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29 父からの手紙とは

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 セナ殿下を見送ったあと、キレーナ公爵にエロージャン公爵がどうなったかを聞いてみると「どうやって帰ったら良いんだと言うから、歩いて帰れと伝えたよ」と答えた。
 たぶん、騎士も一緒に連れて来ているだろうから、騎士に送ってもらう、もしくは馬車を用意しに行かせるとわかっているから、放置したのだと思う。

 その日の夕食時にお母様にエロージャン公爵の話を聞いてみたけれど、あまり記憶がないと言っていた。
 エロージャン公爵がお母様の長年のファンだったのなら、認知されていないのはちょっと可哀想な気もしたけれど、私に迷惑をかけてくる人間なので気にしないことにした。



*****



 それから数日後のこと、キレーナ公爵邸には多くの若い貴族の男性が集まっていた。

 一人が出ていくと、また新たに応接室に人が入ってきて名前を名乗り、自分をアピールして部屋から出ていく。
 それを繰り返すだけなのだが、一緒に面接をしているお母様は十人目くらいから疲れが出始めていた。

 そのため、十五人目が出ていくと同時に廊下に出て叫ぶ。

「少し、休憩をいれます!」

 メイドが頷いて候補者が待つ控室に、そのことを伝えに行ってくれた。

 部屋に二人きりになったところで、お母様が話しかけてくる。

「こんな言い方は失礼だけど、もう、セナ殿下でいいんじゃないかしら。全ての人に会わなくてもいいんじゃない?」
「ここまで来てもらっている以上、やっぱりやめた、はないと思います。会うだけ会います。私一人で対応できますので、お母様は休んでおきますか?」
「駄目よ。どうせ今だって大して何もしていないのだし、横に座っておくくらいはできるわ」

 疲れ切った状態のお母様が気になって集中できないとは言いにくい。

 娘のことだから気になる気持ちはわかる。
 本人の気の済むまで何も言わないでおこう。

 そう思ってギブアップするのを待っていたら、結局、お母様は最後まで横に座っていた。

 親らしいことをしたいと思ってくれているのだとは思う。

 でも、私とお母様はまだコミュニケーション不足なのよね。
 これから、私の性格をもっと知ってもらわなくちゃいけないわ。

 全ての面接を終えたところで、談話室でセナ殿下が待っているとメイドが教えてくれた。

 二人で談話室に向かうと、疲れ切った表情のお母様を見たセナ殿下が呆れ顔でお母様に話しかけた。

「メイティ、顔色が悪いぞ。どうして部屋で横になっていなかったんだ? アーティアも集中できなかっただろ」

 セナ殿下は私のことをよく分かってくれているわ。

 そうなんです。
 集中できませんでした!
 
「も、もしかして、アーティア、迷惑だった?」

 お母様が眉尻を下げて尋ねてくる。

 正直に「気になって集中できませんでした」なんて言えるはずもなく、傷つけないように言葉を選んで気持ちを伝えることにした。

「迷惑ではありませんが、お母様に何かあったら困りますので、無理はしてほしくないです」
「わ、わかったわ。これからは気をつけるわね。本当にごめんなさい」

 お母様は肩を落とすと、談話室のソファーには座らずに部屋から出ていこうとする。

「お母様?」
「セナ殿下との時間を邪魔してはいけないから、私は部屋に戻るわ」
「あの、お母様」
「大丈夫よ、アーティア。傷ついたわけではなくて反省しているのよ」

 お母様は苦笑すると、セナ殿下に一礼して部屋から出ていった。

 言葉を間違えたのかしら。
 嫌な意味で言ったんじゃなかったのに――
 
 そう思って少しの間立ち尽くしていると、セナ殿下に座るように促された。

「お疲れ」
「ありがとうございます。というか、ずっと待っていてくださったんですか?」
「ずっとじゃない。少し前だよ。俺も暇じゃないし」

 セナ殿下は苦笑して聞いてくる。

「で、どうだった?」
「どうもこうも何も、セナ殿下よりも良い人は見つからないです」
「第二王子という立場がすでに見つかりにくいからな」
「別に王子様だから殿下を選ぶわけではないですよ」
「親が決めたことだけどな」
「それはまあ、そうなんですけれど」

 セナ殿下はどうやら、義務で私が彼と結婚したがっていると思っているらしい。
 もちろん、最初はそうだったけれど、今となっては違う。
 私を理解してくれているし、からかいがいもあるし浮気もしなさそう!

 お金持ちだし、外見も可愛い!

 あとは爵位を継いでくれると言ってくれたら、私からプロポーズするんだけど上手くいかないものよね。

 そんなことを思ってセナ殿下を見つめていた時だった。

 足音が近付いてきたので会話をやめると、すぐに扉がノックされた。

 やって来たのはキレーナ公爵で、眉間に深い皺を寄せている。
 だから、良い情報を持ってきたわけではなさそうだった。

「レモンズ侯爵から手紙が届いた」
「……お父様から?」

 聞き返すと、キレーナ公爵は談話室の中に入ってきて、座ったままの私に白い封筒を差し出してきた。

 キレーナ公爵宛の手紙だった。
 セナ殿下がテーブルを回り込んで私の横に座ると、キレーナ公爵に尋ねる。

「俺も読んでも良いか?」
「どうぞ」

 許可が下りたので、セナ殿下と一緒に封筒から取り出した手紙を読んでいく。

『アーティアを我が家から連れて行ったのは誘拐に値します。大事おおごとにしたくなければ、すぐにアーティアとメイティをこちらに戻してください』

 手紙にはこう書かれていた。
 
 そういえば、連れ出してくれたのはセナ殿下なのに、どうして、キレーナ公爵に連絡してきたのかしら。
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