夢見るネコの私とあなた

３６

心置きなく逝ける……


そう思った途端、さっきまでゆったりしていた三毛猫が、私のズボンの裾を咥えて引っ張り出した。
行くな…あちらには行くなというように裾を引っ張る猫に根負けして、足元にいたネコを抱き上げ、さっきとは逆方向に歩き出す。


今度は反発しないから、きっと正しい方向なんだろうけど…もしかしたら、『心置きなく逝ける』と思ったのがいけなかったのだろうか？けど、私には帰り方や戻り方は分からないし…と思い、途方に暮れる。
今唯一頼れるのは、この腕に抱いた猫なんだけれど、当たり前の事ながらしゃべるわけではない。したがって、今後の案が示されるわけでもない。


そこまで考えてまた途方に暮れた。


「先輩に会いたかったなぁ…」


最後、なんだかすごく眠くていつの間にかここに来てしまったから、先輩に会えなかった。
せめて、最期は先輩の顔をみたいなぁ…なんて。


なんにしろ、どうしたらいいのか分からない現在はただ歩くしかなく、この世界独特の物なのか、重さの感じない猫を胸に抱き、ホントに…ただひたすら歩いている。


「そう言えば、晴明パパさんが気持ち次第って言ってた気がするな？それに、きっと人の想いって強いって…何かで言ってた気がする」


自分で言っていてなんとも頼りないものだけれど、とりあえず戻る事を念頭において、頑張って歩こうと思った。
せめて、一目一言でも『及川さくら』として先輩にお礼を言って行きたいしね。




●○●○



祈願祈祷が終わって二時間程。
儀式が終わった後に叔父に来てもらい、及川さんの診察をしてもらったのだけれど、特に変わったこともなくただ眠り続けているだけとのことだった。
ちなみに、あんなに身体が熱かった『サクラ』も今は熱が下がっている。
胸のあたりが上下しているので、呼吸もしっかりできていると確認できた。


けれど、未だ及川さんの身体が動くような兆しはない。
及川さんが戻ってくれば何か変化が…分かるような変化があるのだろうか？
個室に備え付けのソファに寝ころびながら考える。


焦ってもしょうがないのは分かっている。
分かっているのだけれど………。


ベッドの上で力なく眠る『さくら』と『サクラ』。
願わくばどちらも目覚めて欲しい…そう思いながら枕元に立ち、どちらのさくらにもキスをする。


「王子さまって柄じゃないんだけど…もし、これで目覚めてくれたなら……」


そう言ってソファに戻る。
周りに誰もいなかったからできたけれど、我ながら恥ずかしい事をした。
自覚はあるけど、今は可能性があるなら何でも試したい。


「二人とも早く戻っておいで……」