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53 限られた時間
しおりを挟む『意識が希薄になっている気がする』
訪ねてきた崇君が両親に言っていた言葉だ。
学校から帰った時見慣れぬ靴が玄関にあり、誰かお客さんが来ているんだろうと、静かに二階の自室に行こうとした時に漏れ聞こえた声……。きっと崇さんが両親を訪ねて、陽香の容態を話しに来たのだろう…とは思うのだけれど、あまり良い感じがしない言葉だった。
思わず二階に上がる足を止め、悪い事と知りつつ聞き耳を立てる。
こうでもしないと、きっと両親は陽香のことを教えてくれないだろう…そう思っているから。
『そんな……どうにか……どうにかできないモノなのかしら……』
涙声の母がまた無理を言っているのかも知れないけれど、俺があそこに座っていてもきっと同じことを言うはずだ。
聞こえてくる声はとても小さな声で……明るい声が聞こえてこない事を考えると、やっぱり方法が無いんだろうなと思う。そもそも、あの医者だって言っていた。
『この状態ならしばらくは持つ』と……。
(そうか……もう時間がないのかもしれない……)
昨日、病院に見舞いに行った時も、陽香は窓の外をぼんやり見ていた。
意志の伝達ができないのは辛いだろうと思い、小さめの五十音表を作ってサイドテーブルに置くと、ふわふわと寄ってきてしばらく考えた後に…『みやたくん げんき?きにやんでる?だめ』それだけ指示して、また窓際に戻ってしまった。
(意識が希薄……かぁ…そうかもしれないなぁ…)
元々自分の気持ちより他人を優先する所があった陽香だ。
もしかして、今は一段と自分のことは頭に無いのかもしれない。
(宮田かぁ……あの状態の陽香を見ることはきっと、父さんが崇さんに貰った道具を借りれば見れるはず……でも)
あれを見て宮田は大丈夫なのか……ここ最近の無理に笑顔を作り、カラ元気を振りまいている宮田の事を思い出す。
このまま陽香に何かあったら、あいつはどうなってしまうのだろう?
事件から一週間程してから両親を伴って見舞いに来た宮田は、何を思ったのかウチの両親に土下座をした。
宮田は何も悪くないのに……事件直後の俺は、ただ単にやり場のない気持ちを、宮田に八つ当たりしてだけなのに……。
(馬鹿な奴だよな……)
自室に帰り、カレンダーを見ながら考える。
きっと陽香は、宮田が気に病んでいることを気にしている。
今後、陽香はどうなるのか……死んでしまうのか……受け入れがたい事実だけれど、できれば…憂い顔で夕日を眺める陽香の顔を明るいものに変えてやりたい。
考えたくはないけれど、これが兄として……双子の兄妹としてやってやれる最後の事かもしれない……。
それに……妖精の姿の陽香だけど、気持ちの準備はほんの少しできたつもりだ。
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