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1   浮気をしているらしい ①

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 元子爵令嬢であるわたし、リリノアは十八歳になった1年前に、二つ年上でセイクウッド伯爵家の嫡男、ターチ様の元に嫁入りをした。

 ダークブラウンのストレートの髪をシニヨンにしている、地味な見た目のわたしとは正反対に、ターチ様は爽やかで目立つ顔立ちをしていて、結婚時には周りから羨ましがられた。

 金色の髪にグリーンの瞳。
 甘いマスクのターチ様は子どもから老人まで世代問わずに女性に人気だった。

 そんなターチ様は、5年前の婚約時から母親にべったりな男性で、彼の姉であるクリスティーナ様に溺愛されていた。
 二年前にクリスティーナ様は男爵家の次男と結婚し、家を出て行った。ターチ様は結婚後も母親とは同居希望だったため、初めは暮らしがどうなるか不安だった。

 でも、義母のスカベラ様はわたしたちの結婚と同時に、爵位をターチ様に継がせ、新婚生活を邪魔してはいけないと、現在は稼いで貯めたお金で世界中を旅している。

 10日ごとくらいに絵葉書が送られてきて、そこに書かれてある文書から、充実した日々を送っているのだとわかる。 
 
 スカベラ様の夫であり、ターチ様のお父様である先代のセイクウッド伯爵は、ターチ様が幼い頃に亡くなっている。なぜ亡くなったのか、その理由はわからない。

 わたしの両親もターチ様たちも、知らなくて良いことだと言って教えてくれないからだ。義姉のクリスティーナ様に聞いても鼻で笑うだけだし、何か事情があることは確かだ。

 わたしはわたしで、何度か聞いただけで無理に教えてもらおうとはしなかった。
 
 誰でも話したくない過去はある。自分の嫌なことは、他の人にはしないことが一番だ。

 先代が亡くなってからは、スカベラ様が伯爵代理として働いていた。

 貴族に嫁入りした女性は家の管理をすることはあっても、仕事をしないことが、この国の暗黙のルールになっている。妻を働かせるような夫は甲斐性のない男扱いされてしまうのだ。

 スカベラ様の場合は夫が亡くなっているので、やらざるを得なかった。それなのに、社交場では女性を蔑視するようなことを言われたと聞いた。
 でも、ターチ様はスカベラ様のことを誇りに思っていたので、わたしが仕事を手伝うと言うと、嫌がることなく手伝わせてくれた。

 わたしが一緒に仕事をすると「本当に助かる」とも言ってくれた。

 わたしたち夫婦は上手くいっている。そう信じて疑わなかった。

 あるものを見つけるまでは――


******
 

 優しかった夫の態度がよそよそしいと感じ始めたのは、結婚してから約1年後のことだった。そして、その少し前から、ターチ様は頻繁に領地の視察に行くようになっていた。

 しかも、昼間は屋敷で仕事をして夕方から出ていき、朝に帰ってくるのだ。
 夜に何を見に行くことがあるのかと聞くと、収穫祭の時期が近づいていて、その準備の様子を見に行っているのだと彼は答えた。

「領民の様子はどうなの?」
「……楽しそうにしているよ。見るだけで幸せな気分になる」
「朝に帰ってくるなんて、みんな、夜中まで働いているの? 体調を壊さないと良いけど……」
「大丈夫だよ。そうならないように、僕が監視に行くんだ」
「あなただってそうよ。ちゃんと眠れているの?」
「ああ。行き帰りの馬車の中で眠れているよ」

 ターチ様は出かける前と帰って来た時には、わたしを抱きしめる。だから、今日も出かける前に抱きしめてきた。
 
 その時、首元に虫刺されのような赤い痕を見つけて、わたしは抱きしめ返さなければいけない手を、だらりと下ろした。

「……どうかした?」

 わたしの異変に気がついたのか、ターチ様は体を離して不思議そうな顔をした。

「……何でもないわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」

 笑顔を作ってターチ様を見送り、すぐに寝室に向かった。寝間着に着替え終え、ベッドに倒れ込むと、メイドが明かりを消して、寝室から出ていく。

 いつもなら、ねぎらいの言葉をかけるのだけど、申し訳ないが、今日はそれどころではなかった。

 ……あれは、キスマークというものではないの?

 ターチ様には見えないけれど、彼に近づいた人間にはわかる位置にあった。

 普段はシャツの第一ボタンまでとめている人なので、さっき初めて気がついた。
 ターチ様は視察の時はラフな身なりで出かける。だから、シャツのボタンを1つ目は外していたために気づくことができた。

 大体、収穫祭の準備だからって夜に視察に行く必要はあるだろうか。
 ターチ様は昼はみんな自分の仕事で忙しいから、夜に準備をするのだと言っていた。

 仕事終わりに準備をするのはありえないことではない。だけど、深夜までするものだろうか?

 いや、本当は前々からおかしいとは思っていた。だけど、浮気なんてするような人ではない。そう思い込むようにしていた。

 でも、もう知らないふりをするのも限界だわ。

 浮気をしているだなんて思っていない、馬鹿な妻だなんて思われて騙され続けるのは御免だわ。

 明日、帰ってきたら、まずはキスマークについて問いただそう。

 その返答によっては、こっそり調べさせてもらうわ。
 
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