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4  第二王子からの誘い

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 ルディ殿下を見送った後に、メイドに今日の日付を聞いてみたら、私は丸一日以上眠らされていたのだとわかった。
 
 メイドの話では、リナ様は旅行に出かけていたけど、昨日のうちに眠った状態で屋敷に帰ってきたのだと言う。
 私を抱えていたのは、ルディ殿下の言っていた付き人で、私をリナ様の部屋に運んだあとは、仕事を辞めると言って出ていったのだそうだ。

 ちなみに、ルーナ様はリナ様が旅行に出かけていたことは知らなかったみたい。
 姉妹仲は良くないようで、一方的にルーナ様がリナ様に絡んでいるようだった。
 そして、リナ様と仲の良かった侍女が、今日から休みを取っているという話も聞いた。

(もしかしたら、本物のリナ様の元へ向かっているのかもしれないわね)

 部屋に帰ったあと、記憶喪失になった理由は、旅行先で頭を打ったということに決めた。

(昨日は眠りっぱなしだったみたいだから、そんな言い訳でも何とかなるでしょう)

 魔法で眠らされている間は、時が止まっているような状態だから、お腹も減らないし、排泄行為もないのだとルディ殿下……ではなく、ルディが教えてくれた。

(王子様を呼び捨てにする日が来るだなんて思いもしなかったわ)

 その日は、部屋でずっと大人しくしていた。
 ルーナ様がやって来たけど、扉を開けなかった。
 しばらく、ルーナ様は部屋の前で暴れていたけれど、メイドや侍女に宥められ、渋々といった感じで帰っていった。



*****



 次の日、昨日と同じ時間帯に石に魔力を流すと、またリナ様と会話することができた。
 ただ、鏡の向こうのリナ様は話す前から、なぜか泣いていた。

「一体、どうされたんですか」
「一人じゃ眠れないの」
「はあ?」
「いつも侍女に手を握ってもらいながら寝ていたから眠れないんです!」
「ふざけないでください! それにそんなことになるくらいなら、最初からその侍女をどうして連れて行っていないんですか!?」

 苛立ちながら確認すると、リナ様は泣きながら叫ぶ。

「こっちに向かってもらっているところなんです。だから、全然眠れなかったんです。それに、ベッドはとても硬くて背中が痛いです」
「文句ばかり言わないでください! 嫌ならこっちに帰ってきてくださいよ! それに、どうしても眠くなったら勝手に眠れますから、ご心配なく!」

 投げやりに答えると、リナ様は体を震わせながら話しかけてくる。

「……あの、リナリー?」
「なんでしょうか?」
「私のことはリナと呼んで下さい。敬語も使わなくて良いです。さすがに、あなたやあなたの家族に悪いことをしているという罪悪感はありますから」
「でしたら、今すぐにこんな馬鹿なことはやめてください!」
「それはできません!」

 リナ様は目に涙を溜めて、私を睨みつけた。

(そんなに嫌なら、本人の前で暴れて拒否してみたら良いのに!)

 私が睨み返すと、リナ様はびくりと大きく体を震わせて俯いた。

「ごめんなさい。あの、リナリー、私もずっと屋敷にとじこもっている訳にはいきませんから、あなたのいつもの話し方や行動を私に教えて下さい」
「外に出るおつもりですか?」
「はい。庶民の暮らしを見てみたいんです」

 リナ様は顔を上げて目を輝かせた。

(遊びじゃないのよ! 家族を人質にとられている人間の心情を考えてよ!)

 叫びたくなる気持ちを抑えて、私はいつもの話し方をリナ様に伝えた。

 この日は、記憶喪失のふりをすること、私がリナ様のことをリナと呼び、敬語はやめること、それから、アルフレッド殿下についての話を少ししただけで終わった。

 リナがなぜ、アルフレッド殿下との婚約を破談にしたいかというと、アルフレッド殿下が人がいないところでリナを小馬鹿にしてくることや、女性好きだということが原因らしい。

 まずは私がアルフレッド殿下に会ってみないと、どんな方かはハッキリとはわからない。
 人を噂で判断するのは良くない。

(自分の目で確かめてみないといけないわ。今のところ、完全に信用できる人がいないのは辛い)

 時間は無駄には出来ない。
 早速、アルフレッド殿下と会う約束を取り付けることにした。

 アルフレッド殿下は婚約者のためなら時間を作ろうと言ってくれ、三日後の昼過ぎに王城で会うことが決まった。
 だから、その日までの間は、ボロが出ないように部屋に閉じこもっていた。
 ルーナやリナの兄が絡んできて面倒だったけれど、部屋から出ないことでやり過ごした。

 そして当日、私は生まれて初めて登城することになった。
 馬車の窓から見えたお城は白亜の綺麗な造りで、お城の周りには三角屋根の丸い塔が何本も見えた。

 着慣れないピンク色のプリンセスラインのドレスに身を包んだ私は、馬車から降りると。アルフレッド殿下の側近の一人に迎えられた。
 アルフレッド殿下の側近は愛想のない人というよりか、リナを小馬鹿にしているようで、私がカーテシーをしても軽く頭を下げただけだった。

 アルフレッド殿下の部屋まで案内してくれるという彼の後に付いて、広いお城の廊下を歩いていると、白くて大きな二枚扉の部屋の前で、側近の足が止まった。
 部屋の扉が少し開いていて、部屋の中から誰かが話す声が聞こえてきた。

「可愛さでいえば、やはり、ルーナだよな。腕を掴まれて上目遣いでお願いされてしまうと、何でもお願いを聞いてあげたくなってしまうよ。ルディはどう思う?」

 私に話の内容を聞かれてはまずいと思ったのか、側近が慌てて扉をノックしようとした。
 それを扉の左右に立っていた兵士が止める。

「ルディ殿下から、良いと言うまでは、このままにしておくようにとの命令を受けております」

 そう言われて何も言えなくなった側近は、罰が悪そうに私を見る。

「かまいませんよ」

 笑顔で応えてから、二人の会話に聞き耳を立てることにした。

「俺はルーナのことは正直に言えば苦手です。ベタベタくっついてくる女性は苦手なんですよ。それなら、最近のリナのほうが俺は良いと思います」
「へえ、そうなのか? リナは記憶喪失とかいうわけのわからないものになったんだって?」
「旅行先で事故にでも遭ったのでしょう。責任を取って、彼女の侍女たちが暇をとっています」

 ルディは一度言葉を区切り、間をおいてから話を続ける。

「ただ、今のリナは兄上の好みではないかもしれません」

(ルディはこの会話を私に聞かせて何がしたいのかしら?)

 ルディの真意がわからなくて、もう少し話を聞いておくことにする。

「うーん。リナは人としての魅力がないよな。彼女は公爵家に生まれて本当に良かったと思うよ。平民だったなら誰も彼女を嫁にもらわないだろうし、ちやほやしたりしないだろう?」 
「どうでしょう。リナのような女性を好きだという人もいるとは思いますよ。ただ、リナもルーナも自分のことしか考えていないので困ったものですが」
「おいおい、ルディ。別に自分のことを優先することは悪いことじゃないだろう?」
「それはそうかもしれませんが、上に立つ人間は他の人間のことも考えないといけません。特に兄上は、いつかは王になるんですから」

 ルディが言うと、アルフレッド殿下は鼻で笑った後に応える。

「そうだ。僕が国王になるんだ。でも国民は僕が幸せなら、自分たちが苦しもうが幸せだろう? 国民が苦しむ分、俺は幸せになってやらないとな」

(え? 何言ってるの、この人? 別にあなたに不幸になれとは思わないけど、自分が苦しんでまで、あなたに幸せになってほしいとまでは思っていないと思うんだけど?)

 アルフレッド殿下の発言にドン引きしてしまったため、これ以上、話を聞いているのも馬鹿らしくなった。
 だから、兵士が制止するのを振り切って、扉を静かに閉めてから、部屋の扉を叩いた。

 返事がしてから少しすると、中から扉が開き、顔を出したのはルディだった。

「やあ、リナ。兄上、リナが来ましたよ」
「ああ、いらっしゃい、リナ」

 ルディに中に通してもらうと、アルフレッド殿下らしき人がソファに座ったまま、声を掛けてきた。

「本日はお忙しい中、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

 カーテシーをすると、アルフレッド殿下は呆気にとられた顔をして私を見た。

 失礼になるので、部屋の中を見回すことはできなかった。
 でも、パッと見た限りでも、部屋の広さはリナの部屋よりもかなり大きくて、豪華な調度品もたくさん置かれていた。

 アルフレッド殿下に視線を戻すと、ルディと兄弟なだけあって、美青年だった。
 髪色と瞳の色はルディと同じだけど、ルディよりも目は大きくて、どこか幼く見える。
 たしか、ルディが18歳でアルフレッド殿下は20歳だとリナから教えてもらった。

「あの、何かありましたでしょうか?」

 なぜか凝視されているので尋ねると、アルフレッド殿下は満足そうな顔をする。

「そうか、リナ。俺のために頑張ってくれているのだな」

(え? 何をですか? もしかして、婚約を破談したがっている話をルディから聞いたってこと?)

 困惑していると、アルフレッド殿下は立ち上がって、私のところへ歩いてくる。

「どうしたんだリナ。もしかしてさっきの話を聞いていたのか? 怒らないでくれ。冗談だよ冗談」

 アルフレッド殿下は、ルディよりも背が高くてスラリとしている。
 前髪は横に分けていて、とても爽やかそうな見た目だ。
 私の手を引き、アルフレッド殿下は、さっきまで自分が座っていた場所に私に座るように促した。
 そして、私が素直に座ると、私の体に密着する形で横に腰を下ろす。

「今日は顔色も良さそうだし、化粧もしているのかな? いつも可愛いと思っているけど、今日は一段と可愛いよ」
「ありがとうございます」

(嘘つかないでよ! さっき、リナの悪口を言ってたじゃないの! しかも、何で体をくっつけてくるの!?)

 私の向かい側に座ったルディをちらりと見る。
 すると、ルディが言葉には出さずに「かお」と口を動かした。
 よっぽど、私は嫌そうな顔をしているらしい。

「リナ、どうかしたのか?」
「あ、いいえ」

 アルフレッド殿下に尋ねられて、何とか笑顔を作った。

 婚約を破談にするためには相手を知るべきかと思って、ここまでやって来たのは良いものの、はっきり言って、アルフレッド殿下のことをこれ以上は知りたくないと思った。

(何か、もう帰りたい。王太子殿下がこんなふざけた人だったなんて。巻き込まれたことには納得いかないけど、リナが結婚を嫌がる気持ちもわからないでもない)

「今日は僕に会いに来てくれたんだよね?」
「いえ、なんといいますか……」

 返答に困っていると、見かねたルディが話題を振ってくれた。

「リナは今日は兄上に何の話をしに来たの? もしかして、もうすぐ王城で開かれるパーティーの話かな?」
「え!? あ、はい、そうなんです。アルフレッド殿下はどんな姿でいらっしゃるのかなぁ、なんて」

 そんなパーティーがあるなんて知らない。
 でも、せっかくなので話題にのってみることにした。

「もしかして、リナは僕と一緒にパーティーに出席するつもりだったのかい? いつもは、ルーナに譲っていたよね?」

(は? ちょっと、どういうこと?)

 ルディに助けを求めて視線を向けると、ルディが代わりに応えてくれる。

「その確認に来たんだと思います。どんな姿で来るか聞いたのはルーナに教えるためでしょう」
「ルーナに?」

 アルフレッド殿下はあからさまに嬉しそうな顔になった。
 アルフレッド殿下というのは長いから、心の中で呼ぶ時はアル殿下に短縮することにする。

「はい。パートナーでしたら、服装は合わせたほうが良いでしょうから」
「いや、でも、僕の婚約者は君だし、今回は君と行こうかな」
「気になさらないで下さい。殿下とルーナはお似合いですよ?」

(自分のことしか考えていないというところは、二人に共通してるものだもの)

「そうかな? でも、そうなると君は誰と行くんだ? また、パーティーには来ないつもりか?」
「えーっと、そうですね」

(パーティーに行けば、アル殿下の浮気現場を押さえる事ができるかしら? それで婚約破棄に持っていく? でも、そうなると、私のパートナーが必要になる)

「リナ、良かったら、俺と行かないか」

 私の考えを読み取ったかのように、ルディが笑顔で私を誘ってきたのだった。
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