犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ

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22 許せない発言

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 次の日、バイトに出勤した私は制服に着替えたあとすぐに店長のところへ言って謝罪をした。

「店長、本当にごめんなさい! フレシア様に店長の情報を少しだけ教えちゃいました」
「フレシア様? ああ、ビアラちゃんの元婚約者を奪ったとかいう、あの子か」

 店長には色々とお世話になっているので、婚約破棄の件も話はしていた。
 そして以前、フレシア様と話をしてから、彼女が必死にお店に通っているということもあり、店長もフレシア様のことはしっかり認識しているようだった。
 私がフレシア様に伝えた内容を教えると、店長は笑顔で首を横に振る。

「それくらいのことなら全然気にしなくていいよ。さすがに家の住所とか教えられてたら困るけどさ」
「でも、店長。彼女だったら、自分の家の人に頼んで、店長の後をつけさせるとかやりかねないですよ」
「え? そんなに怖い子なの、彼女?」
「普通ではないです」

 店長に答えた時だった。
 開店時間が近付いてきていたので、店の扉の鍵を開けていたのが駄目だったらしい。
 カランカランと扉につけているベルの音が鳴り、店に誰かが入ってきたと思うと、私にとってはかなり聞き覚えのある声が聞こえた。

「おい、レンロードって奴を出せ!」

 レンロードというのは店長の名前で、声の主はフェルナンディ卿だった。

「レンロードは私ですが何か御用でしょうか」
「おい! お前、俺のフレシアに何をしたんだ!」

 店の奥の厨房から私とバイトの同僚であるメティ、そして料理担当の男性とで覗いてみると、フェルナンディ卿が店長に食って掛かっていた。

「何をしたかと言われましても」
「フレシアが、今、お前と俺の間で心が揺れているって言い出したんだ!」

 ちょっと、フレシア様。
 別れるって決めたならまだしも、迷っている段階でフェルナンディ卿に相手の名前まで教える必要はないでしょう。
 
 心の中でツッコんでいると、メティが私に問いかけてくる。

「フレシアって名前の子、店長目当てで来てる女の子のことよね?」
「そうだけど」
「ちょっと馬鹿っぽいなぁって思ってたけど本当に馬鹿なんだね。貴族じゃないのかしら。私たちと同じ平民?」
「いいえ」

 フレシア様は伯爵令嬢です。

 しみじみ言うメティを見て吹き出しそうになるのをこらえたあと、店長のほうに視線を戻す。

「じゃあ、あなたが頑張って、あなただけ見てもらえばいいんじゃないですか?」

 店長が正論を返すと、フェルナンディ卿は叫ぶ。

「どうして俺がそんな努力をしないといけないんだよ!? 今まで何もしなくても、フレシアは俺が好きだったんだぞ!?」
「無茶苦茶なことを言ってるわね」
「ヤバいわね」

 思わず口に出した私にメティも頷いた。

「努力が必要になったということではないでしょうか。今があなたのステップアップの時なんだと思います。頑張って下さい」
「ス、ステップアップ?」
「よりお客様が、フレシア様に愛されるための試練だと思って頑張ってみるのはいかがでしょう」

 店長がとびきりの営業スマイルを見せると、フェルナンディ卿は静かに頷く。

「そ、そうか、フレシアは俺に愛の試練を与えているんだな!」
「そうですよ、お客様。頑張って下さい! 申し訳ございませんが、まだ開店前ですので本日はお引取りいただけますでしょうか」
「わかった! あんたは思ったよりもいい奴だった。フレシアが名前を出すだけあるな!」

 フェルナンディ卿は満足そうに頷くと「邪魔したな」とだけ言って謝罪もなしに店を出て行った。

「あれって、ビアラちゃんの知り合い?」

 店長がため息を吐きながら厨房に戻ってくると、私に尋ねてきた。

 最悪だわ。
 あんなのが噂の元婚約者だなんて言いたくない。
 でも、言わないといけないわよね。

「知り合いといいますか」

 なかなか踏ん切りがつかなくて口ごもっていると、ドンドンと扉が叩かれた。
 そして、フェルナンディ卿の声も聞こえてくる。

「おい、ビアラ! また父上の借金が増えそうなんだ。金の融通を頼む。お前のせいなんだからな」
「何を言ってるのよ! 馬鹿じゃないの!?」

 相手にしなければ良かったのに、あまりにも腹が立って返答してしまった。
 本当に私も馬鹿だ。

「馬鹿だと!? 元婚約者だからって偉そうに言いやがって! そんなんだから家族が殺されるんだよ! 自業自得だ!」
「このクソ野郎!」

 一気に頭に血が上ってしまい暴言を吐くと、店の奥から出ていき、扉を開けてフェルナンディの頬を握りしめた拳で殴った。

「な、何するんだよ!」
「いい? 私にはディランがついてるんだからね! 彼は公爵令息よ。彼に頼めばあんたなんてすぐに学園からいられなくなるわよ!」
「うっ……」

 フェルナンディ卿は殴られた頬を押さえながら、後退りすると走って逃げていった。

 ああ、もう最悪だわ。
 使いたくなかったのに、ミーグスの名前を使ってしまった。
 ミーグスに謝らないと。

「ビアラちゃん、もしかして、あいつが噂の元婚約者なの?」
「そうなんです」

 店長に聞かれ、私は痛む拳をさすりながら頷いた。
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