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1  家族とはなんなのか

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「アーティア様! 重いものを運ぶ時はわたくし共にお任せくださいませ!」

 屋敷の裏口付近に積まれていた、緑や赤の綺麗な色合いの野菜が入った木箱を運んでいると、3年近い付き合いであり、調理場担当のメイドのソワラが慌てた顔をして近寄ってきた。

「いいのよ。これくらい運べるわ。私の腕についた筋肉を見てちょうだい!」

 ポニーテールにしたダークブラウンの髪を揺らして微笑むと、メイドはもっと困り顔になった。

 そんなことは気にせずに、持っていた木箱を地面におろし、白いブラウスの袖をめくりあげて、二の腕についた筋肉を見せた。

 胸のあたりまである長い髪を2つに分けて三つ編みにしたメイドのスワラは、二重のぱっちりとした大きな目を細めて眉根を寄せる。

「すごいとは思いますが、貴族の女性がそんなことを自慢するものではありませんよ」
「私は貴族の家に生まれただけで、育ちは貴族じゃないわ。というか、家族には使用人と思われているしね」
「アーティア様は使用人ではありません。侯爵令嬢です! こちら、わたくしが持っていきます!」

 スワラは地面に置いていた木箱を持ち上げると、調理場に向かって歩いていく。

 そんな彼女の背中に苦笑しながら、「ありがとう」とお礼を言った。

 レモンズ侯爵家の長女である私、アーティアは物心付いた時には家族から使用人扱いされていた。
 その理由は私を生んだ母が、平民の男性と駆け落ちしたからだという。

 それって私が悪いのかしらと文句を言いたくなる理由よね。

 使用人達はその話は嘘だと教えてくれるのに、なぜ、お母様が出ていったのかは教えてくれない。
 
『幼い子供を残して出ていく母親なんて、ろくな人間じゃないのでしょうね』

 なんてことを言うと、皆は悲しそうな顔をするから、何か事情があるのだろうとは思う。

 いなくなったお母様のせいなのか、お父様から目の敵にされている私は、子供の頃はろくに食事を与えてもらえず、骨と皮に近かった。

 仕事場が調理場担当に変わってからは、見兼ねた料理人がこっそりまかないを分けてくれたり、余り物をくれたりして、少しずつ痩せすぎから、痩せていると言われる体型になってきた。

 髪や肌は手入れをしていないから傷んでいるし、夜遅くから早朝以外は毎日、使用人として働いているせいで、顔に生気がない。

 でも、食事ができているだけで幸せだと思っている。

 お父様は、お母様が出ていって少ししてから再婚し、その1年後に腹違いの妹のアフォーレが生まれた。
 
 目が細く吊り目気味で、金色の綺麗な髪をいつもツインテールにしているアフォーレは、将来は美人確定という顔立ちをしている。

 そんなアフォーレは勉強が大嫌いで、学園の宿題を私にやらせるのが日課だった。
 といっても、最初は無理だった。

 いくらアフォーレより年上でも学園に通っていなかった私は、文字の読み書きさえ出来なかった。
 だから、宿題をやれと言われてもどうしようもなかったのだ。

 一瞬、教科書に落書きしようかと思ったけど、お父様には殴られるのでやめておいた。

 文字の読み書きができないと言うと、アフォーレは泣き叫んだ。

「文字の読み書きができるようになってよ! 私の宿題をやってもらわないといけないのよ!」
「そうだよ。僕の宿題もやってほしいな」

 近くにいた継母の連れ子であるカバードもアフォーレのワガママに同意した。
 
 お父様達も二人のワガママを認めたせいで、二人のために雇った家庭教師は私の家庭教師になった。

 ただ、その時にふと思った。

 宿題を私にやらせているのでは、宿題の意味がないのではないだろうかと。

 そう考えた私は「自分達でやったほうがいいわ」と何度も伝えた。

 それでも、無駄だった。

 二人の家庭教師は勉強をしたがらないアフォーレ達よりも熱心に勉強する私を評価してくれた。

 二人共、良識のある人達だったので、読み書きから根気よく教えてくれた。

 それだけじゃなく、時間外には礼儀作法も学ぶことができた。

 というのも、先生達が伯爵夫人だったからだ。
 私の礼儀作法が貴族の令嬢として目も当てられないと言い出しま、自ら申し出てくれた。

 長く通えば通うほどに、私が家族からレモンズ家の娘という扱いではなく、使用人扱いされていることに二人は気が付いた。

 いつも、黒のメイド服をきていたし、見た目に華やかさもなかったから、ずっと気になっていたらしい。

 二人はお父様に抗議をしてくれた。
 でも、彼女達に求められているのは、私を守ることではなく、勉強を教えることであって、他人の家に干渉するなと激怒された。

 このままクビになれば、私を守れなくなってしまうと考えた二人は、その時はお父様に謝罪をし、私の家庭教師を続けたいと頭を下げた。

 二人には本当に感謝している。

 私が17歳になり、アフォーレが12歳になった今でも、宿題というものは存在している。

 先生に聞いてみると、最終学年までは宿題が続くそうだ。

 お父様は文字が読めるようになったのであれば、自習すれば良いだろうと私と先生達に言った。

「私達がいなくなれば、アーティア様が代わりにやった宿題の答えが合っているかどうか確認できなくなりますが、それはよろしいのでしょうか」

 先生達に反論されたお父様は、家庭教師を継続することを、渋々ではあったが承諾した。

 お父様はアフォーレ達を溺愛している。
 宿題の答えが間違っていて、子供達の評判が悪くなることは絶対に避けたいみたいだった。

 ただ、問題は起きた。
 宿題は私がやり、家庭教師も私につけられている。
 そのため、アフォーレ達のテストの点数が酷くて目も当てられなかった。

 全教科の平均点が20点では、家庭教師の手腕が疑われるところだ。

 でも、二人共にそこは抜かりはなく、社交場には一切姿を見せない、レモンズ家の長女の家庭教師であるとアピールしている。
 
 二人の夫も社交場で、わざとお父様に話しかけて、周りに聞こえるように大きな声で私の名前を出して褒めてくれているらしい。

 次期当主であるカバードのテストの点数の悪さについては、お父様は学園側の不正だと言っているのだから呆れてしまう。

 点数が良くなっているならまだしも、不正をして点数が悪いってどういうことなのよ?

 というのが、多くの貴族が思っていることだ。

 でも、お父様はそんなことは気にしていない。

 いや、違うわね。
 気にしないようにしているみたいだった。

 私からすれば、どうしてそこまでカバードを甘やかすのかわからない。

 この家を潰したいのかしら?

 元々、この家は私にとっては伯父にあたる、お父様のお兄様が継ぐはずだった。
 でも、伯父様は病気で亡くなってしまい、次男であるお父様が後を継いだ。

 そして、カバードとアフォーレの母であり、私にとっての継母であるパララー様と再婚した。

 パララー様は伯父様の妻だった人だ。

 伯父様が生きている間は、あまり関わることがなかった。
 でも、亡くなってから、お父様とパララー様の距離は一気に近づいた。

 どちらから先に近づいたのかはわからないが、気がついた時には結婚していた。

 子供の時のことだから、覚えていなくてもしょうがないわよね。

 カバードは伯父様の子供なのだが、お父様が若かりし頃の外見によく似ている。
 ダークブラウンの髪に同じ色の瞳で、鼻筋の通った美形タイプだ。

 顔は良いけど、性格は最悪だった。

 一つ年下のカバードはいつもヘラヘラと笑っていて、子供みたいな嫌がらせをよくしてくる。
 今日もそうだった。

「おい! 見てみろよ、これ!」

 ポーチの掃除をしていると、カバードが白い紙を手に持って現れた。

「……どうかしたの?」

 敬語を使えと言われているが、私だってこの家の娘だ。
 わざわざ弟に敬語を使うのが馬鹿らしいので、姉が弟に話すように聞き返した。

「見ればわかるだろう! お前の婚約者が決まったんだ」
「……はあ」

 何を馬鹿なことを言っているのよ。
 私にそんな人が見つかるわけがないでしょう。

 私よりも少し背の高いカバードは、紙を持っている手を高く上げて笑う。

「気になるだろう!? でも、見せてやらないからな! 見たいのなら、この僕から奪ってみせるんだな!」
「はーい」

 元気な返事をして、軽くジャンプをした。
 自分で言うのもなんだが、運動神経には自信があるのだ。

 ひったくるように彼から白い紙を奪う。

 こういう時は、ヒールの低い靴がやっぱり動きやすいわね。

 奪ってみろと言ったくせに、カバードは信じられないといった様子で私を見つめる。

「な、なんて野蛮な女なんだ!」
「正確に言えばいとこなんだから、多少はあなたにも野蛮な血が流れていると思うわよ」
「ち、違う! お前の母親が野蛮なだけだ! 俺にはそんな血は混じっていない!」
「……好きなように言えばいいわ」

 伯父様のことはお葬式で顔を見たくらいだから、ちゃんとした顔を覚えていない。

 父親が一緒だなんて、馬鹿なことはありませんように!

 暗くなった気持ちを振り払い、紙に書かれてある内容に目を通す。
 すると、その紙には信じられないことが書いてあった。

「わ、私に婚約者ですって!?」
「ああ、そうだ! っていうか、さっきも言っただろ! まあ、いい! お前はその男のところに嫁に行くんだよ! 今までみたいな暮らしが続けられると思うなよ!」

 カバードは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

 今までみたいな暮らしができると思うなと言われても、嫁に行ってまでメイド生活はしたくないし、それはそれでいいんだけどね。

 家族とは助け合うものだと思っていた。

 でも、私は家族から馬鹿にされ冷たくあしらわれている。

 こんな人たちは、家族と思わなくても良いわよね。

 私にもいつか、本当の家族が見つかるのだろうか。
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