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2  親友と婚約者の裏切り

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「……迷惑じゃなければ」

 ヒース殿下はそう言って、白手袋をした右手を私に差し出してきた。

「……ありがとうございます」
「こちらこそありがとう」

 なぜか礼を言われてしまったけれど、立たせようとしてくれていることがわかり、血が流れていないほうの左手を乗せる。
 ヒース殿下は私を立ち上がらせると、すぐに手を離してくれた。

 名乗らなくても私が誰だかわかってくれているようだから、今日の主役の女性に必要以上に触れることを良しとしなかったのかもしれない。

「ピィッ!」

 大きいほうの鳥は私の肩に止まったままだけれど、小さいほうの鳥はヒース殿下の肩に飛んでいくと「ピィ、ピィ」と彼に話しかけるように鳴く。

「……そうか」

 ヒース殿下は頷くと、私の肩に止まっている鳥に声を掛ける。

「オトシロ、人間にちょっかいをかけるなと言っただろう。今回は助けてもらえたから良かったが、彼女がいなければ俺にもどうにもできなくなるところだったぞ」
「ピィー! ピッ!」

 オトシロと呼ばれた鳥は羽を広げて、必死に何か訴えているみたいだった。

 その様子を見て、ギブズドーツ国の王家の話を思い出した。

 キブズドーツ国の王家の血を引く者は動物と意思疎通ができるらしい。
 そして、動物と契約することができるんだそうだ。
 契約条件はその動物や状況によって違う。
 契約した動物は相手を主人と認め、主人のために動く。
 人間のほうは普段の動物たちの食料、寝床を確保し、その動物たちの幸せを奪わないように努力する。
 努力する、というのは動物たちは主人に何かあれば守ろうとするため、命を犠牲にしてしまう子もいるからだと聞いたことがある。

 そして、契約した動物たちにかなり大きなメリットだと言われているのは、人間の言葉がわかるようになること。
 それから、寒いところや暑いところでしか生きられないと言われている動物も、人間が耐えられない温度にならない限り暮らしていけるようになるのだそう。

 シロクマという寒い地域にしかいない動物が灼熱の太陽の下でも「暑いな」と思いながらも生きていけるといった感じだ。
 消化器官の役割なども人間と近いものになるため、雑食動物に変化する。

 しかも、発達すれば知能も人間の8歳くらいになるらしい。

 ただ、動物たちとの会話は契約者であるヒース殿下しかできない。
 契約した動物たちは人間の言葉がわかるけれど、人間には動物たちの言葉はわからないからだ。

「ピィー、ピ、ピッ!」
「……そうか」

 私にはオトシロちゃんが鳴いてるとしかわからない。

 けれど、オトシロちゃんの言っていることを理解されたのか、ヒース殿下は頷くと私に目を向ける。

「本当に感謝する。ただ、もう会場に戻ったほうがいいんじゃないか」
「……はい。ありがとうございます」
「ピィッ!」

 オトシロちゃんが鳴いて、また頭を頬にくっつけてスリスリしてくれた。

「ピィ」

 ヒース殿下の肩に止まっていたもう一匹の白い鳥も私の肩に飛んできて体を擦り寄せてきた。

「可愛い」
「ありがとうって言ってる。2人は俺に付いてきていて新婚旅行中だったんだ」
「そうだったんですね」

 2人というのはオトシロちゃんたちのことを言っているのだと理解して頷く。

「悲しい旅行にならなくて良かったわ」

 交互に頬を寄せてから、オトシロちゃんたちをヒース殿下にお返しする。

「もう戻ります。本日はわたくし共のために遠方まで足を運んでいただきありがとうございました」
「……おめ、いや、こちらこそ招待ありがとう」

 ヒース殿下はお祝いの言葉を述べようとしてくれたのだと思う。

 けれど、言葉を一度止めてからお礼の言葉を述べてくれた。

 きっと、オーランド殿下たちの話をオトシロちゃんの奥さんから聞いたのね。

 すぐに立ち去る気にはなれなくて尋ねてみる。

「ヒース殿下、オトシロちゃんたちははここで2人が何をしているのを見たんでしょうか」
「……」

 ヒース殿下は答えてはくれなかった。

 その沈黙だけで、2人がしていたことは私が考えていたことだとわかる。

 ただ、ヒース殿下はあまり感情を表に出さない人のようで、表情からは何を考えているのか全くつかめない。

 オトシロちゃんたちはヒース殿下と契約しているようだし、オーランド殿下たちが何をしているのかわかって攻撃したんだわ。

 自分たちが新婚旅行中なら、相手が誰であれ浮気現場なんて余計に見たくない光景でしょうから。

「ピィピィ」
「ピィッピィッ」

 元気を出してと言ってくれているように羽根をパタパタと広げて、オトシロちゃんたちがヒース殿下の肩の上で鳴く。

「ありがとうオトシロちゃん それから」
「メトシロだ」

 ヒース殿下が小さいほうの子の名前を教えてくれた。

「ありがとうメトシロちゃん」
「手」

 メトシロちゃんとオトシロちゃんの頭を指でかいてあげると、ヒース殿下がぼそりと呟く。

 血が流れているのをそのままにしていたので、そのことに気が付いてくれたみたいだった。
 私のほうは言われて思い出して、急に手の甲が痛み始めた。

「大丈夫です。回復魔法で治しますから」
「ピッ、ピッ」

 ごめんねと言わんばかりに、メトシロちゃんが小さいけれど黒いつぶらな瞳を向けてきた。

「水の精霊よ、濡らせ」

 ヒース殿下は黒の上着の内ポケットから白いハンカチを出して、精霊に指示を出した。

 すると、殿下が持っていたハンカチが水が滴らない程度に濡れた。

「使ってくれ」
「……ありがとうございます」

 回復魔法をかけて傷を治し、固まって手に付いてしまった血を濡れたハンカチで拭うと、精霊の力なのか綺麗に取れた。

「ハンカチは洗ってお返ししますね」
「捨ててもらってかまわない」
「いいえ。そんなことは出来ませんわ。それでは、ここで失礼いたします」

 カーテシーをして立ち去る私に、ヒース殿下は何も言わなかった。
 茂みから道に出たところで、白いふわふわの毛を持つ垂れ耳のウサギが付いてきているのがわかった。

 立ち止まって視線を向けると、ウサギは黒い瞳を私に向けて二本足で立ち上がる。

 なぜか顎の下あたりに赤い蝶ネクタイをしていて、とても可愛らしい。

「もしかして、エスコートしてくれるの?」

 ウサギは肯定するかのように首を縦に振った。

 ヒース殿下の計らいかしら?
 そう思って振り返ると、彼が無言で首を縦に振った。

 ウサギはトコトコと後ろ足二本で横を歩いてくれる。
 歩幅が小さいので、ウサギに合わせて歩くと、私はほとんど進むことができない。

 だけど、パーティー会場に戻るのが憂鬱な私には助かったし、癒やされた時間だった。

 衛生上の問題もあり、ウサギはパーティー会場の中には入れない。
 そのことを伝えると理解してくれたようで出入り口付近で付いてくるのをやめた。

 ウサギは私がパーティー会場の中に入っていくのを確認すると、中庭のほうに走り去っていく。

 その様子を見てヒース殿下のことを羨ましく思ってしまった。

 私は動物が大好きだから、動物と仲良くなれたら良いなと、ずっと思っていた。
 でも、オーランド殿下に浄化魔法をかけるようになってからは、その気持ちは無くなっていった。
 私にとって、オーランド殿下は家族と同じくらいに大切で大好きな人だった。
 彼と一緒にいられるなら、何を犠牲にしても良いだなんて馬鹿なことさえ考えていた。

 でも、今は違った。
 もちろん、好きな気持ちが消え去ったわけではない。
 けれど、浮気をするオーランド殿下を好きになった訳ではないのも確かだ。

 オーランド殿下を探して会場内を見回す。

 そして、彼の姿を見つけた瞬間、じわりと目に温かいものが浮かんできた。
 なぜなら視線の先には幸せそうな表情でお互いを見つめている、オーランド殿下とセフィラがいたからだ。

 もう終わりにしましょう。
 友人と婚約者に裏切られて惨めな気持ちになる時間は長く続けたくない。

 2人はわたしの視線に気が付いて笑顔のまま近寄ってくる。

「ミーア! どこに行っていたの?」
「さっきから2人で探していたんだよ」
「ちょっと外の空気を吸いにいっておりました」

 外の空気と聞いて、2人の表情が引きつったように見えたのは気のせいだろうか。

 オーランド殿下はすぐに笑顔を作って、優しい口調で聞いてくる。

「体調が悪いのならもう休むかい?」
「よろしいのですか?」
「ああ。あとのことは私に任せてくれ」

 オーランド殿下はやっぱり優しい。
 さっきの2人はオーランド殿下とセフィラではなかったのかもしれない。

 なんて、そんな馬鹿な考えが浮かんできた。

 すると、セフィラが私の腕に優しく触れる。

「疲れてしまったのね。ゆっくり休むといいわ」
「今日は泊まっていくと良いよ。城に隣接している別館の客室は誰でも使えるようになっているからね」
「そこの3階に貴賓室があるわ。あとで私も様子を見に行くからそこで休んでいて?」

 オーランド殿下とセフィラは私に休むようにしきりに勧めてくる。

 これが優しさなのか、それとも2人でいる時間を多く作りたいだけなのかはわからない。
 ううん。
 きっと2人になりたいだけね。
 
 さっき浮かんだ馬鹿な考えを振り払い、顔をしっかりと上げて言う。

「気持ちはありがたいのですが、本日の主役は私でもありますから、ここを離れるわけにはいきません。それに、2人にもここに来てくださっている皆様にも話があります」
「そんなことは気にしないで。それに話って何?」

 セフィラは笑顔を引きつらせて言うと、一緒にパーティーに出席していたセフィラの侍女に声を掛ける。

「ミーアの体調が悪いみたいなの。休憩したいと言っているから連れて行ってあげてくれない?」
「承知しました」
「待って! 別に私はそんなこと望んでないわ!」
「ほら、ミーア。これを飲んで落ち着いてくれ」

 オーランド殿下は通りがかったウエイターからグラスを受け取り、私に差し出してきた。

 アルコールの匂いを感じて首を横に振る。

「私がお酒が弱いことは知っておられるでしょう? そこまで休めと言われるなら話をしてから帰らせていただきます!」

 グラスを受け取ることさえも拒否すると、オーランド殿下は無理やり私の口にグラスを押し付けてきた。

「やめてください殿下!」

 拒否しようとすると、両手首を掴まれ、グラスの中身を口の中に無理に流し込まれた。
 汚い行為だとはわかっているけれど吐き出そうとした。
 でも、熱いものが勝手に喉の奥に通っていくのがわかった。

「……っ!」

 毒かもしれない!
 吐き出そうとしたけれど、セフィラに口を押さえられ、顎を上向きにされてしまう。

「大変! ミーアが吐きそうだわ! 客室に連れて行って休ませてあげましょう!」
「はな…っして……っ」

 口から飲まされた液体を何とか吐き出し、かろうじて声が出せた瞬間、私の意識が薄れていくのがわかった。
 
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