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5  第二王子とは?

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「誰だ、お前は!?」

 ボルバー様が椅子から立ち上がり、謎の介入者を指差して続ける。

「この俺が侯爵令息だとわかっていて、そんな口をきいているんだろうな?」
「それはこっちの台詞だ」

 フードを被った人物は、そう答えてゆっくりと顔を上げた。
 顔がわかるかと思いきや、口や鼻も外套と同じ色の茶色の布で覆い隠しているので目だけしか見えない。

 声や体型は男性のように見えるけど、目だけ見ると女性のようにも思える。

 吊り目気味のぱっちりとした二重の大きな目で、瞳の色は私の国では存在しないと言われている赤色だ。

「……瞳の色がとても綺麗ですね!」
「あ、ありがとう」

 感動して思わず呟くと、表情を緩めたのか先程まであった眉間の皺がなくなった。

「一体、何だと言うの?」

 オブリー公爵夫人が謎の人物に目を向けると、なぜか素早くフードを目深にかぶってしまい、また、表情がわからなくなった。

「まあ、薄気味が悪い。この国のカフェにはこんな得体のしれない人間も入れるのね」

 公爵夫人が奥義で口元を隠しながら鼻で笑う。

 別に服装指定があるわけじゃないし、不審者と疑ってしまうのはしょうがないにしても、フードを目深に被って、口や鼻を覆い隠しているくらいで馬鹿にするものではない。

「他国の公爵夫人も自由に歩ける国ではありますし、武装していなければ犯罪者以外は入国できますからね」
「まあ、怖い国ね。それに、そこの方が犯罪者の可能性だってあるわよね。取り締まったほうが良いのではないかしら」

 この国の治安は安定しているし、人の多い繁華街でも昼間はスリなどもない。
 平和ボケしている国と言われてしまったら、それは間違っていないと思う。

 でも、不倫している人にああだこうだと言われたくないわね。
 不倫は犯罪ではないけれど、民法上では不法行為であって褒められたものではないのよ。
 それは、介入者のもそう思ったようだ。

「公爵夫人のくせに堂々と浮気している人間に言われたくないな。あなたは自分の立場というものを理解していない」
「公爵夫人だからこそできることがありますのよ?」
「公爵夫人だからといって、何をしても良いと思っているのか?」

 口や鼻を覆っていた布を指で緩めて、声が通りやすくしてから介入者は尋ねた。
 
 というか、この人、公爵夫人相手に敬語を使っていないんだけど大丈夫なのかしら。
 私がドキドキしてきたわ。

 私が心配になるくらいだから、公爵夫人がこの態度に引っかからないわけがない。
 公爵夫人は彼女に冷たい口調で尋ねる。

「あなたこそ公爵夫人に対して、そんな態度を取っても良いと思っているの?」
「取っても良い人間だから大丈夫だ」
「そんなわけないでしょう! 公爵夫人に偉そうな態度を取っても良い人間なんて公爵以外に誰がいると言うの!? たとえいたとしても、本当に限られた人間しか無理ですのよ!」
「その限られている人間の中にがいるんだ」
「そんな人間がこんな田舎みたいなところにいるわけがないでしょう!」

 公爵夫人は興奮しているのか、立ち上がって叫んだ。

 あなただって、現在、ここにいるじゃないですか。
 と、ツッコミたいところではある。

 でも、公爵夫人と介入者の会話がこのままどうなっていくのか、黙って聞いておくことにする。

 すると、公爵夫人を怒らせたことが気に入らないのか、大人しくしていたボルバー様までもが何やら文句を言い始める。

「おい、目上の人間に向かって失礼だろ! 顔を隠しているからって許されるものじゃないんだぞ! その薄汚いフードを取れ!」
「取ってもいいけど、後悔するぞ」
「うるさい!」

 ボルバー様がテーブルを回り込み、介入者の前に立つと、フードを脱がそうと手を伸ばした。 

 その手を払った介入者が低い声で凄む。

「やめとけ。痛い目に遭いたくないなら触れるな」
「痛い目に遭うってどんな目にあうんだよ!?」
「お前は馬鹿なのか?」
「ば、馬鹿じゃない! 俺は全ての女性に愛される男だ!」

 いや、ここに愛してない女性がいますが。
 おかしいわね。

 私、女性じゃなかったんだっけ?

「全ての女性って……、どこから、そんな自信が湧いてくるんだよ」

 大きなため息を吐いたあと、介入者は椅子の背もたれに体をゆだねて足を組んだ。
 その態度が余計にボルバー様の怒りに火を点けてしまった。
 触るなと言われたのに、また、ボルバー様が介入者に手を伸ばした時だった。

 ガタガタという音と共に、介入者がいるテーブルの近くに座っていた人達が一斉に立ち上がった。
 それに驚いたボルバー様は伸ばしていた手を引っ込めて、オドオドした様子で周りを見る。

「い、一体、何なんだ? 何が起こったんだ!?」
「大人しくしていれば怖い思いをせずに済んだのにな」

 そう言って介入者はフードを頭の後ろに押しやり、口を隠していた布を顎の下におろして、顔を見せた。
 漆黒の短髪に、前髪は長めで目にかかるかかからないかといったところだ。
 顔は女優かと思ってしまうくらいに整った顔立ちをしている。

 こんな美少女も自分のことを俺と言うのね。
 ちょっと、ボーイッシュな感じなのかしら。

 そう思った時「ひっ」と公爵夫人が悲鳴を上げた。

 一体、どうしたのかしら。
 まさか、死んだ人が蘇ったとかじゃないわよね。

 だから、公爵夫人に偉そうな態度をとっても許されるとか?

 ――そんなわけないわね。

「どうかされましたか?」
「あ、あ、あ、あなたは!」

 私の問いかけを無視をし、公爵夫人は美少女を見つめて叫ぶ。

「あ、あ、あの、赤い瞳は……っ」
「赤い瞳がどうしたんですか?」

 とても綺麗だけど、何か、驚くような理由があるのかしら。

「赤い瞳はリシャード王国の王家の血をひく方しか存在しないと言われていますよ」

 言葉を紡げない公爵夫人の代わりに、隣のテーブルに座っていた女性が教えてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 赤い瞳は他国の王家の血をひく人しかいないですって?
 
「……と、いうことは」

 あまりの驚きに、それ以上言葉を発せずにいると、ウェーブのかかった金色の髪を持つ、柔らかな面立ちの女性が、少し離れたテーブルから近付いてきて教えてくれる。

「あちらにおられる御方は、リシャード王国の第二王子、セナ殿下でございます」
「……お、王子、ですか? 王女ではなく?」

 どうでも良いことを聞き返してしまった。

 すると、セナ殿下が立ち上がって叫ぶ。

「よく女性と間違えられるけど、俺は男だ! 女性じゃない!」
「も、申し訳ございません!」

 慌てて立ち上がって、頭を下げて謝った。

 というか、どうして隣国の第二王子がこんなところにいるのよ!?

 公爵夫人といい、この国って他国の偉い人がお忍びでくるような場所でしたっけ?
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