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37  気を引き締めます!

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「いい、痛い、痛いぃっ! なんてことをするのよっ!」

 情けない声を上げて、今度は本当に泣き出したミルーナ様に、微笑んで言います。

「あなたは知らないかもしれませんが、私はもっと痛い目に遭っているのです」
「何をわけのわからないことを言っているのよ!?」

 腰を折り曲げたままの状態で、手を離したミルーナ様の鼻から血が出たので、慌てて謝ります。

「ご、ごめんなさい! そこまで強く殴ったつもりはないのですが!」
「わたしの鼻は繊細なのよ!」
「鼻を強く殴られたりしたら、普通の人は鼻血が出るものですよ」

 諭すように言うと、ミルーナさんは自分のハンカチで鼻を押さえて叫びます。

「しょうゆう問題じゃにゃいのよ!」
「ミルーナさんは、こんな私と仲直りしたいですか?」
「したいわけにゃいでしょう! 何にゃのよ! 今までのアンナとはまるで別人じゃないの!」
「ミルーナ嬢、大丈夫ですか!?」

 痛みがマシになったのか、ヴィーチがミルーナさんに駆け寄ると、慌てて、ミルーナさんはか弱いふりを始めます。

「うう。痛い、痛いわ。本当に怖い」
「可哀想に」

 ヴィーチが睨んでくるので尋ねます。

「マイクス侯爵令息、あなたは、ミルーナさんの婚約者ではありませんわね?」
「そ、それが何だって言うんだ」
「あなたが何かすれば、婚約者がいるのに他の男性と仲が良いということで、ミルーナさんの評判はもっと悪くなりますよ」

 わざとらしく頬に手を当てて言うと、ヴィーチは焦った顔をして、ミルーナさんから離れました。

「ミルーナさん、私は姓は変われども、伯爵令嬢です。ですが、あなたはもう伯爵令嬢ではないのです。これ以上、無礼な真似をするのなら、あなたを保護してくれているロウト伯爵家への処分を人にお願いしますよ」
「処分って、わたしに何をするつもりよ!?」
「あなたに直接、何かするわけではなく、ロウト伯爵家への処分です」

 その言葉の意味がわかったのか、ミルーナさんはびくりと体を震わせました。

「ロウト伯爵家が貴族ではなくなるというところまではいかないでしょうけれど、子爵に降格される恐れがあります。そうなった時、その原因を作ったあなたを、ロウト伯爵夫妻はどう思うでしょうか」
「……わたしを脅すの?」
「脅していません。忠告しているんです」

 言葉を区切って、ミルーナさんからヴィーチに視線を移す。

「マイクス侯爵令息、あなたもです。あなたが迷惑行為をしていることを、あなたのお父様に知られた場合、あなたはどうなるのでしょうね」
「……ぼ、僕はその……」

 焦った顔になったヴィーチがミルーナさんを見て、何か言おうとした時でした。
 
「アンナ!」

 アデル様の声が聞こえたので、慌てて振り返ると、こちらに向かって走ってくる姿が見えました。アデル様は私の隣に立つと顔を覗き込んできます。

「大丈夫か? どうして、一人になろうとするんだよ!?」
「いえ、あの、見られたくなかったのです」
「……何をだよ」
「その……、男性の股間を蹴ったり、あの……、ミルーナさんの鼻を」
「男性の股間? ミルーナ嬢の鼻?」

 アデル様が眉間に皺を寄せて聞き返し、ミルーナさんたちのほうに目を向けました。鼻血を出しているミルーナさんは、そんな姿を見られるのが恥ずかしいと思ったのか、くるりと背を向けます。

「わ、わたしはこれで失礼します!」

 そう叫ぶと、私たちがいる方向とは反対側に向かって歩いていきました。そっちは少し行くと突き当たりになるだけなので、戻ってこなければなりませんのに……。

「ミルーナ嬢、待ってくれ!」

 ヴィーチもミルーナさんを追いかけていきます。二人して向こうで反省会でもするんでしょうか。二人が歩いていくと、アデル様は心配そうな顔で確認します。

「何もされてないか?」
「どちらかといいますと、私がやったほうですが、わけのわからないことを言われはしましたので、ロウト伯爵家とマイクス侯爵家に苦情を入れてもらおうと思います」
「うちからも連絡する」
「ありがとうございます」

 微笑んでお礼を言うと、アデル様は真剣な顔で言います。

「アンナが強いことはわかった。でも、一人で相手をしようとするな。俺たちは殺されやすいんだから」
「そうですね! 気をつけます!」 
 
 何度も殺されてしまうなんて、意図的なものでない限り、普通はありえませんものね。それにまだ、何が起きるかはわかりません。殺されたくありませんから、気を引き締めていこうと思います。


◆◇◆◇◆◇
(ロウト伯爵令息視点) 

 ミドルレイ子爵家の一室で、傷だらけになったビアナが叫ぶ。

「お兄様! あんな女のどこがいいの!?」

 今日はミルーナと派手に喧嘩をしたらしい。

 妹のビアナはアデルバートと同じように何度も時間を巻き戻っているのに、元々が幼いからか、全く精神的に成長する気配が見えない。

「ミルーナの魅力は君にはわからないよ」

 苦笑して答えたあと、僕は笑顔でビアナに話しかける。

「心配しなくていいよ。アンナはもう用なしだ」
「じゃ……、じゃあ、殺してくれるの!?」
「ああ。もう、僕の目的は達成したからね」

 アンナには悪いけど、君が存在すると、僕とミルーナは幸せになれないんだよ。アンナがいなくなれば上手くいく。

 巻き戻しもこれで終わりだ。


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