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閑話 ロキの初恋(ロキside)

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 アイラは覚えていないみたいだけど、僕と彼女は同じクラスになる前に知り合っている。

 だけど、それは同じクラスになる、何年も前のことだから、彼女が覚えていなくても仕方がない。
 それにあの頃の僕の髪の毛は肩まであったし、よく女の子と間違えられていた。
 彼女のことだから、僕のことを女の子だと思っていたに違いない。

 僕やアイラが7歳の頃だ。

 あの日は収穫祭の最終日で、街の中心部ではたくさんの出店が出ていた。

「ロキ様、はぐれては大変です。手を繋いでいましょうね」
「うん」

 両親の代わりをしてくれている男爵夫妻と手を繋いで歩いていると、美味しそうな匂いがして足を止めた。
 それは肉串で露店に出ている食べ物としては、他のものと比べて倍以上高い値段だった。

「お食べになりますか?」
「いいの?」
「私が毒見をいたしますのでかまいませんよ」

 男爵が笑顔で言ってくれた時に少しだけ躊躇した。
 僕は毒見をしてもらわなければいけない立場であることはわかっている。
 だけど、僕のためにその人が死んでしまっても良いのかと思うと、また違う気がした。

 だって、僕のためだからと言って、その人が死んでも良いみたいに思えてしまったからだ。

 僕のために死んでも良い人なんていない。

「どうしようかな」

 その時の僕は肉串を食べることを躊躇した。
 するとその時、女の子の声が聞こえた。

「お母さま、あれ、食べたい!」
「どれ?」
「あれ、お肉!」

 僕と変わらない年齢の女の子が目をキラキラさせて肉串の屋台を見つめていた。

「駄目よ。行きましょう」
「嫌! 食べたい!」

 女の子と母親らしき人が腕を引っ張り合っている。

 紺色の長い髪をツインテールにした、とても可愛らしい女の子で、ちょっとだけ気が強そうにも見える。

「ロキ様、どうかされましたか」
「……肉串を食べたいな。二本欲しい」
「承知しました」

 僕の視線の先にいる彼女に気が付いたのか、男爵は微笑み、肉串を二本買ってきてくれた。

 本当は駄目だけれど、毒見はしてもらわずに、一本は自分で食べることにして、もう一本は女の子に渡すことにした。

 近づいて行くと母親との喧嘩をやめて、女の子はきょとんとした顔で僕を見た。
 ジッと見つめられて、なぜか頬が熱くなる。
 だから、斜め下を向いて肉串を彼女に差し出す。

「これ、あげるよ」
「……いいの?」
「うん」
「ありがとう!」

 女の子が肉串を僕から受け取ろうとすると、彼女の母親が止めた。

「知らない人から物をもらっては駄目よ」
「……でも」

 母親の言うことは間違っていない。
 どうするか考えていると、男爵夫妻が近寄ってきた。

 夫人同士は知り合いだったらしく、すぐに僕から肉串を受け取る許可がおりた。

「ありがとう!」

 女の子はすごく嬉しそうな顔をして、僕から肉串を受け取った。

 その頃の僕は野菜が苦手だったから、肉串についている野菜に躊躇していると、女の子は僕の串に刺さっている野菜を引き抜いてぱくりと口に入れた。
 そして、咀嚼したあと満面の笑みを浮かべて言う。

「お肉はどうぞ!」
「あ、ありがとう」
「アイラ! なんてことをしているの! 本当に申し訳ございません!」
「いえ、いいんですよ」

 キャスティ子爵夫人が謝ると、男爵が苦笑して手を横に振った。

「野菜が嫌いなんでしょう? 美味しいものを食べたほうが幸せだよねっ」

 アイラと呼ばれた少女は自分の分の野菜を食べたあと、肉の部分を僕に差し出してくる。

「お肉、美味しいよ」
「う、うん」
「食べて」
「……うん」
 
 その時の肉の味なんか覚えていない。
 ただ、ドキドキして顔が熱くて、彼女から視線を逸らせなかった。

「美味しいでしょ?」
「もう、アイラったら! 馴れ馴れしくするのはやめなさい。ごめんなさいね。驚いたでしょう」
「いいえ」

 子爵夫人なのに表向きは男爵家である僕にもとても優しかった。

「お肉、美味しかった。ありがとう!」

 食べ終えたアイラは満足そうに笑ったあと、男爵夫妻に頭を下げる。

「ごちそうさまでした。ありがとうございました」
「美味しそうに食べてくれているのを見て、幸せな気分になれたわ。こちらこそありがとう」

 男爵夫人が微笑むと、アイラはえへへと嬉しそうに笑った。

 その後はアイラが僕に名前を聞いてくれたりして話しかけてくれたのに、胸がドキドキして話すことができなかった。

 ずっと、頭から離れなかった女の子。
 忘れようと思っていたのに忘れられなかった女の子。
 男爵夫妻は、僕の気持ちに気づいていたようで、ある日、男爵夫妻はアイラが通っている学園に僕とエイドをサプライズで編入させた。

 そして、僕は何も知らないまま、十二歳の時にアイラと再会する。

 しかも、彼女は木に登っていて、僕はそんな彼女を見上げているという状態でだ。

 さすがに、このことは彼女も覚えているはず……だと思うけど、その頃の彼女の中での僕は、初対面の人だから覚えていないかもしれないな。





お読みいただきありがとうございます!
ロキがアイラを好きになったきっかけです。
学園生活の二人も書こうか迷いましたが、今のところは出会いだけ書いてみました。
楽しんでもらえたら幸いです。
 
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