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エトワーテル辺境伯領

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寝顔を見てから数日後。

朝キルシュの部屋に寄ることも無く、執務室の机に積まれた書類と向き合って2時間くらい経っただろうか。

城の入口側の騒がしいメイドの声が聞こえてくる。
私はその声を合図に椅子から立ち上がった。

「剣を振ってくる。」

一言そう告げると執事は頭を下げた。そして書類をペラペラとめくり始めたのを確認して、執務室を出る。

向かうのは玄関。無駄に広い玄関は正面右、正面左に左右対称の階段があり、上に上がると玄関を見下ろせる廊下がぐるりと囲んでいる。

私がいた執務室は二階にあるため、玄関に向かうと、玄関を見下ろせる廊下に出る。

私は1階に落ちないよう付けられたフェンスに腰を預け、肩越しに玄関を見た。

そこにいたのは弟のキルシュと、キルシュに使えるメイドが数名、護衛数名だ。

この間の朝は見えなかったキルシュの瞳は、キラキラと金色に輝いている。
胸まである黒髪も後ろにひとつに結ばれ、白い肌も相まって精巧なお人形のようだ。

そんなキルシュが学校の制服である黒と青のブレザーを着ている。その姿は逞しくも美しい。

今日も学校へ行ってえらいね。
朝とは違う温度を感じさせないキルシュもかわいい!

そんなことを思いながらも、嫌なほど自分と同じ色彩を見て心に影が落ちる。

私の暗い気持ちから逃げるようにキルシュは朝日の中に消えていった。

メイドと護衛は玄関の大きなドアが閉まると同時に次の仕事をし始める。

私たちは貴族には珍しく、母も父も同じである。
そしてエトワーテル辺境伯のシンボル、黒髪と金色の目。

小さい頃はそんな些細な同じが嬉しかった。

しかしそれが今では枷だ。

一生消えない、血縁者という枷。

私は何度だって辿り着く『真実』から目を背け、『正しく』あろうと歩き出す。

革靴が奏でる音に気づいたメイドと護衛が、私を見て頭を下げる。

それを手で応え、ドアを開けてもらう。

キルシュの乗った馬車は出発してもう見えない。

私は城の敷地内にある練習場へ向かった。



ーー★ーー



また数日経った午後。今日も執務室で書類仕事だ。

あれからキルシュを見ることはなく、そろそろ限界。

そもそも同じ家なのに見に行かなければ顔を見ることさえ無いなんておかしい。

あぁ、道路工事か。はいはい。

顔を見たい。あわよくばほっぺを触らせて欲しい。

ん?これは押し進めていた魔製品の...

澄ました顔で書類を見ながら、叶いもしない願いをつらつら並べていると、執事が部屋の外に呼ばれて行った。

そして帰ってきた執事はなんとも言えない表情をしている。

私が顎で先を促せば、どうにでもなれというふうに背筋を正した。

なんだ?悪い知らせでは無さそうだが。

「本日中にキルシュ様が面会したい「ガコッ!」......と申し上げているようです。」

如何なさいましょう、なんて言葉はもはや聞こえない。

私は椅子も引かないまま反射的に立とうとして机にぶつけてしまった太ももを労りながら、脳をフル活用する。

面会!?
キルシュと話すなんて何ヶ月ぶりだろう。

もう夕方だ。キルシュにはご飯をしっかり食べて欲しいし、ゆっくりお風呂に入って欲しいし、暖かくしてたくさん寝て欲しい。

だから呼ぶなら今...でも今は学校から帰ってきたばかりだろうし、宿題やってるときに呼び立てるなんて無理だ。

私は混乱し、少し、ほんの少し間が空いてしまったが、あたかも今書類から意識をそっちへ向けましたというふうに執事を見る。

「いつでもいい。」

でもあまり待たせられると過呼吸で死ぬ。

キルシュと話す前に死んでしまっては本末転倒。私は無理やり書類に目を向ける。

内面は兎も角、私の至って普段通りの外見に執事は却って不安になったらしい。

「貴方様がどこまで考えていらっしゃるのか、私めには分かりません。しかし一つ言えることがあるとするならば、合理的なご判断をなさってください。
私たちには貴方様が必要です。」

何を言っているんだ?

執事をちらっと見ると真剣な様子でこちらを見ている。

よく分からないが合理的な判断なんて得意どころか、それ以外出来ないと思われていることも知っている。

合理的にね、合理的ーーー。






出来ない。

合理的になんて出来なーい!

いつでもいいと伝えにいった執事はキルシュを連れて帰ってきた。

過呼吸で死ぬとかではなく、普通に心臓が止まったかと思った。

キルシュはいつも通りのようだが、ほんの少しだけ背筋が伸びている気がする。かわいい。

「そこで話そう。」

私は執務室に置いてあるソファーを見ながら言うと、キルシュは綺麗な仕草で座ったが、いつまでも沈むやわらかすぎるソファーに最後は足の方が浮きそうになっていた。

執事が紅茶をソファーの前に置かれた机に置くと、姿勢を正して飲み始めた。

あのソファーで姿勢を正すのは疲れるんだよな…。

「自由に座ってくれ。」

私がソファーの方に行きながらそう言うが、姿勢を崩す兆しはない。

かくいう私はキルシュの正面に座り、背は背もたれへ預け、体重を思う存分沈め、足も腕も組んだ。

このソファーの座り方の正解はきっとこれだ。

紅茶なんてルール違反と言っても過言ではない。

「お忙しいところお時間をいただき...」

「よい。」

全然いい。毎日おいで。

「...今日は私が高等学校に進学したく、そのお話のため参りました。」

指先、髪一本まで洗練された動きのキルシュは貴公子として最高レベルだろう。

そんなキルシュとお話が出来る私はなんて幸せものなんだろう。

「お前の成績は聞いている。フィーリネ高等学園も行けるだろう。」

本当に優秀だ。
正直エトワーテルにフィーリネを建てたときは国1番の高等学校になるとは思わなかったし、そもそも万が一キルシュが天才だったときに王都に行かなくても最高レベルの教育を受けれるように建てただけだ。

「私は王都の高等学園へ行きたいと思っております。」

そう、王都になんて行かなくていいように...。

「王都か。」

「はい。王都の学園には国内外の貴族が多く所属していると聞きます。人脈作りに最適では無いかと考えたのです。
いつでも引きこもっている訳にもいかないでしょう。」

どこから聞きつけてきたのか、引きこもり貴族と言われることが嫌なようだ。

「そしてそこで私の結婚相手も学園で決められたらと思います。」

うわ~~~考えたくね~~~~~。

ズキッと音を立てた心は見ないふりだ。

そんな気持ちがなくたって家族愛がある。
お兄ちゃんはまだキルシュにここにいて欲しい。

でも相手を思えばこそ、恋愛結婚をさせてあげたいとも思う。

っていうか会えなくなるのか。

いや、会いに行けばいいのでは?

というかもう王都に住んでしまえば...

『合理的なご判断をなさってください。私たちには貴方様が必要です。』

...でもキルシュがいなくなった私はもうお前たちが言う『貴方様』では無いだろう?

「王立ファシアス高等学園を受験させてください。」

謎理論を繰り広げていた私の思考をキルシュの声が遮る。

しかもファシアスかぁ。
あそこは貴族が多く所属しているとかじゃないだろ。貴族しか入れてないんだ。

なんせ貴族からの推薦状がないと受験さえさせて貰えないんだからな。

あーあ、やだなぁ。あんな人間関係ドロドロの地獄にキルシュを送り込むなんて。

合理的にね...。あんな釘を指したってことは執事はキルシュを王都に送り出すことに賛成しているんだろう。

合理的なんて言ったら、海外に送り出したり、フィーリネ高等学園卒という肩書きを得てから...ゴニョ...

あー!
キルシュが行きたいって面と向かって言ってくれたんだ。お兄ちゃんは大人しく応援します!

「分かった。王都にある屋敷のメイドに来年から使うと伝えておけ。」

半ば投げやりになっているのはわかっている。
投げやりになりすぎて国王に推薦状を送り付けようかとさえ考える。あそこは王立なのだから一番偉い人は国王だろう。

キルシュは私が分かったと言ったことに少し驚いたようで、目を少し見開く。

私がキルシュを王都から遠ざけていたことに気づいていたのだろう。

「ありがとうございます。」

あ~、かわいい。ありがとうございますだって。

私は思わず微笑みそうになり、背もたれに肘を置いて頬杖をつく。

「私が王都の屋敷へ行くこともあるだろう。」

「え...。」


え...?


だめ


です



かー!?!?!?




「あっいえ、エトワーテル辺境伯は領から出ないと聞いたので。」

そっか!よかった!

そういえばキルシュは引きこもりって言われていることを気にしていたね!

「前から王都周辺の魔獣を討伐して欲しいと来ていた。
引きこもりと言われているのだろう?国王の虚を衝くのも悪くない。」

私がフッと笑うと、キルシュは紅茶が入ったカップをカチッと音を鳴らして置いた。

まだ16歳だ。仕方ないね。

「学力の心配はしていない。が、慢心せず励め。」

私は終わりだというようにソファーを立ち、仕事に戻る。

本当はずっと一緒にいたいけどそういう訳にも行かない。

書類から目を離さない私の代わりに、執事がキルシュを送る。

帰ってきた執事に流石マイ・ロードと言われた。

嫌味か?
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