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19  言えるのですかね

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 私たちの視線に気がついた、というよりかは、私を探していたようで、ミルーナ様は私と目が合うと立ち止まり、にこりと余裕の笑みを浮かべました。そして、私が反応する前に、ミルーナ様は前を向いて歩き始めます。

 今の笑みは何だったのでしょう。私はこれだけ男性に人気があるのだと見せつけたい、とかでしょうか。私が男性に人気がないことは確かですが、婚約者がいるのに、他の男性まで引き連れているのは、婚約者に失礼なのではと思うのですがどうなのでしょう。

「ミルーナ様に常識を求めても無駄なのでしょうね。本人は勝ったつもりでいそうですけど、私はノーダメージなのですが」
「彼女が何をしたいのかわからないが、とにかく、シェラルの兄が何を考えているのかだけ調べる。ちゃんと知らせるから、アンナはシェラルたちと一緒にいろ」
「承知いたしました」

 アデルバート様に一礼してから、シェラルたちが待っている席に戻ります。最近のランチタイムは、ニーニャはエイン様と一緒に食べています。でも、今日は私たちと一緒に食べることにしたのか、席に着いて待ってくれていました。

「食べずに待ってくれていたのですね。申し訳ございません。一声かけておくべきでした」
「私たちが待っていただけよ」

 ミルルンが答えると、ニーニャが不安そうな顔で言います。

「ミルーナ様と一緒にいたのは、シェラルさんのお兄様ですよね? い、体、何があったんですか?」
「ごめんなさい。詳しいことは言えないんだけど、アンナを裏切ったりしないわ」 

 強い口調で訴えるシェラルに申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

「私のせいで、シェラルが悲しい思いをすることになってしまったのですね。巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません」
「アンナのせいじゃないわ。悪いのはお兄様よ。両親にも駄目だと言われているのに……」

 ここまで言ってしまえば、お兄様が何をしようとしているのか言ってもいいような気がしますが、シェラルはとても真面目な人です。『言わない』という約束を破るわけにはいかないのでしょう。時と場合によりますし、今回は話をしても良いと思うのですが、そこはまだ子どもの純粋さが残っているのかもしれません。

「口が堅いということは悪いことではありません。私に何かしようとしているようですが、私のことは気にしないでください」
「そういうわけにはいかないわ!」
「もし、気になるようでしたら、いつものシェラルに戻ってくれたら嬉しいです。あなたのお兄様が何を考えているかは知りませんが、私は負けませんから大丈夫です! 私を信じてください!」

 必死になって訴えると、ミルルンが笑いました。そして、ニーニャもつられて笑うと、シェラルもまだ悲しげではありましたが、笑ってくれたのでした。


******



 アデルバート様が調べてくれた結果、シェラルのお兄様のロッサム様には好きな人がいたそうです。その方を好き過ぎて、婚約者も作らなかったのです。
 彼の好きな女性はミドルレイ子爵令嬢でした。ロッサム様はかなり年下の女性が好きなようです。

 放課後、ロッサム様と待ち合わせることになったティールームに向かいながら、アデルバート様に尋ねます。

「どうして、ロッサム様はミルーナ様と一緒にいるのでしょうか」
「ミルーナ嬢が自分に協力するなら、俺とアンナを別れさせてやると言ったらしい」
「おかしいですね。私のものは自分のものだという考え方の人なのに、アデルバート様をミドルレイ子爵令嬢に渡そうとしているのですか」
「アンナから奪えれば、それで良いんじゃないか?」
「もう、私は妹ではないのですから、放っておいてほしいです! これ以上、奪われるのは御免です!」

 怒っていると、アデルバート様は苦笑します。

「俺はアンナとの婚約を解消する気も破棄するきもないから安心してくれ」

 アデルバート様の発言にドキドキしてしまいます。

「……アデルバート様は、もしかして、媚薬などを使っているのですか?」
「そんなわけないだろ」
「顔がとっても整っていますから、そのせいなのでしょうか。とても、キラキラして見えます」
「……人を顔だけみたいに言うな」
 
 不機嫌な顔になったアデルバート様に謝ります。

「申し訳ございません。そういうわけではないのですが、あまりにも女性に好かれているので、つい……。デリカシーのない発言でした。申し訳ございません」
「もう、その話はやめよう」

 怒らせてしまいました。それはそうですよね。人のことを顔だけ良いと言っているような発言をしたんですもの。

 長い間生きているのに、配慮のない言葉を口にしてしまうのは、今までのコミュニケーション不足か、それとも、ディストリー伯爵夫妻からの遺伝なのでしょうか。

「アンナ」
「……はい」
「喧嘩しても良いと思うけど、長引くのは良くない。仲直りするぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」

 嬉しかったので、ギュッとアデルバート様の手を握ると、アデルバート様の顔が一気に真っ赤になりました。

「なな、な、な、何で手を握るんだよ!」
「ええっ!? あ、申し訳ございません!」

 慌てて手を離して謝りました。

 おかしいです。ダンスを踊った時はこんな反応ではありませんでした。ということは、怒っているということですよね。真っ赤になるほど怒らなくても良い気がしますが、そんなに手を握られるのが嫌だったのでしょうか。

「驚いただけだ。というか、ごめん。言い方が悪かった。嫌だったわけじゃない」
「いえ、こちらこそ、馴れ馴れしくしてしまって申し訳ございません」

 そんな話をしている内に待ち合わせ場所に着きました。待っている間にロッサム様が現在、どんなことをしているのか教えてもらいました。彼はミルーナ様の味方を増やすために、ミルーナ様のクラスメイトの女子を誘惑しているそうです。
 そして、彼女たちが誘惑されたことを他の人に話さないように、人には言えないことをして、黙っておくかわりに、ミルーナ様の友人になるように強制しているようです。

 ミルーナ様は自分が私よりも人気があるように見せかけたいのですね。そんなことをしても意味がない気もしますが、私がクラスメイトと仲が良いので、同じようにしたいのでしょう。

 シェラルはここまで知っているかはわかりません。でも、兄が何か悪いことをしていることに気がついているから、あんなにショックを受けているのでしょう。
 そして、ロッサム様の動きに気がついた、ご両親も秘密裏に動いているそうなので、心を痛めているのかもしれません。

 話の区切りがついた時、ロッサム様がやって来ました。

「僕に何か御用ですか」

 シェラルと同じ、金髪碧眼のロッサム様は長話をするつもりはないと言わんばかりに、椅子には座らずに立ったまま尋ねてきました。

 そんな彼を見上げて尋ねます。

「シェラルの様子がおかしいんです。何か知っていますか?」
「さあ? 僕は何も知りません」

 ロッサム様は首を横に振って、話を続けます。

「考えられるとしたら、ミルーナ様と一緒にいることが気に食わないのかもしれません。でも、僕が誰といようが僕の勝手でしょう」
「妹が悲しんでいるのにどうでも良いのは酷いのではありませんか」
「男性代表として言わせてもらいますが、女性は男性の言うことを聞いて大人しくしていれば良いんですよ。それは妹だろうが関係ありません」

 ロッサム様が信じられない発言をした瞬間、アデルバート様が立ち上がって、ロッサム様のネクタイを掴んで言います。

「男性代表とか勝手に名乗るな。俺は、そんなこと一度も考えたことねぇよ」

 ロッサム様はプライドだけが高い貴族の男性に多い傾向がある、女性への偏見を持っている人のようでした。

 でも、その発言はミドルレイ子爵令嬢の前でも言えるのですかね?
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