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一話

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【勇者でも魔王に恋がしたい!】

一話

 俺は勇者である。
 そして、今から魔王を退治しに奴の住む城へと向かう。

「遂に来たわね………」

 無邪気な笑顔がより童顔を童顔に見せている彼女は、ナイフを肩に当てて魔王城を眺めていた。

「……お前、その格好止めないか?」

 歳のわりに出るところは出て、しっかりと体のラインは女の人特有の曲線美を描いている白髪でおかっぱ頭のこいつはバニラだ。

「なに?あ、もしかして興奮しちゃったの?」

 ニヤリと微笑んでやつはそう言う。

「な、なわけないだろ……誰がそんな貧相な体で喜ぶんだよ」

「うわ……今、私よりサイズの小さい人全員的に回したからね!」

 ぷっくりと頬を膨らまし、腰に手を当てて俺に向かって指を指す。はぁ。面倒臭い。

「……それにしても、本当に禍々しい城だなぁ。でも俺らなら魔王なんて倒せるっ!!」

「お!勇者やる気満々だな!……でも、そうだな!がっはっはっはっは!!出会った時はひよっこだったくせに生意気になりよって~」

「スルーだし……」

 バニラは冷たい視線を送ってくるが、あえて無視。白い甲冑を纏った目に傷がある熊のようなこの大男はライドンさん。見た目通りのオッサンで、でも、いざと言う時は頼りになる戦士だ。

「ライドンさん……ちょ、馬鹿力で背中叩かないでください……痛いです……」

「がっはっはっはっはー!!」

 特徴のある大きな笑い声の主はライドンさん。耳に残るそれが城前で響いた。

「……はぁ。とっとと行きましょう?あいつを倒さなければ私たちに未来はないわ……」

 流石ミカエルさんこんな時でも冷静だ。おまけに女子では高いだろう身長と、モデルにも引けを取らないスラリと伸びた手足、俺が女なら惚れてるくらいのクールな顔立ち……最高かよ。

「そうねっ!行きましょう」

 バニラの分際でミカエルさんに肯定しやがって……生意気な。
 だが、二人のいうことは正しい。この戦いで負ければ世界が滅ぶかもしれない。

「だから俺らは負けられない………」

 そして、俺ら四人はその禍々しいオーラが溢れて出てくる城の大きな扉をゆっくりと開き、足を踏み入れる。
 中には魔物達がいたが、この程度は敵にもならない。難なく切り抜け、城の中を探索する。

「魔王城とか言ってもこの程度か」

 それから暫く、無駄に広く長い廊下を歩いていくと、でっかい扉の前へと突き当たる。

「……この奥に魔王がいる」

 勇者の俺は直感でそう分かったが、ここまで来れば、もう引き下がれない。……俺は重たい扉を開け、ゆっくりと中に入る。

「お、おい!魔王っ!覚悟しろっ!」

 精一杯の威勢を張り、来るべき魔王との対面に身構える。
 どんな忌々しいやつがでてくるんだろうか……考えただけでも恐ろしい。
 生唾を飲み込みその時を待つ。

「………勇者のくせに腰が引けまくってるとか……ださ」

 そんな時にバニラが俺に向かって嘲笑いながらそう言った。

「う、ううううるさーいっ!!普通怖いだろうが!なんでお前らがそんなに冷静なのかこっちはわかんねえよっ!!」

「……はぁ。朝からごちゃごちゃとうるさいわね……ようこそ。勇者御一行。私が魔王よ」

 そんな時、奥からムチを振りかざしていそうな王女様っぽいそんな声が聞こえてきた。
 魔王が奥の暗闇から姿を見せる。するとそこには予想だにしない者が立っていた。

「……え?」

 みんなは顔を見合わせ、口をあんぐりと開けた。予想では化け物が出てくる。そう思い込んでいたが、それは全く違うものだった。
 どっからどう見たって普通の…ただの女の子じゃないか……

「な、なぜ皆反応しない?」

 魔王が戸惑いの色を見せる。

「ま、魔王なのよね……?」

「魔王、なんだろうぜ?」

「そのはず。よ……?」

 そんな魔王を見たその瞬間だった。俺の心臓が物凄い勢いで高鳴る。緊張とかその変の類ではない。俺は一瞬にして彼女に惚れてしまったのだ。
 でも、魔王だ。倒さないといけない敵だ。こいつを殺さなければ世界が滅ぶかもしれない。魔王のせいで民が苦しむところをいっぱい見てきた。
 こんな私情をこんなところに持ち込むわけには行かねえ……いかないのだが……困惑しておどおどしてる……かわいい。いかんいかん。集中しないと……
 悩んでるのか首を傾げてこちらに目を配る魔王のそんな姿を見て、自然と頬が緩む。

「……金髪碧眼ロリっ子だなんてずるいだろ」

 もう、見てられない。視線を外し仲間の方に目をやると、彼らの目はなぜか赤く光っていた。
 体が熱い。というか、なにあれ。なんであんなに魔王が可愛いんだよ。もっと気持ち悪いやつでいいだろ。

「おい!マルクっ!よそ見するな!来るぞ!!」

「…………え?」

 振り返ると、目の前には巨大な火の塊があった。

*****


「神の御加護がありますように」

 神父様ってことはここは教会か。

「俺らって……死んだの?」

 聞いてみても反応がない。後ろを振り返ると棺桶が三つ並んでいた。
 俺は皆をその教会で生き返らせた。
 バニラが生き返って早々に暴れそうだったので、奴の口を抑えながら外にでると教会の敷地内のテラスのようなところでまで運ぶ。

「なんでお前ら死んでるん?」

「んー!んー!」

 手を離したらうるさそうだが、いつまでもこんな訳には行かないので、手を離すと奴はマシンガンのように話し始めた。

「馬鹿の死ぬの!?あんな即死級魔法避けないとか意味わかんないから!大体何油断してんのよ!あれは魔王なのよ!それに……」

「……死んだもんは仕方ない。そんなことより、だ。魔王をさっさとやらねえといけないんじゃないか?民だって苦しむ。な、勇者よ」

 ライドンさんが彼女の言葉を遮り、真面目な口調でそう言い放った。

「……いや、まだ他にもやらないといけないことが……」

 ライドンさんの真っ直ぐな目から背くようにそう言うが、ミカエルさんがそれを許してくれない。

「装備もレベルも結構揃ってるけど……」

 確かにそうなのだ。魔王なんて倒すのは朝飯前ってくらいに準備万全なのである。でも……

「……あ、あんたひょっとして……」

 俺の様子を見てか、ミカエルさんが驚いた様子で口を開いた。

「ミカエルどうしたの?」

 バニラは怪訝な目で彼女を見つめる。

「……マルク。一つだけ質問させて貰うわ。あんたあの子のことが……その……好き……なの?」

 なぜか、彼女は人差し指を突き合わせ、上目遣いで太ももを擦り合わせる。好きな人に告白でもしたかのような反応だ。
 不覚にもドキッとしてしまう。

「…………」

「え?本当なの?マルク?」

 バニラの眼差しはこちらへと移った。そんなにまっすぐ見るんじゃねえよ。顔に出ちゃうでしょうが……

「……え、え?ちちち違うしー!!あんな可愛らしい金髪碧眼ロリっ子なんかに一目惚れだなんてありえないしー!!」

「……はぁ。全く……全部言っちゃってるし……」

 ミカエルは呆れるようにため息をついて、痛いものを見る目でこちらを睨む。

「マルクに好きな人……出来たんだ……ごめんちょっとトイレ行ってくる……」

 バニラはそう言い残しトイレらしいが、彼女の目には涙が見えたような気がした。いや、気のせいかな。

「私ちょっと様子を見てくるわ」

 そう言ってミカエルさんもバニラに続いて、協会の中へと行ったので、ライドンさんと俺は取り残される。
 ライドンさんはあれから一言を発さずにただ俯いている。

「……マルク」

「は、はい!!な、なんですか?ライドンさん」

 ただ名前を呼んだだけなのに、凍てつくような怒りが伝わってきた。

「俺はな、魔王がいるせいで苦しんできた民をごまんとみてきた。今だって苦しんでいる民がいる。それを助けれるのはオレらだけなんだぞ……お前はそんな私情如きでこの永きにわたる苦しみを、悲しみを世界に与え続けるのか?」

 いつもより真剣なライドンさんに俺は目を合わせることが出来なかった。

「……女なんて他にもいるだろうが」

 吐き捨てるかのようにライドンさんはそう言う。

「ちょっと待ってくださいライドンさん……」

「なんだ?」

「俺はそうは思えない!確かに彼女は魔王だ。俺らが倒さなければならない敵だ!でも、でもっ!!好きになったんだから仕方ないじゃないですか!!俺にはあの子しか見えないっ!!」

「……そうか」

 言いきったあとで気づいたが、かなりまずい状況だ。ライドンさんにぶっ飛ばされたとしても仕方ない。だが、俺に悔いはない。

「わかった!お前の恋路がどうなるかは知らんが、お前の男気に惚れた!俺も手伝ってやる」

「本当ですかライドンさん?」

「あぁ。男に二言はねえ!!」

 それから暫くして、女性陣が戻ってきた。

「二人ともなんか目が赤いけどどうしたの?花粉症かなんか?」

「え、え!?あ……そうよっ!そんなところっ!!」

 ミカエルさんはいつも通りにぶっきらぼうだけど、バニラになんでこんなに睨まれてるのだろうか………女って怖いね。

*****

 それから毎日のように行っている酒場に入ると、お祭り状態だった。まあ、でもいつもの事か。
 女店主に一番人気のミートソースパスタを頼んで、席に座る。

「お前、いつもそれだよな……ま、俺もだけどな」

 ライドンさんは苦笑しつつも俺の横のカウンター席に腰掛けた。

「ライドンさん。好きな人が出来たらどうすればいいんですか?」

 料理を待つ間、人生の先輩であるライドンさんに聞いてみる。
 物心ついた頃から勇者に必要な剣術やらの訓練を受けてきた。だからこんな感情を覚えるのは初めてのことだった。

「そりゃー自分の思いを伝えるんだよ。その子にね」

「よし、じゃ行ってきますっ!!」

 勢いよく部屋から飛び出そうとしたところを、後ろから首根っこ掴まれて、ライドンさんの馬鹿力で椅子に引き戻された。

「待て待て……」

「え?でも伝えないといけないんですよね?」

 まっすぐライドンさんを見つめて問うと、彼はこめかみあたりを抑えて溜息をつく。

「それはそうだが……っておいっ!!話を聞く前にどこかへ行こうとするんじゃないっ!」

「なんでダメなんですか?俺はあの子が好きだっ!!」

 立ち上がっただけで、無駄にでかい声で牽制してくるなら、俺も同じくらいの声で応戦だ!

「……確かにそうかもしれんが準備ってのがあるだろう?」

 好きな人に送るものって……

「あ、指輪ですか!?そうだった~。ありがとうございますライドンさん。今から買ってきますね」

「…………待て待て待て待てぇ!違うわぼけぇ!!」

 俺は酒場から飛び出ると、アクセサリー屋へ直行し、中で可愛らしげな指輪を買う。

 あとはこれを渡すだけだ。よし、善は急げだ。

 指輪の入ったケースをポケットに入れ、その中で握りしめて一人、魔王城へと足を向ける。初めて入ったあの時とはまた違った胸の高鳴りがあった。
 そして、またあのドデカい部屋に入ると、彼女は黒色のブカッとしたシャツをだらしなく着て、片方の肩から白くツヤのあるきめ細やかな肌が露出していた。ちょうど昼時だったのかハンバーガーを片手に握り、口元にはソースを付けている。子供っぽいところがまた可愛らしい。

「また来たのか勇者達よ……ん?おぬし一人だけか?まあよい……」

 そう言いながらも魔王は、ハンバーガーを投げ捨て、両手を前に突き出し手のひらをこちらに見せるようにして、呪文の高速詠唱へと入っていた。魔法詠唱中に出る風のおかげで、ゆらゆらとスカートのように揺れるその服からはチラチラとピンク色の可愛らしいパンツが見え隠れしていた。

「ま、まま待ってくれ!!」

 頬を熱くしつつも、俺は手で顔を隠したり目線をそらしてみたりしているというのにも関わらず、目線はそこに惹きつけられていた。勝手に目線が行ってしまう……だが、早くてを打たなければまた魔法を打ち込まれてしまうので、自分には戦う意思が無いことを証明するために剣を地面に捨てるように置き、アンナの方へと蹴った。

「……なんだ?私を殺しに来たのではないのか?」

「そ、そう!ほかの用事できたんだ!」

「……ほほう?勇者であるお前が魔王である私にほかの用事が?」

「そ、そうだ!!」

 怪訝の目で睨まれるが、彼女は数秒するとほっと息をつき、大きな椅子に腰掛けた。サイズがまるで違うのでちょこんとソファーなんかに座ってる猫のようだった。

「……何用かね?仲間を入れ忘れてボス部屋に間違えて入ったからこのまま出して欲しいとかそんなことならば即座に丸焦げにしてやるぞ?」

「よくそんなことはよくあるけど違うっ!!俺は君が好きなんだ!!」

 出来るだけの声を張り上げ、思いの丈をぶつけた。

「…………は、は?」

 彼女は間抜けな声を上げ、口をぽかんと開ける。

「だから、好きなんだ!!だから、これをプレゼントしにきた!!」

 手に握っていた指輪の入ったケースを開けて彼女の前までいくと跪く。

「……………」

 なんの返事もない。だが、俺は上を向くことが怖くてできなかった。
 上を見上げれば前みたいにでっかい火の玉があるかもしれない。だから俺はこのまま返事を待つ。

「……おぬしは勇者だろう?」

「あ、あぁ……そうだ」

 しばらくの静寂のあと、小刻みに震えた魔王の声がした。

「私は魔王だ……違うかね?」

「確かにそうだ……だけど!!俺は君が好きだ!!」

 顔を勢いのあまり上げてしまい目が合う。
 その時、心臓が高鳴る。……やっぱり俺は彼女が好きだ。
 そんな時に後ろの大きな扉がゆっくりと開いた。

「マルク!!」

 振り返ると仲間の三人がいた。

「なんだよ……」

 気を抜き魔王に背を向ける。

「後ろっ!!」

「…………え?」

*****

 気がつくとまたさっきの教会だった。
 教会ってことはまた、死んだのか……
 そして、また金を使って三人を生き返らせてから教会を出た。

「なぁ、なんで全滅したんだ?」

「あんたが一人で乗り込むからでしょ!?」

 バニラが前屈みになり頬をふくらませてプクーっと怒る。
 その為、控えめな胸の間が見える。

「ねえ、聞いてるの!?」

「あ、あぁ。聞いてるぞ……」

 こいつ気づいてないのか………?だとしたらかなりの馬鹿だろう。でも、こんだけまじまじと見てればバレるかもしれない。だが、この先にあるお宝を見逃すなんて俺には出来ないっ!!

「ねえ、バニラ。見られてるよ?」

「え!?きゃっ!マルク変態っ!エッチっ!へちまぁ!!」

 ゴーンっ!!
 一撃で脳が揺れ、星が見えた。思いっきり顔面を殴られた。それもグーで。前々から知ってたがアホなんじゃないんだろうか。あんた盗賊だからかなり腕力あるんだぞ。わからんのか……

「…………へちまって何?悪口なの?」

 頭を抑えつつ、脳のグラグラが収まったあとにそう問うと、拳を作って眉をひそめて鋭い視線でこちらを睨む。それ以上問うのはやめた。
 というか、この間にミカエルさんが居なくなっていた。どこに行ったのだろうか?

「マルクよ。魔王はいいのか?」

 ライドンさんが真面目な声で一喝入れてくれた。
 し、しまった……俺としたことがあんな胸ごときにうつつを抜かしてしまった……

「とりあえず、俺、魔王にもう一回告白して来るっ!!」

 こうして俺は好きな人に気持ちを伝えることには成功した。
 しかし、邪魔が入ってしまったので、再び街を飛び出して魔王の城を目指そうとするのだが……

続く。
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