上 下
10 / 35

10 レモンズ家の長男とは 前編

しおりを挟む
「い、一体、どういうことなのか、さっぱり意味が分からないのですが、どういうことでしょう。どうして、私とセナ殿下が婚約しなければならないのですか?」
「悪いんだが、どうしてそうなったかは俺も知らされてないんだ。たぶん、感情的なものだと思う。突然、父上から呼び出されて、あとから詳しい話はするから、アーティアを迎えに行けって言われて、と、呼び捨てにして良かったか?」
「もちろんです」
「ありがとう。俺のことはセナでいい」
「では、セナ殿下でよろしいでしょうか」

 さすがに呼び捨ては無理だわ。

 セナ殿下の場合は、私よりも格上だから呼び捨てでもおかしくない。
 でも、私の場合は別だわ。

 正直な気持ちを伝えると、セナ殿下は苦笑する。

「……まあ、最初から、セナは無理か」
「第二王子殿下を呼び捨てなんかにしたら、私は次の日の朝を迎えられなくなると思います」
「俺が許可してるんだから、そこまでするほど非情な国じゃない。まあ、この国ほど平和ボケはしてないけどな」

 セナ殿下は呆れた顔で言うと、組んでいた足をほどいて窓の外を見つめる。

「アーティアに記憶がないのなら、メイティ一緒に無理ない程度に思い出せばいいし、最悪の場合は思い出さなくてもいい」

 セナ殿下の表情がどこか悲しそうに見えるので、余計に気になってしまう。

 私は何を忘れているのかしら。

 思い出すと辛くなることを忘れてしまっているということよね。

「アーティア、とにかくまず君がやらないといけないことは、婚約破棄をされたから家を出ると、君のお父上に伝えることだ」
「承知いたしました。ただ、殴られるのは嫌ですので、シルバートレイを部屋まで取りに行ってからでもよろしいでしょうか。殴られた場合でも、たまたま当たったふりをして殴り返しますので」
「……殴り返すなよ。それから、君が殴られるような状況にはさせない。護衛騎士を付かせるから心配するな。それに、さすがにレモンズ侯爵も俺の顔くらいわかるだろう」

 お父様は家では最低な父親だけれど、頭が悪いわけではない……と思いたい。
 人への優しさがないだけで、知識はあるはずだわ。
 親バカなせいで、アフォーレ達のことは意味のわからないことを言って庇ったりするけれど、それはそれだ。
 だから、隣国と言えども、第二王子殿下の顔くらいはわかるだろうし、赤い瞳が隣国の王家のみしか持っていないことは知っているはずだわ。

 あと、問題はカバード達ね。

 あの子達が学園の授業をしっかり聞いてくれていればいいけど……。

 ――聞いているわけないか。

 今日は学園が休みの日なので、二人共、家にいるはずだし、私が婚約者に会いに行っていることも知っている。
 私が家に帰れば、面白がって話を聞きにくるに違いない。

 私にだけならまだしも、セナ殿下に失礼なことをしなければいいけど――

「嫌になるわ」

 こめかみを押さえてため息を吐くと、セナ殿下が苦笑する。

「いきなりのことだから、そうなるよな」 
「あ、いえ。セナ殿下に迎えに来ていただけたことは光栄なんです。でも、最後とはいえ、血の繋がらない弟と腹違いの妹の相手をしないといけないことを考えるだけで面倒でしょうがないんです」
「ああ、どうやら、二人共あまり賢くないようだな。君の継母のパララーについても調べたが、学園の成績はあまり良くなかったようだ」
「……貴族の子供だから成績が悪いと何か言われそうな気がするのですが、そうでもないんですか?」
「言われるとは思うが、女性だし、甘やかされて育ったんじゃないか?」

 呆れ顔でセナ殿下が答えてくれた時、屋敷に着いたのか馬車が停まった。

 先程も言っていたけれど、私を守るということで、護衛騎士とセナ殿下が一緒に屋敷の中に入ってくれた。

 ポーチまで迎えに来てくれた使用人は、セナ殿下達を見て驚いた顔をした。
 でも、何人かは深々と頭を下げたので、話に出ていたキレーナ公爵の協力者なのかもしれない。

 その中に、スワラ達もいた。
 優しくしてくれたのは仕事だったからなのかと思うと、少しだけ寂しくなった。

 お友達だと思っていたのに残念だわ。
 というか、キレーナ公爵も私の現状を知っていたなら、もっと早くに迎えに来てくれれば良かったのに。

 ……と思ったけど、セナ殿下との婚約が決まったから私を迎えに来てくれたというところかしら。

「おい! もう帰ってきたのか?」

 エントランスホールに入ると、なぜか嬉しそうな顔をして、カバードが私の所に駆け寄ってきた。

「ええ。お別れの挨拶をしに帰ってきたの」
「は? 何を言ってるんだ? も、もしかして、お前、フラれたのか? 一日で? 一度しか会ってもいないのに?」

 笑いを堪えているのか、カバードはうふうふと変な声を口から漏らしている。

 頬を膨らませているから、その頬を拳で殴りたくなった。

 駄目だわ。
 先生から淑女は自らの拳で殴ったりしないと言われてるのよね。

 セナ殿下がカバードを呆れた顔で見てから、私に話しかけてくる。

「アーティア、君のお父上を呼んでもらってくれ」
「わかりました」
「当主を呼んでまいります。ご案内いたしますので、応接室でお待ちください」

 来客の噂を聞きつけてエントランスホールに現れたバトラーは、私が何か言う前にメイドにセナ殿下達を応接に案内するように指示をした。

「アーティアはどうする? 部屋に戻って荷造りでもしてくるか?」
「先にお父様に婚約破棄されてしまった話をしようと思います。あ、でも、シルバートレイを取りに戻らないと」
「なんだ、お前! やっぱり婚約破棄されたのか? たった一日で?」

 セナ殿下との会話の途中で割って入ってきたカバードは、とうとう我慢できなくなったのか声を上げて笑い出した。
 
 さすがに頭に来たので、彼を冷静にさせるために虫が止まっているというふりをして、鼻を殴ってやろうかと思った時だった。

 カバードは私の隣に立っているセナ殿下を見て続ける。

「それで、美少女に慰めてもらったのか? で、お礼に家に連れてきてあげたのか!」
「あ」

 それ禁句。

 私がそれを伝える前に、カバードよりも少しだけ背が高いセナ殿下は、彼に近寄って睨みつける。

「俺は男だ」
「は? 女装してるのか?」

 その言葉を聞いたセナ殿下は、小さく息を吐いてカバードから離れると、後ろに立っていた護衛騎士を見る。

 すると、護衛騎士の一人が素早く動き、カバードの首を後ろから手で掴んだ。

「うわっ!?」
「殿下に謝罪しろ」
「……な、何なんだよ一体!?」

 カバードは何が何だかわからないといった様子で叫んだ。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました

日々埋没。
恋愛
「すまないが僕は真実の愛に目覚めたんだ。ああげに愛しきは君の妹ただ一人だけなのさ」  公爵令嬢の主人公とその婚約者であるこの国の第一王子は、なんでも欲しがる妹によって関係を引き裂かれてしまう。  それだけでは飽き足らず、妹は王家主催の晩餐会で婚約破棄された姉を大勢の前で笑いものにさせようと計画するが、彼女は自分がそれまで周囲の人間から甘やかされていた本当の意味を知らなかった。  そして実はそれまで虐げられていた主人公こそがみんなから溺愛されており、晩餐会の現場で真実を知らされて立場が逆転した主人公は性格も見た目も醜い妹に決別を告げる――。  ※本作は過去に公開したことのある短編に修正を加えたものです。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。

しげむろ ゆうき
恋愛
 姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。 全12話

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

(完結)伯爵家嫡男様、あなたの相手はお姉様ではなく私です

青空一夏
恋愛
私はティベリア・ウォーク。ウォーク公爵家の次女で、私にはすごい美貌のお姉様がいる。妖艶な体つきに色っぽくて綺麗な顔立ち。髪は淡いピンクで瞳は鮮やかなグリーン。 目の覚めるようなお姉様の容姿に比べて私の身体は小柄で華奢だ。髪も瞳もありふれたブラウンだし、鼻の頭にはそばかすがたくさん。それでも絵を描くことだけは大好きで、家族は私の絵の才能をとても高く評価してくれていた。 私とお姉様は少しも似ていないけれど仲良しだし、私はお姉様が大好きなの。 ある日、お姉様よりも早く私に婚約者ができた。相手はエルズバー伯爵家を継ぐ予定の嫡男ワイアット様。初めての顔あわせの時のこと。初めは好印象だったワイアット様だけれど、お姉様が途中で同席したらお姉様の顔ばかりをチラチラ見てお姉様にばかり話しかける。まるで私が見えなくなってしまったみたい。 あなたの婚約相手は私なんですけど? 不安になるのを堪えて我慢していたわ。でも、お姉様も曖昧な態度をとり続けて少しもワイアット様を注意してくださらない。 (お姉様は味方だと思っていたのに。もしかしたら敵なの? なぜワイアット様を注意してくれないの? お母様もお父様もどうして笑っているの?)  途中、タグの変更や追加の可能性があります。ファンタジーラブコメディー。 ※異世界の物語です。ゆるふわ設定。ご都合主義です。この小説独自の解釈でのファンタジー世界の生き物が出てくる場合があります。他の小説とは異なった性質をもっている場合がありますのでご了承くださいませ。

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...