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6   仲直りのキス!?

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 ヴィーチは同学年の男子よりもかなり高身長で、成人男性だと言われても信じてしまえるくらいに筋骨隆々の体形です。彫りが深い顔立ちで一部の女子からは人気があると聞いたことがあります。

 ヴィーチはエイン様の友人で、一緒にいることが多く、私を目の敵にすることは、何度やり直しても同じです。自信のない態度をしている人物は一定数の人には嫌われてしまうことは理解しています。そして、彼はそのうちの一人で、そのような人を見ると馬鹿にするという嫌な態度ばかり取る最低な人格です。

 ヴィーチとお姉様が出会うタイミングは毎回違っています。今回はエイン様とお姉様が婚約したことで、ヴィーチはすでにお姉様と知り合っているでしょう。どうせ、お姉様にあることないことを吹き込まれ、それを疑うことなく信じているんですね。

「ここはお前たちのクラスじゃないだろ。とっとと帰れよ」

 アデルバート様が言うと、エイン様は何も言い返しはしませんが、不機嫌そうな顔になりました。そして、様子を見守っていた男子がエイン様に尋ねます。

「フロットル伯爵令息って、アンナの姉と婚約していたんじゃないんですか?」
「アンナとの婚約を破棄したのはフロットル伯爵令息だと聞いたんですけど」

 クラスメイトはわたしとエイン様が婚約していたことは知っていますし、お姉様が流している噂が実際とは違うため、お姉様が嘘をついているのだと知っています。だから、助けに入ってくれたみたいです。

「何なんだ。どいつもこいつも、この女に騙されているのか」
「騙されているのはお前だよ」

 ヴィーチに言い返したのは、アデルバート様でした。
 次男とはいえ、ヴィーチは侯爵令息です。このクラスで彼と対等の立場で話せるのは、アデルバート様しかいません。ちなみに、どうして私がヴィーチを呼び捨てにしているのかというと、全ての未来で、彼は侯爵令息ではなくなり、お姉様の専属騎士になっていましたし、自分を殺す相手に様なんて付けたくないだけです。

 ヴィーチは不機嫌そうな顔で、アデルバート様に尋ねます。

「どうして、僕が騙されているだなんて言うんだ」
「噂で判断してるんだろ? その噂の多くは嘘なんだよ」
「君だってアンナ嬢の話しか聞いていないんだろう? なら、ミルーナ嬢の話も聞くべきだ」
「俺はアンナの姉には興味ないんだ。アンナのことについて、お前が騙されていると言っただけなんだが?」
「僕が騙されているというのであれば、それはミルーナ嬢が嘘をついていると言ってるようなもんじゃないか! ミルーナ嬢はそんな人じゃない!」

 声を荒らげるヴィーチの横で黙り込んでいたエイン様は、私と目が合うと笑顔になって話しかけてきました。

「アンナ。君の活躍は聞いているよ。そんなに賢かったなんて知らなかった。それに最近の君は日に日に可愛くなるから驚いたよ。僕も僕の両親も君との婚約を破棄したことは失敗だったって、今では反省しているんだ」
「そんな話をここでしても良いのですか? お姉様を悪くいうことは横にいるマイクス侯爵令息が許さないのではないでしょうか」
「えっ!? そ、それは、その」

 私の動き方によって、エイン様が私に対して強気に出ることが多かったのですが、今回は私が強気のため、大人しいようです。強く出られると何も言えなくなるのなら、言わなければ良いのにと思ってしまいますが、思ったことをすぐに口にしてしまうタイプなんでしょうね。

 案の定、ヴィーチがエイン様に噛みつきます。

「エイン! ミルーナ嬢との婚約が失敗だったなんて、よくもそんな馬鹿なことが言えるな!」
「しょうがないじゃないか。ミルーナは僕と二人でいると、いつも退屈そうな顔ばかりしてるよ。ヴィーチ、そんなにミルーナのことが好きなら、君が結婚したらどうだ?」
「な、な、なんだって!?」

 ヴィーチは両頬を手で押さえ、顔を真っ赤にします。

「ぼ、ぼくが、ミルーナ嬢と結婚!?」
「そうだよ! そうしよう!」
 
 名案とばかりにエイン様は拍手をすると、私に笑いかけます。

「君との婚約を破棄しただろう? そのことで、クラスのみんなに馬鹿にされているんだ。わかってくれるよね?」
「……何をわかれと言うのですか?」
「僕と再度、婚約することだよ」

 絶対に嫌だと答えたいところですが、嫌だと言えば、両親はエイン様とお姉様の婚約の解消を認め、私とエイン様を再婚約させようとするでしょう。お姉様は私のものを奪うことを目的としています。なら、今は堪えて大人しくしているべきなんでしょうけれど、演技でもエイン様に媚びたくないです。

 ここは適当に流しておいて、家族の前ではエイン様とよりを戻したがっているフリをしたほうが良さそうですね。

「私が決めることではありません」
「そんなに怒らないでくれよ。ほら、仲直りのキスをしよう」
 
 そう言って、エイン様は目を閉じ、口を突き出して私に顔を近づけてきました。

「「ギャーーっ」」

 私だけでなく、周りにいたニーニャや他の女子が絶叫した時、エイン様の頭に教科書が振り下ろされました。

「いい加減にしろ」
「い、いた、痛いっ!」

 助けてくれたのは、呆れ返った顔をしたアデルバート様でした。頭を押さえてしゃがみ込んだエイン様を無視して、アデルバート様にお礼を言います。

「あの、本当に助かりました。ありがとうございました」
「大丈夫か?」
「今は精神的に辛い状態ですが、すぐ、元気になると思います」
「なら、良いけど」
「良くはない!」

 エイン様が叫び、涙目でアデルバート様を睨みつけます。

「学園長に暴力を振るわれたと伝えますから!」
「勝手にしろ」

 アデルバート様はそう言って、私とエイン様の間に割って入ってくれました。

 私にも一応、護衛騎士がいますが、私の後ろを付いて歩いているだけで、私を守るつもりはありません。何かあっても見て見ぬふりです。ですから、こんな風に誰かに守られるだなんて、生まれて初めてでした。

「暴力をふるうだなんてありえないことですよ!」
「学園長にはアデルバート様は私を守ってくれたのだと伝えます。それよりも、エイン様、婚約者がいる身で私にキスしようとしたことを、学園長に知られても良いんですか?」
「そ……、それは、仲直りのものだから、別に悪いことじゃ……」
「恋人同士、ましてや友人でさえもない人と仲直りのキスなんてありえません」

 私が呆れ顔で答えた時、授業開始のチャイムが鳴ったので、エイン様とヴィーチは慌てて教室から出ていったのでした。

 次の休み時間に女子だけで集まって、こんな話をしました。

「アンナは頭が良いし、顔も可愛らしいもの。エイン様のクラスにアンナを好きだと言う人がいるんじゃない? だから、今になって惜しくなったのよ」
「褒めていただきありがとうございます。個人的にはみなさんのほうが可愛いと思います。エイン様が私と再婚約したいのは、私が注目を浴びているからでしょう。婚約者に戻って優越感に浸りたいのでしょうね」
「それにしても、さっきの仲直りのキスというのは信じられませんね。あの、その、こんなことを言ってはいけないとわかっていますし、個人的な意見で申し訳ないのですが、その、あの、気持ち悪い……」

 苦々しい顔をして言ったニーニャに、私を含む女子三人は大きく頷いたのでした。

 
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