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エトワーテル辺境伯領

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兄上が笑った。

兄上の前だと言うのに動揺して食器の音が鳴った。

兄上、アーノルド  エトワーテルはある時から一切笑わなくなった。

前から無表情だと言われてはいたが、僕の前ではよく笑い、嫌という程抱きついてきた。

今じゃその記憶さえ自分の記憶なのか、周りから言われすぎて勝手に作ってしまった記憶なのか分からない。

それほど昔の話。

今じゃ顔を見ることさえない。
今回も何ヶ月ぶりに見ただろう。

そんな兄上が冗談を言い、意図的なものとはいえ口角をあげたのだ。

思わずその綺麗な顔は作り物じゃなかったのか、なんて不敬なことを思うのも仕方ない。

執事が全然驚いていないのを見ると本当はよく笑うのか?
いや、あの執事は得体がしれない。驚いていたとしてもそれを悟らせることはしないだろう。

今日の兄上には驚かされるばかりだ。そもそも王都にこんな簡単に行くことを許してもらえるなど思っていなかった。

きっと兄上は僕に人脈を作って欲しくないのだろうと思っていたのだ。

僕が学園へ行き、勉学に励めているのはきっと僕が世間から隔絶されていたから。

兄上は良くも悪くも社交界の話題に上がる。

僕が優秀かつ人脈もあるとなれば、エトワーテル辺境伯の立ち位置を僕に変わらせようと模索するものはごまんといるのだろう。

何せ流れている血は同じ。髪色も目の色も。領主になれる条件は揃っている。

しかしそんなことを思っているのはこの辺境を見たことない者ばかりだ。いや見たからこそ、というのもあるのかもしれないが。

エトワーテルの学園に通っているからわかる。
エトワーテルの学園に通うもの、教鞭をとる者はほとんど平民で、平民は兄上が領主であることを誇りに思い、感謝している。

同じ色彩、血縁者ってだけで僕まで感謝される始末だ。

僕だって領主になり代わりたいとは思わない。

僕は...少なからず兄上を尊敬している。

「学力の心配はしていない。が、慢心せず励め。」

兄上はそう言うと席を立った。

『学力の心配はしていない。』

兄上にそんなことを思われていたなんて。

僕は何も知らない。

何も分からない。

何故王都へ行かせてくれるのかも、なぜ僕を避けているのかも。

僕は、僕は何も。

何もわからないです、兄上。


僕は席を立ち、最後に兄上を見る。

兄上はもう公務に意識を向け、僕などいないよう。

「お時間を頂きありがとうございました。」

僕は今度こそ執務室を出た。



ーー★ーー



今日も今日とて執務室に引きこもり、変わらない毎日。

夕飯も執務室で済ませ、1日も終わり。流石に意識が散漫とする。
仕事以外で考えることなんて1つしかない。


王都かぁ。

毎日会いに行きたいがそうも行かない。

エトワーテル辺境はガルムと呼ばれる大きな狼を使役しているが、王都とエトワーテル辺境はガルムに乗っても8日くらいかかる。

魔法で飛んでいくのは速度が出るが持久力がない。

そういえば以前違う地へ一瞬で行くことが出来る瞬間移動という魔法を作ろうとしている研究発表が上がってきていたな。

夢物語だと流し読みしたが、もう一度しっかり読んでみるか。現実味がありそうなら予算を増やそう。

この書類は...はぁ、また王都から魔獣討伐の依頼だ。騎士団もご苦労なことで。

来年は行ってあげますよー。

私が討伐依頼を他の書類に埋もれさせると執事が溜息をつく。

「そろそろ王国に忠義を示すべきでは無いですか?今年など王子の誕生祭にさえ顔を出さず...あちらになんと思われているか。」

「安心しろ。来年から3年間は全てに出る。」

「全てはやりすぎです。ブランディングに成功しているので、ちゃんと必要なものにだけ出てください。」

どんなブランディングだよ。

私は頬杖をついて、溜息をつく。

少し休憩しよ。

「少し城内を歩く。すぐ戻る。」

執事が頭を下げたのを確認しながら執務室を出る。

城内を照らす光魔法を抜け、暗い厨房に入る。

流石にメイドも料理人も寝ている。

私は適当にコップを手に取り、水魔法で水を出す。

立ったまま喉を潤し、半分くらい入ったコップを持ったまま裏口から外に出た。

そこは城の外の明かりも木によって遮られ、真っ暗で何も無い。上に繋がる外階段を除いて。

階段を三階分くらい上がると、手すりに囲まれた見張り台のような小さい空間がある。

ここからは城の入口など見えず、執務室など以ての外だ。

この場所は下っ端の料理人が変な動きをしていたため、後ろをつけてみるとすぐ見つかった。

変な動きと言っても、子供が秘密基地を作っているようなそんな動きだったため、私は私で本当に秘密基地なら儲けものだとワクワクしながらつけたものだ。

料理人には感謝をしているため特に怒ることもせず、私にも使わせてくれるなら黙っていると言えば快く許してくれた。

ここから見えるのは目下に広がるエトワーテル辺境と城のあまり使われない所のみ。
あの料理人には感謝してもしきれないな。

私は目下の景色に体の力が抜ける。

大通りの酒場の明かり、少し離れた真っ暗の所は住宅街だろう。今日は月もよく見える。

この場所はすっかり部屋よりもリラックスできる場所になってしまった。

景色を見ながら手すりに腕を置き、コップに入った半分の水をちまちま飲む。

綺麗なものは好きだ。
この街は治安もよく、活気もある。

何も考えず、ぼーっと酔っ払いを見ていれば、どこかから視線を感じた。

悪意のない視線だが、誰かに見つかったら料理人に申し訳ない。

口止めをするか、仲間に引入れるか。

私が視線を感じる方を向くと、あまり使われていない棟へ続く渡り廊下にいる人と目が合った。

それは月と同じ色をした目。

キルシュ...?

一気に心拍数が上がったが、私以上に驚いているキルシュを見て自分を落ち着けさせる。

仲間に率いれるか?

私は結論を出すより先に口を動かしていた。

「来るか?」

この遠さじゃ声は届かないだろうが、きっとキルシュは読唇術ができるだろう。

出来なくてもこんな場面だ。言うことなんて限られる。

キルシュはゆっくりと頷いた。
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