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30 嫌な予感は当たるものなのか

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「何を訳のわからないことを言ってきているのよ」

 手紙を読み終えたあとに、大きなため息を吐くと、セナ殿下が同情の眼差しを向けてくる。

「しかもメイティも返せって何を考えてるんだ。それに彼には新しい妻がいたよな? 君の国は一夫多妻制じゃないだろ?」
「愛人は認められてますが、妻とする人は一人だけだと決まっています」
「なら、メイティを連れ戻してどうするつもりなんだ」

 セナ殿下の疑問に、キレーナ公爵が笑顔で答える。

「愛人にでもしようと思っているのか、もしくは、今の妻とは別れるつもりなのかもしれません」
「……最低な男だな」
「そんな人の血が流れているのかと思うと嫌ですけど、一時はお母様も良いと思った人みたいですから、なんとも言えません」

 私がまた大きなため息を吐くと、キレーナ公爵は作り笑顔を消して少しだけ悲しそうな顔をした。

 政略結婚とはいえ、自分の好きな人が選んだ相手だから、ちょっと悲しくなってしまったとかかしら。
 それとも、お母様の気持ちを考えると辛くなったとか?

 どんな気持ちかはわからないけれど、とにかくキレーナ公爵に私の気持ちだけ伝えておく。

「わかっておられるとは思いますが、ここに来たのは誘拐ではありません。自分の意思でここに来ましたし、私はここに来て良かったと思っています。お母様がキレーナ公爵と再婚するというのであれば応援します。キレーナ公爵が継父になってくださるのなら嬉しいです」
「そ、そんな! いや、でも!」

 さすがのキレーナ公爵も平静を保てなかったらしく動揺している。

 その様子が何だか人間らしくて可愛いと思えた。
 そんなキレーナ公爵にセナ殿下が話しかける。

「キレーナ公爵、この手紙を持ち帰っても良いか? 父上と母上に見せたいんだ。アーティアを連れ帰ったのは俺だからな」
「どうぞ持ち帰りください。その手紙にどんな返事をすれば良いのか、何かございましたらご連絡ください」
「わかった。この手紙を見せたら、たぶん、両親は憤慨して、自分たちで手紙の返事を書こうとするだろうから、連絡をいれるよ」
「承知しました。ですが、両陛下のお手をわずらわせることになりますが、そちらはよろしいのでしょうか」
「気にしなくていい。売られた喧嘩は買うタイプだが、国民に迷惑をかけるようなことはしないから安心してくれ」

 セナ殿下は封筒の中に手紙を戻すと、上着の内ポケットの中に入れて立ち上がる。

「さて、アーティアの様子も確認できたし、面談がどうなったか母上が気にしているだろうから、そろそろ帰るよ」
「わざわざ様子を見に来ていただきありがとうございます。あの、ポーチまでお見送りします」
「別にいいよ」
「いいえ。婚約者なんですからそれくらいさせてください」
「……ありがとう」

 セナ殿下は照れてしまったのか、私から視線を逸らす。

 照れた顔も可愛い。
 そんなことを思ったら睨まれるかもと思ったけれど、今回は大丈夫だった。
 恥ずかしさのほうが勝ったらしい。

 こういうところも可愛いのよね。

 無口になってしまったセナ殿下とエントランスホールまで辿り着いたところで、別れの挨拶をしようとした。
 そこで、やっと、セナ殿下は私の顔を見てくれた。

「忘れてた。シルバートレイが出来上がったと知らせがきたんだ。近い内にここに届けてもらうから受け取ってくれないか」
「ありがとうございます! 嬉しいです! 今のところ必要はなさそうですが、あるのとないのとでは安心感が全く違いますから」
「必要ないことを願うけど、こんなことを言ってくるような奴らだから、念の為に持っておいたほうがいいだろう」

 セナ殿下は上着の内ポケットを軽く叩いて言った。

「……そうですね。こちらの返事を待たずに押しかけてくる可能性もありますし」
「だろう? 常識があればこないだろうけど」
「お父様の常識は人と違っていますから……」

 残念なことに、私とセナ殿下の予想は当たってしまうのだった。

 
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