。

心を落ち着けよう。

僕は部屋を出て暗い城内をライトを使わずに進む。

エトワーテル辺境伯家に産まれてくる金色の目は夜目がきく不思議な目だ。

こういう特殊体質が遺伝的に出てくるのは珍しい。

僕がどんどん進んでいくと、目的地である渡り廊下に来た。ここは木によって隠された城下を見ることが出来るのだ。

隠されているのは城の方だが、城に住んでいるこちらからすれば木が隠しているのは城下だ。

木があるのは仕方ないと思っているが、夜景を見たいと思う僕からすればやはり木は少し邪魔だ。

あとあの出っ張っている厨房。厨房のせいで左側があまり見えない。

そう思って厨房へ目を向けると、出っ張った厨房の向こうから少しだけ人が見えた。

黒い綺麗に整えられたストレートの髪。月と同じように輝く金色の瞳。

あれは紛れもなく

「兄上...。」

そう呼んだとき、兄上がこちらを振り向いた。

兄上は、驚いて目を見開く僕とは反対に至極冷静に僕を見る。

僕はいくら気が抜けていたとはいえ、こんなにも分かりやすい表情を見られたことを恥じる。

兄上はあんなにも冷静なのに...。

僕はいたたまれなくなり視線を外そうとすると、兄上の唇が動いた。

『来るか。』

その言葉に表情が今度こそ戻らなくなる。

兄上は僕を避けていたのでは無いのか...?

あれか?社交辞令?

こんな場面で?

色んな思考が飛び交うが、この数ヶ月、僕の勉学に対するモチベーションを保ってくれたのは兄上の言葉だ。

僕は自分が思っていた以上に兄上を尊敬していたらしい。

それに気づいた今、兄上からの誘いに嬉しくなっている自分がいる。

僕は兄上の言葉に頷く。

すると兄上に厨房に来るよう言われ、不思議に思いながらも厨房へ向かう。

思えばあんなところに見張り台なんてあっただろうか?

厨房の入口に着いた僕は思う。

厨房に来いって、厨房の中か?

厨房の中って入っていいのか?

僕は恐る恐る厨房のドアを開ける。

誰もいない。

やはり厨房のドアの前だっただろうか。

僕は一応厨房を歩き回ると、裏口のドアが開いていた。

風の魔力が使われた痕跡を感じる。

使われたのは丁度...僕と兄上が話したときだろう。

僕は静かに外に出て、ドアを閉める。

外は真っ暗で何も無い。

僕は周辺をウロウロすると上に上がる外階段を見つけた。

結構上まであるようで、お風呂に入ったあとの僕は風魔法で上に上がることにした。

と言っても2階相当。最後の1階分は歩いて上がることにした。

そうしなきゃ心の準備が出来ないからだ。

しかしこれもこれで緊張する。
階段を折り返し、上を見上げると兄上が見えた。

しっかりとした階段なのに、兄上が立っているところはまるで見張り台だ。

万が一見つかっても見張り台だと思われるようにだろうか?
そうならよく出来ている。

僕が最後の3段まで行くと、兄上と目が合った。

月明かりを背にこちらを見る兄上はいつもの兄上とは違うように思えた。

なんだろう、雰囲気だろうか。

僕を見た兄上は、手すりに預けていた腰を少しあげ、右にズレた。

まさか左に立てと言っているのですか?

兄上の考えていることが分からない。

でもこの行動はきっとそういうことだ。

僕はおずおずと横に並ぶ。

見張り台のようなここはとても狭く、横に並ぶと肩が触れそうだ。

ここまで近いと兄上の匂いさえ分かる。どこか懐かしい気がするのは、本当に懐かしいからだろうか。

僕はもう175cmになったというのに兄上はやはり大きい。180cmはあるように思う。

隣に立つだけでこんなに色々なことが分かる。

兄上は僕のことなど視界に入れず、ずっと夜景を見ている。

時々飲むのは水だろうか。無色であることからワインではないことは確実だが、水があんなオシャレでいいのか?

これは話しかけていいのか?

僕は全く落ち着かない思考をそのままに夜景を見る。

確かにここだと何も邪魔なものがない。

前に乗り出さなければ、僕がいた渡り廊下からも見つかることはないだろう。

栄えたエトワーテル領の様子を何も考えずに見ることが出来る。

そう考えていると思考も落ち着いてきて、素直に夜景に魅入る。

「いい所だろう。」

兄上の低くも、色気のある声に驚く。

兄上の声に色気を感じたことなどあっただろうか。

「料理人が作ったものでね。勝手に作っていたのを見つけたものだから、秘密にする代わりに私も使わせてもらっているんだ。」

兄上は表情を変えないままそう告げる。

兄上は時々変な人脈を持っているが、そんな風に広げていたのか。

「だからここは秘密にしてくれないか。そうしたらお前にも使わせてくれるだろう。」

え。

僕は兄上を見つめる。

正直もうここに来ることは無いだろうと思っていた。

なんとなく、招かれた気分だったのだ。

「なんだ。いやなら別に使わなくても構わない。」

そう言ってコップに入った水を飲みきった兄上に、この会話が終わってしまうと思った。

「いえ、使わせて頂きます。気が向いたときに。」

それを聞いた兄上は



目元をふっと緩めた。



僕は目を見張る。

僕は夜目がきく。
きいているんだよな?
存在しないものさえ見ているのではないか?

そんな僕の困惑などいざ知らず、兄上は目元を緩めたまま話を続ける。

「それは良かった。料理人も秘密を共有する仲間が増えたとなれば喜んでくれるだろう。」

兄上は空になったコップに魔法で水を足す。

コップの底から水が湧くのを見つめる兄上の様子はいつもと確実に違う。

そうだ。いつもはもっと威厳があり、存在感がある。

でも今はどうだ。関わりやすささえ感じ、兄上自身とてもリラックスしているようだ。

こんな兄上初めて見た。

こんなの、まるで...お兄ちゃんだ。

僕と兄上はそんな関係じゃなかったはずなのに。

「勉強の方はどうだ。私もファシアス高等学園は一応卒業している。何かあったら聞くといい。」

一応なんて言葉をつけたのは1ヶ月で卒業してしまったからだろう。
飛び級に飛び級を重ね、何故入学したのかと問えば、それは100%肩書きのためだろう。

「僕もあにう...エトワーテル辺境伯と同じ血が流れています。試験も問題ありません。」

私的な場と言っても兄上は領主。兄上と呼ぶのは心の中だけでいい。

「そうか。」

それだけ言う兄上は僕が兄上と読んだことを無かったことにしてくれるようだ。
良かった。

「私は公務に戻ろう。夜景を楽しんだら部屋に戻ってしっかり休め、キルシュ。」

そう言うと兄上は僕の頭を撫でた。

え?

僕がフリーズしている間に兄上は階段を下りで行く。

階段を降りる後が止み、厨房のドアが静かに閉まるのが見える。

厨房のドアを閉める兄上はもういつも通りだ。

夢?妄想?

僕は自分の手で自分の頭を触ろうとして、ピタッと止まる。

触らなくてもわかる頭に残る暖かな手の感触。

今触れたらきっと自分の手の感触で上書きされてしまう。

『しっかりおやすみ、キルシュ。』

その声は聞いたことの無いくらい優しかった。

兄上がわざわざ僕の名前を呼んだのはきっと兄上と呼ぶことを許したのだろう。

無かったことにしたのではなく、許したのだ。

僕はズルズルとしゃがむ。


「一体何を考えているのですか...兄上。」
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