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11 アルバイト先での出来事
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ミーグスがホーリルに脅しをかけてから一週間ほどは、恋人のふりという厄介な設定以外は、今まで通りの平穏な暮らしに戻れていた。
でも、馬鹿が短期間で、そういきなり賢くなるわけもなかった。
それは学園が休みの前日の夕方のことだった。
フレシア様が私のバイト先に押しかけてきたのだ。
学園に登園日の隔日の放課後の数時間だけ、私は学園近くにあるカフェでウェイトレスのアルバイトをしている。
学園はアルバイトを基本は禁止しているけれど、金銭面で学園生活が厳しくなる生徒もいるため、申請すれば学園側がアルバイト先を紹介してくれる。
学生の学業を優先しつつ働かせてくれる場所しか学園側は紹介しないため、入りたい時間なども融通がきくので、とても助かっている。
「ミゼライトさん、あなた、ホーリルには慰謝料を払ったみたいだけど私にはくれていないわよね」
「何の話をされているのかわかりません」
「ホーリルに渡したように、我が家にも慰謝料をくださいと言っているのよ!」
ホーリルの奴、ミーグスに私に近付くなと言われたからフレシア様を使うことにしたのね。
あ、いや、違うわね。
彼女もお馬鹿さんだった。
だから、訳がわからないことを平気な顔をして言いにこれるのだ。
店に入ってくるなり、私に詰め寄ってきたフレシア様に対して、もう何度目かはわからない呆れを感じながら答える。
「フェルナンディ子爵令息に私は慰謝料なんか支払っていません。寮費と学費を返しただけです。あと、それでしたら、私もフレシア様に慰謝料を請求したいところです」
「どうして?」
「前にもお伝えしましたが、私とフェルナンディ子爵令息が婚約中に、あなたは彼と恋愛関係にあったってことですよね?」
「そうよ! 純愛のね!」
「あの、それって私からフェルナンディを奪ったということになりませんか?」
本当はこんなことを思っていないけど、彼女に自分が何をしたかわかってもらわない限り、このまま店に通われることになっても困る。
少しでも分かってもらおうと思って尋ねると、フレシア様は目を何度も瞬いたあと、大きく首を傾げた。
「それって、ホーリルの私への愛が純愛だからってことよね」
「いや、あなたとフェルナンディ子爵令息の仲がどうだっていいんですよ。純愛なのはわかりました! ですが、慰謝料ってどういう場合に払うのか知っておられます?」
「相手に苦痛を与えた時なんでしょう。それくらいは知っているわ」
「簡単に言えばそうなのかもしれませんから、その意味で良いとして、婚約者に突然、婚約破棄されて不愉快にならない人っていますか?」
「ホーリルだって言ってたじゃない。あなたが婚約者だから私と婚約できないから困るって。私だってそうだったわ」
もしかして、私という婚約者がいたから、自分たちが自由に恋愛できなかった、って言いたいのかしら。
本当に話が通じない!
思わず声を荒らげた私の所へ、店長が心配そうな顔で近付いてきて話しかけてくる。
「ビアラちゃん、話が聞こえちゃったから言うけど、こういう類は相手をしても無駄だよ。俺が相手をするから君は仕事に戻って」
「あ、ありがとうございます」
私が働いているカフェの店長は20代前半、高身長の爽やか青年で、彼を目的にこのカフェを訪れる人も多い。
整った顔立ちの店長は笑顔がとても可愛らしく、彼の顔を見るだけで癒やされるという女性もいるらしい。
けれど、私は店長の顔を見ても素敵な人だなと思うだけで、そんなに動揺しなかった。
毎日の様に私の隣にはミーグスという、やたら顔の良い男性がいるからだ。
普通の女子なら骨抜きになるような店長からのスマイルを受けても私は全く動じない。
そういう所が店長に気に入ってもらえて、私は採用してもらえた。
酷い時は店の女の子に付きまとわれたから、できれば、自分に興味のない女性をさがしていたんだそうだ。
「ビアラ、大丈夫か?」
フレシア様を店長に任せて歩き出すと、一学年上の先輩であるベン先輩が私に話しかけてきた。
「大丈夫です。騒がしくしてしまって申し訳ございません」
「いや、いいんだ。それよりさ」
「あ、オーダーですか? お聞きします!」
「え、まあ、オーダーもそうなんだけど、ビアラに話があって」
「なんでしょう?」
私が笑顔で尋ねた時だった。
店の扉に付いているベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃ」
店の出入り口を見て、入ってきたメンバーを確認すると、私は思わず言葉を止めて表情を歪めた。
「……どうかしたのか?」
「あ、いえ」
私の表情が厳しいものになっていることに気がついたのか、ベン先輩が尋ねてきたので曖昧な答えを返した。
入ってきたのは学生服姿のミーグスたちだった。
ここでバイトしている話はしていたのに、どうして来るのよ!?
「あれ? あの男性ってミーグス公爵令息じゃないか?」
ベン先輩に尋ねられた私は営業スマイルを忘れ、仏頂面で答える。
「はい。あと、クラスメイトの二人です」
私に気が付いた三人は、私の元へやって来ると話しかけてきた。
「そんなに嫌そうにするなよ」
「いらっしゃいませ~」
クラスメイトに気のない挨拶をすると、ミーグスが聞いてくる。
「好きな所に座っていいの?」
「それはかまわないんだけど、フレシア様が来てるわよ」
「フレシアが?」
「今、店長がバックヤードに連れて行って話を聞いてくれているわ」
トレイで口元を隠してミーグスと話をしていると、ベン先輩が落ち着かない様子で私に話しかけてきた。
「あの、ビアラ、注文、いいかな?」
「もちろんです! 失礼いたしました」
大きく頷いて確認すると、ベン先輩はここに来るたびにいつも頼むコーヒーセットを頼んだ。
コーヒーと何かを頼んでセットにすると、日替わりでちよっとしたお菓子が付いてきてお得だからだ。
「ちょっと、あなたたちも空いている席に座って何か注文してよね」
店内がそんなに混んでいないから、私はミーグスたちに注意しただけで、厨房のほうに向かおうとした。
「僕の彼女がお世話になってます」
ミーグスがベン先輩に笑顔で軽く頭を下げるのが見えたので、私は慌てて立ち止まる。
別にベン先輩にわざわざ声を掛けなくても良いでしょう!
「ちょっと、何を言ってるのよ!」
「え? 彼女?」
ベン先輩は呟いてから、ぽかんと口を開けた。
でも、馬鹿が短期間で、そういきなり賢くなるわけもなかった。
それは学園が休みの前日の夕方のことだった。
フレシア様が私のバイト先に押しかけてきたのだ。
学園に登園日の隔日の放課後の数時間だけ、私は学園近くにあるカフェでウェイトレスのアルバイトをしている。
学園はアルバイトを基本は禁止しているけれど、金銭面で学園生活が厳しくなる生徒もいるため、申請すれば学園側がアルバイト先を紹介してくれる。
学生の学業を優先しつつ働かせてくれる場所しか学園側は紹介しないため、入りたい時間なども融通がきくので、とても助かっている。
「ミゼライトさん、あなた、ホーリルには慰謝料を払ったみたいだけど私にはくれていないわよね」
「何の話をされているのかわかりません」
「ホーリルに渡したように、我が家にも慰謝料をくださいと言っているのよ!」
ホーリルの奴、ミーグスに私に近付くなと言われたからフレシア様を使うことにしたのね。
あ、いや、違うわね。
彼女もお馬鹿さんだった。
だから、訳がわからないことを平気な顔をして言いにこれるのだ。
店に入ってくるなり、私に詰め寄ってきたフレシア様に対して、もう何度目かはわからない呆れを感じながら答える。
「フェルナンディ子爵令息に私は慰謝料なんか支払っていません。寮費と学費を返しただけです。あと、それでしたら、私もフレシア様に慰謝料を請求したいところです」
「どうして?」
「前にもお伝えしましたが、私とフェルナンディ子爵令息が婚約中に、あなたは彼と恋愛関係にあったってことですよね?」
「そうよ! 純愛のね!」
「あの、それって私からフェルナンディを奪ったということになりませんか?」
本当はこんなことを思っていないけど、彼女に自分が何をしたかわかってもらわない限り、このまま店に通われることになっても困る。
少しでも分かってもらおうと思って尋ねると、フレシア様は目を何度も瞬いたあと、大きく首を傾げた。
「それって、ホーリルの私への愛が純愛だからってことよね」
「いや、あなたとフェルナンディ子爵令息の仲がどうだっていいんですよ。純愛なのはわかりました! ですが、慰謝料ってどういう場合に払うのか知っておられます?」
「相手に苦痛を与えた時なんでしょう。それくらいは知っているわ」
「簡単に言えばそうなのかもしれませんから、その意味で良いとして、婚約者に突然、婚約破棄されて不愉快にならない人っていますか?」
「ホーリルだって言ってたじゃない。あなたが婚約者だから私と婚約できないから困るって。私だってそうだったわ」
もしかして、私という婚約者がいたから、自分たちが自由に恋愛できなかった、って言いたいのかしら。
本当に話が通じない!
思わず声を荒らげた私の所へ、店長が心配そうな顔で近付いてきて話しかけてくる。
「ビアラちゃん、話が聞こえちゃったから言うけど、こういう類は相手をしても無駄だよ。俺が相手をするから君は仕事に戻って」
「あ、ありがとうございます」
私が働いているカフェの店長は20代前半、高身長の爽やか青年で、彼を目的にこのカフェを訪れる人も多い。
整った顔立ちの店長は笑顔がとても可愛らしく、彼の顔を見るだけで癒やされるという女性もいるらしい。
けれど、私は店長の顔を見ても素敵な人だなと思うだけで、そんなに動揺しなかった。
毎日の様に私の隣にはミーグスという、やたら顔の良い男性がいるからだ。
普通の女子なら骨抜きになるような店長からのスマイルを受けても私は全く動じない。
そういう所が店長に気に入ってもらえて、私は採用してもらえた。
酷い時は店の女の子に付きまとわれたから、できれば、自分に興味のない女性をさがしていたんだそうだ。
「ビアラ、大丈夫か?」
フレシア様を店長に任せて歩き出すと、一学年上の先輩であるベン先輩が私に話しかけてきた。
「大丈夫です。騒がしくしてしまって申し訳ございません」
「いや、いいんだ。それよりさ」
「あ、オーダーですか? お聞きします!」
「え、まあ、オーダーもそうなんだけど、ビアラに話があって」
「なんでしょう?」
私が笑顔で尋ねた時だった。
店の扉に付いているベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃ」
店の出入り口を見て、入ってきたメンバーを確認すると、私は思わず言葉を止めて表情を歪めた。
「……どうかしたのか?」
「あ、いえ」
私の表情が厳しいものになっていることに気がついたのか、ベン先輩が尋ねてきたので曖昧な答えを返した。
入ってきたのは学生服姿のミーグスたちだった。
ここでバイトしている話はしていたのに、どうして来るのよ!?
「あれ? あの男性ってミーグス公爵令息じゃないか?」
ベン先輩に尋ねられた私は営業スマイルを忘れ、仏頂面で答える。
「はい。あと、クラスメイトの二人です」
私に気が付いた三人は、私の元へやって来ると話しかけてきた。
「そんなに嫌そうにするなよ」
「いらっしゃいませ~」
クラスメイトに気のない挨拶をすると、ミーグスが聞いてくる。
「好きな所に座っていいの?」
「それはかまわないんだけど、フレシア様が来てるわよ」
「フレシアが?」
「今、店長がバックヤードに連れて行って話を聞いてくれているわ」
トレイで口元を隠してミーグスと話をしていると、ベン先輩が落ち着かない様子で私に話しかけてきた。
「あの、ビアラ、注文、いいかな?」
「もちろんです! 失礼いたしました」
大きく頷いて確認すると、ベン先輩はここに来るたびにいつも頼むコーヒーセットを頼んだ。
コーヒーと何かを頼んでセットにすると、日替わりでちよっとしたお菓子が付いてきてお得だからだ。
「ちょっと、あなたたちも空いている席に座って何か注文してよね」
店内がそんなに混んでいないから、私はミーグスたちに注意しただけで、厨房のほうに向かおうとした。
「僕の彼女がお世話になってます」
ミーグスがベン先輩に笑顔で軽く頭を下げるのが見えたので、私は慌てて立ち止まる。
別にベン先輩にわざわざ声を掛けなくても良いでしょう!
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