犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ

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8  浮気とは

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 私たちが来るのをを待っていたのか、見える所で待っていてくれたフレシア様に付いていくと、彼女は中庭のガゼボまでやって来た。
 フレシア様がガゼボの中に入って立ち止まると、私たちはガゼボの中には入らずに彼女から距離を取って立ち止まった。
 まだ朝の早い時間ということもあり、中庭の小道を通る人もいない。
 ガゼボに続く道の左右にある花壇に色とりどりの花が咲き誇っているのを横目で見ながら、私たちははフレシア様が話し出すのを待つ。

「言わせてもらいますね」

 フレシア様は口を開いたかと思うと涙目で話し始める。

「ひどいわ、ディラン! 数日前まで私という婚約者がいながら、すぐにミゼライトさんと付き合うことになるだなんて信じられない」
「「は?」」

 私とミーグスの聞き返す声が重なった。

「は? じゃないわよ! あなたがそんな不誠実な方だったとは思いませんでした!」
「いや、フレシア。君、自分が何を言ってるかわかってる?」
「十分わかっておりますとも! 私があなたに浮気をされたということでしょう」
「……わかってないじゃないか」

 ミーグスはこめかみを押さえて、大きく息を吐いたあとに話を続ける。

「僕とビアラが付き合っていたとしても、君との婚約破棄後なんだから、君に責められるいわれはないだろ?」
「そうですよ。大体、浮気をしたのはフィアディス様とフェルナンディではないんですか?」

 私も一緒になって言い返すと、フレシア様は私を睨みつけながら言う。

「そういえばミゼライトさん。あなた、私のホーリルに地獄に落ちろ、とか言っておられましたよね」
「言いましたが、言われてもおかしくないくらいのことを彼は私にしていると思います」
「そんなことはありません! 彼は傷付いたと思います。謝って下さい」

 この人、自分に都合のいいことしか聞こえないのかしら。

 どうにかしなさいよ、と、フレシア様の元婚約者であるミーグスを睨む。
 すると、私の視線に気がついたミーグスはこめかみから手を離し、フレシア様に向かって言った。

「フレシア、用はそれだけかな?」
「違うわ! ディラン、あなた、私の家から慰謝料をもらったようだけれど返してちょうだい!」
「何を理由に返さないといけないんだよ」
「あなたが浮気していたからよ!」
「ああもう、ここまで馬鹿だったとは思わなかった」

 このままじゃ、堂々巡りになるわね。

 ミーグスがまたこめかみを押さえたのを見て、さすがに彼が気の毒になってきた。
 だから、フレシア様に話しかける。

「あの、フィアディス様」
「フレシアで結構よ」
「では、フレシア様」
「何かしら?」

 目に涙をためた状態で、フレシア様は私を見て首を傾げる。

 何で、この人は泣いているのかしら。 
 この人が先に浮気したのよね。
 意味がわからないんだけど。

 心の中で突っ込んでから、口を開く。

「私とディランがお付き合いを始めたのは、昨日からです。そして、私とディランがあなた方に婚約破棄をされたのはいつでしょうか」
「二日前だけど、それがどうしたの?」
「では、昨日の段階では私たちは婚約破棄されており、ディランとフレシア様、それから、私とフェルナンディ子爵令息は何の繋がりもなくなったわけです」
「そうね」
「じゃあ、なぜ浮気になるんです?」

 丁寧に説明してから尋ねると、フレシア様は首を傾げる。

「ディランは私を好きだったはずでしょう」
「そんな事実はないよ」
「どうして? 優しくしてくれたじゃない」
「それは君が婚約者だったからだよ」
「やっぱり浮気だったのね!」

 何でそうなるのよ。

「もういい! 一応聞いておくけど、君とフェルナンディの関係は浮気じゃないのか?」

 ミーグスが珍しく苛立った口調で尋ねた。

 ミーグスをここまでイラつかせるなんて、フレシア様はある意味、大物かもしれないわ。

 規格外を一人で相手にするのは大変よね。
 ここは力を合わせるしかないのかしら。

「私たちは純愛なの! そんな浮ついたものじゃないわ!」
「なら、私とディランもそういうことでお願いします」
「え?」

 聞き返してきたのはフレシア様ではなくミーグスだったので、私はミーグスを一睨みして黙らせてから話を続ける。

「あなたたに婚約破棄されてから愛が芽生えました。だから浮気ではありませんよね。婚約者がいても純愛なら浮気じゃないんですよね。そうであれば、私たちは婚約者も恋人もいませんから、浮気でもありませんし純愛なはずですよね」

 馬鹿には何を言っても無駄だわ。
 ここは彼女のレベルに合わせて話をしないと駄目だと思っている私も苛立っているので、フレシア様に向ける表情は笑顔ではあるものの、目は笑っていないと思われる。

「そ、そうね。それなら、まあ。しょうがないかもしれないわ」

 何がしょうがないのか、さっぱりわからない。
 でも、納得したみたいだし、もう話は終わりで良いわよね。

「話は終わりでよろしいですよね」
「あの、慰謝料はどうなるの?」
「払ってくださるんですか、追加で?」

 きつい口調で聞き返すと、フレシア様はびくりと体を震わせ、ポロポロと涙を流しながら叫ぶ。

「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないの。ミゼライトさん、怖い。ホーリルが言っていた通りだわ」

 私はホーリルと大して話をした覚えがないんだけど。
 それなのに、あの男に怖いとか言われたくないわ。

「あなたはギャンブル依存症で借金を作って、ホーリルや彼のお父様に迷惑をかけてるんでしょう!?」
「はあ?」

 駄目だわ。
 今すぐ、ホーリルを事故に見せかけてどうこうしたくなってきたわ。

 聞き返した私が次の言葉を紡ぐより先に、ミーグスが口を開く。

「フレシア、君はフェルナンディ子爵家に行ったことはあるのか?」
「まだないわ。次の休みに顔合わせに行くの」
「そうか。それなら、その時に真実を知るといい」

 ミーグスは冷たく言い放つと、私に声を掛ける。

「ビアラ、行くよ」
「あ、はい」
「ねえ、慰謝料はどうなるの!?」

 フレシア様は泣きながら叫び続けていたけれど、追いかけてくることはなかった。
 だから、私もミーグスも足を止めず振り返ることもなかった。
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