犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
3 / 36

2  婚約者からの呼び出し

しおりを挟む
「本当にあなたたちは仲が良いわね」

 いそいそとランチボックスを開けて中身の豪華さに感動していると、白の丸テーブルを挟んだ向かい側に座る友人、ノノレイ・ビクターに苦笑された。
 ノノレイの言葉が納得できなくて、私は眉根を寄せて尋ねる。

「ミーグスとのことを言ってるんでしょうけど、どこが仲が良いように見えるの?」
「学園の休みの日以外は教室で毎日顔を合わせてるのに昼休みにまで喧嘩するなんて、仲が良い以外に何があるの」
「喧嘩したくて喧嘩してるわけじゃないわよ。ミーグスが絡んでくるから。……まあ、今日は私が話しかけたけど」
「ディラン様と婚約者の仲は上手くいっていないみたいだし、余計にあなたに絡みたくなっちゃうのかもしれないわね」

 頬張っていたサンドイッチを咀嚼してから、ノノレイに応える。

「婚約者がいるのに他の女性に話しかけちゃ駄目って、ああ、考えてみたら、私が食って掛かってることが多いかも!」
「ディラン様はあなたの性格をよく知っているから、食って掛かるように持っていっているのかもしれないわよ」
「そんなに嫌いなら喧嘩を買わなきゃいいし、放っておいてくれたら良いのに!」
「どうしてそうなるのよ。ビアラ、あまりに鈍いと面倒なんだけど」
「鈍いってどういうこと?」

 尋ね返すと、ノノレイは小さく息を吐いて、こめかみを押さえた。
 そして、テーブルに身を乗り出して小声で言う。

「まあ、ディラン様がたとえビアラを好きだったとしても、公爵令息と平民じゃ、どうせかなわない……だものね」
「ごめんなさい。かなわない、のあとが聞こえなかったんだけど」
「なんでもないわ。言えるのはディラン様はあなたの栄養が偏らないように、そのサンドイッチをくれたんだってことよ。あ、ねえ、その玉子のサンドイッチを一切れくれない? そのかわり、私のお弁当の玉子焼きを三切れあげるわ」
「もちろん! ノノレイのお母様の作った玉子焼き、大きいし、とっても美味しいのよね」

 ノノレイのお願いに私は笑顔で頷いた。
 ノノレイは平民だけれど特待生として、この学園に通っている才女だ。
 茶色のセミロングの横髪の両サイドをピンで留めていて、前髪は眉毛よりもやや下くらいの長さだ。
 ノノレイと私は最初の学年だけクラスが違っていた。
 それ以外は全て同じクラスになっていて、本来ならばノノレイは学業では私のライバルになる。
 でも、ノノレイはトップを目指しているわけではなく、特待生として認められる、期末試験の学年10位以内を目指しているだけなので、お互いに勉強を教え合ったりするようになり、自然と仲良くなった。
 昼食はいつも、お母様の手作り弁当で、昼食をぬくことが多い私に分けてくれるためなのか、ノノレイは女子にしては大きな弁当箱をいつも持参してくれている。

「ビアラ、話がある」
 
 ノノレイからもらった玉子焼きを、幸せな気持ちと申し訳ない気持ちで複雑になりながら咀嚼していると、私に話しかけてくる人物がいた。
 話しかけてきたのは、ホーリル・フェルナンディ子爵令息だった。

 赤毛の短髪の彼は、爽やかな顔立ちで長身痩躯だ。
 でも、肌の色が白いせいか、かなり病弱そうにも見える。
 そんな彼を顔は上げずに目だけ上げて見つめる。

「何か用かしら?」
「ここではちょっと話しにくいことなんだ。放課後、校舎裏に来てくれないか」

 校舎裏って決闘でも申し込まれるのかしら。

 そんなことをぼんやりと考えつつも頷く。

「今日は放課後の予定はないし、別にかまわないわ」
「じゃあ放課後に会おう」

 満足したような笑みを浮かべ、ホーリルは後ろ手を振って、その場を去っていった。

「ノノレイ、何の話だと思う?」
「私に聞かれてもわかるわけがないでしょう。彼のことなんて知らないに等しいんだから」
「婚約者って言っても、ホーリルとあんまり話をした記憶はないのよね。最近で言うと、成績表の見せ合いくらいかしら」
「成績表の見せ合いって何なの。というかビアラ、彼ってあなたの婚約者なんでしょう?」

 興味なさげな私にノノレイが聞いてきたので、サンドイッチを食べる手を止めて答える。

「名ばかりの婚約者よ」
「そうね」

 鼻で笑う私を見て、ノノレイは苦笑した。
 ノノレイには私の生い立ちを話しているので、私がホーリルを嫌がっていることは理解してくれている。

「家族の仇の子供が婚約者だなんて最悪だわ」
「子供の時にそんな話をされても、婚約者になると認めるしかなかったわよね。あなたの場合は他に面倒を見てくれる大人がいなかったんだから余計にだわ」
「そうなのよね。親戚は知らんぷりだったし、フェルナンディ家はお金の支援をしてくれているけれど、元々は私の住んでいた家を売って得たお金でしょう。息子と結婚させれば、私が大人になっても自由に使えると思っているのかもしれないわ」
「何よ、それ。酷い話ね」

 ノノレイが心底呆れたと言わんばかりの顔になった。

「そんなことは今に始まったことじゃないわ。今からお金を貯めて働き始めたら、フェルナンディとの縁を切るんだから!」

 宣言して立ち上がってから、ノノレイに言う。

「このランチボックス、ミーグスに洗って返そうと思うから、一度、寮に戻ってキッチンを借りるわ。食堂はまだ人でいっぱいだし」
「暇だし、私も付き合うわ」

 すでに食べ終えて私を待ってくれていたノノレイが立ち上がったので、二人揃って食堂を出た。



*****


 そして放課後。
 校舎裏に向かって歩いていると、自分の後ろを歩く気配を感じて立ち止まった。
 振り返ると、そこには私と同じく通学カバンを持ったミーグスがいた。

「ミーグス、あなたもこっちに用事なの?」
「まあね。君はどこに行くの?」
「フェルナンディ子爵令息から呼び出されたの」
「フェルナンディ? ああ、君の婚約者様か」
「婚約者らしいことはしてもらった覚えはないけどね。で、あなたはどこに行くの?」
「奇遇だね。僕も婚約者のフレシアから呼び出されたんだ」

 ミーグスの婚約者はフレシア・フィアディス様という伯爵令嬢だ。
 ミーグスとフレシア様の婚約は小さい頃に親が決めたもので、公爵家としてはフィアディス伯爵家が所有している貴族向けの高級宿の経営権が目的であると風の噂で聞いたことがある。
 伯爵家のほうは娘が公爵夫人になるというメリットがあり、お互いの利益が一致したための縁組だったらしい。

「ミーグスはどこで待ち合わせをしているの?」
「ここの校舎裏」
「嘘でしょ。私もなんだけど」
「……鬱陶しいことが起こりそうな予感がする」
「何よそれ、どういうこと?」
「はっきりとしたことは言えない」 
「何よ、気になるじゃない!」

 ミーグスと話をしながら校舎裏に向かうと、大きな木の幹に寄りかかったホーリルと、ミーグスの婚約者であるフレシア様が寄り添っていた。
 二人は私たちに気づいていないのか、幸せそうな笑みを浮かべて見つめあっている。

「そういうことね」
「だから、鬱陶しいことが起こりそうな予感がするって言ったよね」

 半眼になって呟いた私に、ミーグスが小さく息を吐いてから言った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

半日だけ侍女になった美貌の公爵令嬢は世界を手に入れる?

青空一夏
恋愛
美貌の公爵令嬢カトリーヌは、夜会で一間惚れした男爵家の三男カート様に会うために侍女に変装します。さぁ、侍女になったカトリーヌは‥‥お転婆の美しい公爵令嬢の半日だけの大冒険?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

処理中です...