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しおりを挟む「いい加減にしなさいよっ!」
また始まった……。
ヒステリックな声で私に当たり散らす彼女は、この会社の一人娘。
あまり大きくないながらも、歴史のある富川製作所の社長令嬢である。
あくまで噂だけど、社会勉強という名目で、結婚相手探しをしているらしい。
で……私はその生贄…じゃなくて営業補佐の彼女の補佐である。
『補佐の補佐』なんじゃそりゃ…と思う。
必要ない人には必要ないのだけれど……このお嬢様には必要不可欠な役割。
補佐という名の下僕である。
「あなた!この書類仕上がっていないじゃないの!昨日夕方に頼んだわよね?今日中にやっておいてって」
毎度毎度無茶なことをおっしゃるこのお嬢様は、私が補佐について3か月も経つのに、私の名前は憶えていない。
憶えているのは、重役のおじ様達と将来有望な幹部候補の男性のみ。
「この会社を盛り上げていってくれる方達の名前くらい憶えないでどうするの?!」
と、のたまう彼女は、私がその中に入っているとは微塵も思っていない。
こんな調子で3か月。前任者も3か月で部署異動届を出していたので、私も…と思ったら、人事部に却下されてしまった。後任がおらず…お嬢様も私が移動するのは困ると言っている……って、困るのは人事部で彼女じゃないですよね?
と、思わず言い返してしまったら、人事部長が出てきて「移動は難しいよ。どうしてもというなら、職自体を考えてもらわないと」だって…。
まぁぶっちゃけ、補佐の補佐を辞めたいなら会社を辞めろ…というわけだ。
これパワハラ?
そう思うけど、辞めるに辞められない事情が私にはある。
高卒と同時に、施設を出なくてはいけない決まりで、寮付きのこの会社に就職した。
一人暮らしというのにも憧れたけれど、保証人も立てられず…信用保証会社を頼むにもお金がない。そんな状況だったので、この求人に飛びつき、今に至る。
そんなわけで、ここを辞めると同時に宿無しになってしまう。
それは出来れば避けたいので、選択の結果、ここにいる。
仕事は好きだ。多分。
寮は…まぁちょっと古いけど食事付きで、経済的にもすごく助かっている。
恋人と呼べる人はいないけれど、好きな人はいる。
手が届くとは思っていないから見てるだけ。
お嬢様につつき回され、疲れて休憩室にいると、時々話し掛けて来てくれる。
「及川さん、大丈夫?さっき、沙耶香に絡まれてたろ。あんなん気にしなくていいからな?悪いのは仕事のできないあいつだからな?」
仕事だからしょうがないです…と笑うと、「無理すんなよ」と言って、私の頭をグリグリ撫でてくれる。
どう考えても妹か…悪ければ愛玩動物くらいにしか思われてなさそうだけど。
そんな、ほんのちょっとの時間だけど、私には大事な大事な癒しの時間だった。
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