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36 ディナータイムの来訪者

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 その日、私は家に帰ると、ちょうど迎えに出てきてくれたお母様に確認してみることにした。

「お母様、お聞きしたいことがあるのですが」

 深刻な表情の私を見て、お母様は訝しげな顔をしたけれど、深刻な話をするのだと気付いてくれたのか、立ち話ではなく談話室で話をしてくれることになった。

 談話室に移動してソファに並んで座ると、お母様が話しかけてくる。

「聞きたいことって何かしら」
「お母様はタイディ家をご存知ですか?」
「……タイディ。タイディ子爵のことを言っているの?」
「ええ。そうです。昔、お父様やお母様がタイディ家の人と深い関わりがあったとか、そんなことはないですよね?」

 お母様は私の問いかけを聞いて、視線を下に向け、なぜだか苦しそうな顔をした。 

「お母様、どうかされましたか」
「ごめんなさい。でも、どうしてリリーはそんなことを思ったの?」
「学園で、なぜかタイディ子爵令嬢が私と仲良くしたいと言ってきているんです。リュカの婚約者だからという理由をつけてきていますが、他にも何か理由があるのかと思ったんです」
「そうなのね」

 お母様はため息を吐いたあと、私の手を取って言葉を続ける。

「リリー、迷惑をかけてごめんなさい。もしかすると、私はタイディー子爵に恨まれているかもしれないの」
「どういうことでしょうか」

 悲しげな目で私を見つめ、お母様が私に話してくれた内容は遠い過去の話だった。
 要約すると、タイディー子爵の求愛をお母様が断ったことにあるのかもしれないということだった。

「でも、将来の約束をしていたとか、そういう訳ではなかったのでしょう。それなのに恨まれるなんておかしいじゃないですか」
「ええ。私にとっては、タイディー子爵はただの幼馴染だったわ。だけど、タイディー子爵はそうではなかったみたいなの。人の心を弄んだなんて言われてしまったわ」
「お母様が思わせぶりな態度を取っていたならまだしも、そうではないのでしょう? そんなことを言い出したら、失恋した人は皆、相手を恨むことになるじゃないですか」
「私もそう思うわ。だけど、逆恨みする人も中にはいるのかもしれない。私には手を出せないから、その代わりにあなたを不幸にさせようとしているのかもしれないわね」
「そんな! タイディー子爵には奥様だっていらっしゃるのでしょう?」
「かなり前の話になるけど、離縁されたと聞いたわ」

 これが本当の理由なら、私にはどうしようもできなかった。

 ただの逆恨みじゃないの。
 もしかして、離縁になったことも、お母様のせいだと思っているのかもしれないわ。
 娘を使って復讐させようだなんて酷すぎる。
 テレサもどうして断らないのよ!

「リリー、本当にごめんなさいね」
「謝らないで下さい、お母様。お母様は何も悪くありません」
「そう言ってもらえると助かるけれど、テンディー子爵令嬢は、あなたに近付こうとしているのでしょう? 何か考えがあるに違いないわ」

 お母様は私の手を握って話を続ける。

「何だか、嫌な予感がするわ。学園を通うことをやめてもいいのよ?」
「大丈夫です、お母様。リュカのためにも学園は卒業しないといけませんので」
「でも……」
「お母様は気になさらないで下さい。私ももう子供ではありませんから、自分のことは何とかします!」
「何を言ってるの。あなたはまだ16歳なんだから、私にとってはまだまだ子供だわ」

 中身は19歳なんですよ、お母様。

 私はそんな言葉を心の中でお母様に返したあと、そのまま少しだけ雑談をしてから、一度、自分の部屋に戻り、リュカに手紙を書くことにした。

 そして、次の日の朝一番に使用人にリュカへの手紙を預けて学園へ向かった。
 それから数日後、リュカから返事があり、近い内にスニッチが接触してくるだろうという連絡があった。

 ただ、どんな形で接触してくるかはわからないという。
 リュカから、スニッチを雇うという話は聞いていたので、彼の名前が出てきたことには驚かない。

 スニッチのことだから、不自然だったり乱暴な接触の仕方はないと思うけど、予想がつかないだけに少しだけドキドキした。

 テレサが私に関わってこようとする理由は、お母様から聞いて何となくわかったけれど、アイザックはどうしてなのかしら。


*****


 私の元へスニッチが訪ねてきたのは、その日の夜のことだった。
 家族で食事をしていると、ダイニングルームの扉が叩かれた。

「リリー様宛にリュカ殿下からの使いで来たという方が来られているのですが、いかがいたしましょうか」

 マララの代わりに私の専属メイドになった少女ロージーは無礼を詫びてから私に話しかけてきた。

「リュカからの使い? 名前は聞いているのよね?」

 食事をする手を止めて聞き返すと、ロージーが答える。

「スニッチと言えばわかるとおっしゃっています」
「スニッチ!? 来てくれるのは有り難いけれど、どうしてこんな時間なのよ。非常識な時間だわ」

 この国では夕食時に人の家に伺うのは、よほどの時でない限りマナー違反だ。

 不自然な形で接触してこないと思ってはいたけど、こんな時間に真正面から来るだなんてことは予想外だった。
 
 私が立ち上がろうとすると、メイドは申し訳無さそうな顔をして言葉を続ける。

「お食事中だと伝えましたところ、ぜひ、ご一緒したいと言われていたのですが」

 スニッチなら言いそうね。

 私は小さく息を吐く。
 
 スニッチのことは以前にお父様には簡単に話をしていた。
 だから、彼が来たことを伝えると、お父様は近くにいたメイドにスニッチの分の食事をすぐに用意するように伝えたのだった。

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