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十七話
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【思春期17】
(踏んだり蹴ったり)
帰りのホームルームが終わる前から俺は帰る準備を着々と整えていた。理由は簡単。早く逃げたいからである。
絶対にあいつに話しかけられてしまう。そんなの分かりきったことだ。あいつがいじめられないためには俺から距離を置く必要がある。
俺も大々的にいじめられることは無くなったというだけで、陰の方ではまだ続いてる……って、前にも言ったっけ?
「起立、気をつけ、礼」
そのテンプレ的なセリフとともに俺は一気に俺の席から近い後ろのドアまで走ってくと、廊下に誰よりも早く出て走り抜ける。
いくら破天荒なツーサイドアップ野郎も俺には追いつけまい。それにあんだけ美人なんだ。転校初日となればあいつの周りに人の肉壁ができたっておかしくないだろう。
走りながら後ろを確認すると多分俺が飛び出してきた教室から一人、ピンク髪が飛び出してきたのが見えた。
「嘘だろおい……」
こうなれば逃げ切るしかねえ。
階段を駆け下り、靴を自己記録で履き替えると外に飛び出した。
廊下はまだ涼しかったのだが、外になるとまだまだ暑い。
でも、足を緩めるわけにはいかない。俺にはわかる。奴はすぐそこまで来ていると。
外に出て正門までは何も無い。木々はあるがここに隠れるのは得策ではないだろう。とりあえず走って一番近くの公園に入って茂みに隠れ様子を伺う。
でも、どうだろう?俺の後をついてきていたはずの奴の姿が何処にも見えない。
「……巻いたか?」
その時、俺の背筋がぞわぁっと寒くなった。なんか、なんか嫌な予感がする。その直後、急にガシッと肩を抑えられ、体が固まった。
嘘だ。こんなの。ピンク髪のあいつなわけがない。やつは振り切ったし俺の後からも出てきてないんだぞ。きっとほかの奴だ。そ、そう。綾瀬だ。
「ねえ、なんで逃げるの?はーちゃん」
あの綾瀬の透き通る声ではなく、でも、聞き覚えのある声だ。それに俺をその名で呼ぶ人物は一人しかいない。
「なんでお前がここに!?というかどうやってきた!?」
「……答えてよ。なんで逃げるの?」
物凄い眼力で後ろから睨まれてるのがわかるし、なぜかヤンデレ風だ。ここままじゃ俺はナイフでぷっすりいかれてしまってもおかしくはない。
「はぁ……はぁ……」
俺を追ったせいで荒ぶったのか、興奮して荒ぶってるのか、またはどちらもなのか、よくわからないがミサはかなり興奮してる。このままだと本当に死ぬかもしれない。
「とりあえず、一旦落ち着け。な?」
宥めるように言うと彼女は従い、深呼吸させることに成功し、すこしくらいは効果があったのか大人しくなった。
「……あんま俺には近づかない方がいい」
「なんで?」
「なんでってそれは……またな!」
逃げるように俺は走り出した。
俺が綾瀬をいじめていたという事実を自分で認めたくなかったってのもあったのかもしれない。
まあ、どうせこんな田舎だ。水面に落ちた水滴が輪となり広がるように、一瞬で俺の負の噂は伝播される。そうすれば勝手にあいつから離れていくだろう。幼馴染なんていつの間にか遠くに離れているものだ。
だから、これが普通なんだ。俺らが異端なんだ。おかしいのは俺らだ。
何度も頭の中でそれを復唱しつつ俺は家まで駆けた。流石に男の俺が全力疾走で逃げれば、奴もついてはこれまい。
後ろも振り返らずにただ家へとひたすら走り続け、鍵を過去最高レベルで開くと家の中に飛び込む。
「はぁ……はぁ……」
家まで来ればもう安心だ。大したセキュリティはないが、無理矢理に家の中に入ってくることもないだろうし途中で巻いたはずだ。多分。
でも、家は家で地獄だった。
「我が妹ではないか!」
丁度奴も帰ってきたところだったのか靴を脱いでいる最中だった。
「……なに?」
「い、いやぁ……なんでもないんだけどね」
「そ。じゃ、私自分の部屋行くから」
素っ気なく我が妹はそう言うと、さっさと二階へと上がって行ってしまった。
家に帰ったら逃げられるし、学校いったら逃げないといけないし忙しいぜ。
でも、我が妹とは和解しなければなるまい。なぜ、こんなことになってるのか俺にはさっぱりなのだ。
とりあえず、服だけ着替えてリビングに降りると誰もいなく薄暗い。どうせ飯になるまで我が妹は部屋に篭ってるだろう。で、俺が理由を聞けば別になんでもないの一点張り。でも、理由くらいは教えてくれてもいいんじゃないか?
俺はどうせ馬鹿だ。だから、十数年一緒に居る我が妹のことですらわからない。そのくらい俺が馬鹿なのは我が妹だって知ってるはずだ。なのに、ヒントすらない。我が妹には助けられてばかりだから恩返しくらいはしないとダメだ。だが、この状況じゃとても手の出しようがない。
……いや、万策尽き何も出来なくとも、我が妹が困っていたら助けるのが兄だ。兄ってのはそういうもんだろ。
クラウチングスタートを華麗に決め、颯爽と二階へと駆け、我が妹の部屋に飛び込むと我が妹は枕を濡らし泣いていた。
「……ど、どうした?」
「ふぇ?」
気が付いていなかったのかキョトンとした表情でこちらに振り返る。
「……そ、その……大丈夫か?」
「出てって!馬鹿!」
「え、えっと、すまん!」
その涙を孕んだ眼力に押されるように部屋から飛び出し、すぐにドアを閉めた。
な、なんで泣いてんだ?俺が何かをした訳では無いはずだし、最近ずっとご機嫌ななめだった。そのふたつの事実から導き出される答えは一つしかない!
「彼氏にでもフラれたのか?」
ドア越しに聞いた瞬間、ドアに強い衝撃が来たのか太鼓のようにドンと鳴った。多分、なんかしらの硬いものがドアに当たったんだろう。
これは違うってことで捉えていいのだろうか。それとも当たっててそれ以上聞いたらぶっ殺すぞ。っていう合図なのかどちらなのだろう?
「ね、どうなの?」
いや、我が妹はそんな不埒なやつに誑(たぶら)かされるほど落ちぶれてなんかない。俺は前者に全てを賭けることにした。
「……うるさいっ!なんで黙ってられないの!?フラれてなんかない。……フラれる前に終わったんだから……なんでもない。そう。なんでもないの……」
なにかをドア越しに小さな声で言ってる。本当にさっきのが図星なのだろうか?
我が妹がそんなゴミに捨てられて泣いてるだなんて……絶対に許せん!
「我が妹!誰にフラれたんだ!?俺がそいつに鉄拳制裁を加えてきてやる!」
「あー!黙ってて!」
「こうしてはいられんな!金属バット一撃くらいは喰らわせないと気が済まねえ……」
「もう違うの!始まってもないの!というか始まっちゃいけないの!」
「……え?」
「だから!おにいには全く、全然一ミリも関係ないの!」
「関係あるだろう!我が妹が泣いてるのに何もしない兄なんて居ねえんだよ!」
「……そういうところだよおにい。本当にいい兄貴でゴミにい……」
掠れ泣くような声で我が妹がそう言った。
「ど、どうして泣く?」
女の涙ってのも破壊力が凄まじい。これをやられたら男なら一巻の終わりだ。泣いた女性の前に敵はない。そう、無敵なのだ。
「あっちいってよ!馬鹿にい!!」
怒りに任せた怒鳴り声と嗚咽が混ざったような悲痛な声。
俺はもう引く他なかった。俺がまさかまた綾瀬のように今度は我が妹を泣かせてしまうなんてな。もう、女の涙なんて見たくない。
「……そっか。ごめん」
一言、それだけを残して俺は下の階に戻った。
それから、学校では奴から逃げ、家では我が妹から逃げられる。幼馴染と我が妹と距離を置き、置かれるそんな日々。
本当に悪評ってのは古傷みたいに疼きやがる。全く、踏んだり蹴ったりだ。
(踏んだり蹴ったり)
帰りのホームルームが終わる前から俺は帰る準備を着々と整えていた。理由は簡単。早く逃げたいからである。
絶対にあいつに話しかけられてしまう。そんなの分かりきったことだ。あいつがいじめられないためには俺から距離を置く必要がある。
俺も大々的にいじめられることは無くなったというだけで、陰の方ではまだ続いてる……って、前にも言ったっけ?
「起立、気をつけ、礼」
そのテンプレ的なセリフとともに俺は一気に俺の席から近い後ろのドアまで走ってくと、廊下に誰よりも早く出て走り抜ける。
いくら破天荒なツーサイドアップ野郎も俺には追いつけまい。それにあんだけ美人なんだ。転校初日となればあいつの周りに人の肉壁ができたっておかしくないだろう。
走りながら後ろを確認すると多分俺が飛び出してきた教室から一人、ピンク髪が飛び出してきたのが見えた。
「嘘だろおい……」
こうなれば逃げ切るしかねえ。
階段を駆け下り、靴を自己記録で履き替えると外に飛び出した。
廊下はまだ涼しかったのだが、外になるとまだまだ暑い。
でも、足を緩めるわけにはいかない。俺にはわかる。奴はすぐそこまで来ていると。
外に出て正門までは何も無い。木々はあるがここに隠れるのは得策ではないだろう。とりあえず走って一番近くの公園に入って茂みに隠れ様子を伺う。
でも、どうだろう?俺の後をついてきていたはずの奴の姿が何処にも見えない。
「……巻いたか?」
その時、俺の背筋がぞわぁっと寒くなった。なんか、なんか嫌な予感がする。その直後、急にガシッと肩を抑えられ、体が固まった。
嘘だ。こんなの。ピンク髪のあいつなわけがない。やつは振り切ったし俺の後からも出てきてないんだぞ。きっとほかの奴だ。そ、そう。綾瀬だ。
「ねえ、なんで逃げるの?はーちゃん」
あの綾瀬の透き通る声ではなく、でも、聞き覚えのある声だ。それに俺をその名で呼ぶ人物は一人しかいない。
「なんでお前がここに!?というかどうやってきた!?」
「……答えてよ。なんで逃げるの?」
物凄い眼力で後ろから睨まれてるのがわかるし、なぜかヤンデレ風だ。ここままじゃ俺はナイフでぷっすりいかれてしまってもおかしくはない。
「はぁ……はぁ……」
俺を追ったせいで荒ぶったのか、興奮して荒ぶってるのか、またはどちらもなのか、よくわからないがミサはかなり興奮してる。このままだと本当に死ぬかもしれない。
「とりあえず、一旦落ち着け。な?」
宥めるように言うと彼女は従い、深呼吸させることに成功し、すこしくらいは効果があったのか大人しくなった。
「……あんま俺には近づかない方がいい」
「なんで?」
「なんでってそれは……またな!」
逃げるように俺は走り出した。
俺が綾瀬をいじめていたという事実を自分で認めたくなかったってのもあったのかもしれない。
まあ、どうせこんな田舎だ。水面に落ちた水滴が輪となり広がるように、一瞬で俺の負の噂は伝播される。そうすれば勝手にあいつから離れていくだろう。幼馴染なんていつの間にか遠くに離れているものだ。
だから、これが普通なんだ。俺らが異端なんだ。おかしいのは俺らだ。
何度も頭の中でそれを復唱しつつ俺は家まで駆けた。流石に男の俺が全力疾走で逃げれば、奴もついてはこれまい。
後ろも振り返らずにただ家へとひたすら走り続け、鍵を過去最高レベルで開くと家の中に飛び込む。
「はぁ……はぁ……」
家まで来ればもう安心だ。大したセキュリティはないが、無理矢理に家の中に入ってくることもないだろうし途中で巻いたはずだ。多分。
でも、家は家で地獄だった。
「我が妹ではないか!」
丁度奴も帰ってきたところだったのか靴を脱いでいる最中だった。
「……なに?」
「い、いやぁ……なんでもないんだけどね」
「そ。じゃ、私自分の部屋行くから」
素っ気なく我が妹はそう言うと、さっさと二階へと上がって行ってしまった。
家に帰ったら逃げられるし、学校いったら逃げないといけないし忙しいぜ。
でも、我が妹とは和解しなければなるまい。なぜ、こんなことになってるのか俺にはさっぱりなのだ。
とりあえず、服だけ着替えてリビングに降りると誰もいなく薄暗い。どうせ飯になるまで我が妹は部屋に篭ってるだろう。で、俺が理由を聞けば別になんでもないの一点張り。でも、理由くらいは教えてくれてもいいんじゃないか?
俺はどうせ馬鹿だ。だから、十数年一緒に居る我が妹のことですらわからない。そのくらい俺が馬鹿なのは我が妹だって知ってるはずだ。なのに、ヒントすらない。我が妹には助けられてばかりだから恩返しくらいはしないとダメだ。だが、この状況じゃとても手の出しようがない。
……いや、万策尽き何も出来なくとも、我が妹が困っていたら助けるのが兄だ。兄ってのはそういうもんだろ。
クラウチングスタートを華麗に決め、颯爽と二階へと駆け、我が妹の部屋に飛び込むと我が妹は枕を濡らし泣いていた。
「……ど、どうした?」
「ふぇ?」
気が付いていなかったのかキョトンとした表情でこちらに振り返る。
「……そ、その……大丈夫か?」
「出てって!馬鹿!」
「え、えっと、すまん!」
その涙を孕んだ眼力に押されるように部屋から飛び出し、すぐにドアを閉めた。
な、なんで泣いてんだ?俺が何かをした訳では無いはずだし、最近ずっとご機嫌ななめだった。そのふたつの事実から導き出される答えは一つしかない!
「彼氏にでもフラれたのか?」
ドア越しに聞いた瞬間、ドアに強い衝撃が来たのか太鼓のようにドンと鳴った。多分、なんかしらの硬いものがドアに当たったんだろう。
これは違うってことで捉えていいのだろうか。それとも当たっててそれ以上聞いたらぶっ殺すぞ。っていう合図なのかどちらなのだろう?
「ね、どうなの?」
いや、我が妹はそんな不埒なやつに誑(たぶら)かされるほど落ちぶれてなんかない。俺は前者に全てを賭けることにした。
「……うるさいっ!なんで黙ってられないの!?フラれてなんかない。……フラれる前に終わったんだから……なんでもない。そう。なんでもないの……」
なにかをドア越しに小さな声で言ってる。本当にさっきのが図星なのだろうか?
我が妹がそんなゴミに捨てられて泣いてるだなんて……絶対に許せん!
「我が妹!誰にフラれたんだ!?俺がそいつに鉄拳制裁を加えてきてやる!」
「あー!黙ってて!」
「こうしてはいられんな!金属バット一撃くらいは喰らわせないと気が済まねえ……」
「もう違うの!始まってもないの!というか始まっちゃいけないの!」
「……え?」
「だから!おにいには全く、全然一ミリも関係ないの!」
「関係あるだろう!我が妹が泣いてるのに何もしない兄なんて居ねえんだよ!」
「……そういうところだよおにい。本当にいい兄貴でゴミにい……」
掠れ泣くような声で我が妹がそう言った。
「ど、どうして泣く?」
女の涙ってのも破壊力が凄まじい。これをやられたら男なら一巻の終わりだ。泣いた女性の前に敵はない。そう、無敵なのだ。
「あっちいってよ!馬鹿にい!!」
怒りに任せた怒鳴り声と嗚咽が混ざったような悲痛な声。
俺はもう引く他なかった。俺がまさかまた綾瀬のように今度は我が妹を泣かせてしまうなんてな。もう、女の涙なんて見たくない。
「……そっか。ごめん」
一言、それだけを残して俺は下の階に戻った。
それから、学校では奴から逃げ、家では我が妹から逃げられる。幼馴染と我が妹と距離を置き、置かれるそんな日々。
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