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22 扇より食べ物
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「抜け駆けするのはどうかと思うのよ」
ポスティム公爵令嬢と一緒に別邸に向かって歩いている途中で、彼女は後ろを歩く自分のメイドやマーサたちに聞こえないように、私の耳元で小さな声で言った。
言葉の意味がわからなかった私は、普通の声の大きさで聞き返す。
「抜け駆けとはどういうことでしょうか。私は国王陛下に許可ももらっていますし、もし、気になられるようでしたら、ポスティム公爵令嬢も国王陛下にお願いされたら良いだけなのではないかと思うのですが」
「お前、結婚前の男女が部屋に二人きりになるなんて許されると思っているの!?」
ポスティム公爵令嬢は私に顔を近付けて言った。
王太子妃の選別中は、二人きりになることは許されるはずだ。
一線を越えるとかは駄目だけれど、二人だからこそできる会話もあるだろうということで認められている。
だから、そのことでどうこう言われる筋合いはない。
王太子妃候補に関する禁止事項に、そんな文章はないし、ロキは王太子なんだから、彼女が心配するような馬鹿なことはしないと多くの人は信じているはずだし、そんなことを言うのはロキに対して失礼でもある。
ロキからの手紙にだって、性的なことが書いてあったことは一度もない。
「ちょっと、お前! 私の話の最中に何を考えているのよ!」
「申し訳ございませんでした。二人きりになってはいけないという規則があったかどうか考えていました。ですが、これからは気を付けるように致します。ところで持ってこられたケーキはロキアス様のメイドにお渡しされたんですか?」
「人の話を聞かない女ね! そんな女の質問に答えるわけないでしょう」
「承知いたしました」
ポスティム公爵令嬢の言うとおり、人の話を聞いていないのは良くないわ。
とにかく、さっきの問いかけに答えることにしましょう。
「結婚前の男女が二人きりになる件ですが」
「もう、その話は良くってよ!」
「良いのですか?」
「本当に鈍い女ね! もう良いと言っているでしょう! お前は馬鹿なの? 何度言ったら理解できるの!」
さっき聞いてきていたから答えようとしただけだったんだけれど、答えるのが遅すぎたらしい。
今回については、上の空で話を聞いていた私も悪いので謝っておく。
「申し訳ございませんでした」
「お前は申し訳ございませんでしたと言うばかりで反省している色が見えないわ」
「はい!? 反省はしております。もし、そう見えていないようでしたら」
そこで言葉を止めて考える。
申し訳ございませんでしたと言っても反省しているように思ってもらえないのなら、なんて言ったらいいの?
ちゃんと反省はしているんだけど。
「まあ、いいわ。いつまでもお前なんかにかまっていられませんからね」
時間があるかと聞いてきたのは、そちらのほうなんですけど。
と言い返したかった。
でも、同じ王太子妃候補とはいえ相手は公爵令嬢だもの。
どうしたら良いのかわからなくなり横を向くフリをして、ちらりと後ろを歩くマーサたちのほうを見た。
すると、彼女たちはポスティム公爵令嬢のメイドたちと睨み合っていた。
そっちはそっちでどうしてそんなことになってるのよ。
……そういえば、ここに来た当時、メイドたちも争っているという話を聞いたような気もする。
でも、こういうところも見られているというのなら、大人の対応をすべきだと思うので、あとで話をしなくちゃ駄目ね。
「ケーキはメイドに渡しているわ。私が持っていったケーキのほうが、お前のお父様が経営していらっしゃるケーキよりも美味しいに決まっているから」
答えてくれないのかと思っていたら、ポスティム公爵令嬢は律儀に答えてくれたので聞いてみる。
「ポスティム公爵令嬢は私の父の経営する店のケーキを食べられたことがあるのですか?」
「ある訳ないでしょう! あんな庶民が食べるようなものを!」
「ミゲスダット公爵家御用達なんですが」
「うるさいわね!」
癇癪を起こしたのか、ポスティム公爵令嬢は持っていた扇を私に投げてきた。
扇は私の顔に当たって床に落ちる。
拾う様子がないので、少し痛む頬をさすったあと私が拾って手渡そうとすると、ポスティム公爵令嬢が叫んだ。
「お前の顔に当たったものなどいらないに決まっているでしょう! いい!? ここは王太子妃になりたい人間が集まる場なの。お前のような何の気構えもない人間は来ていいところじゃないのよ。それを覚えていなさい!」
「承知いたしました。ところで、この扇は本当にいらないんですか?」
「いらないわ! 返してきたりなんかしたら、その扇を焼いてやるわ!」
そんなに怒らなくても良いでしょうし、焼く必要もないでしょう。
「わかりました。こちらは私が好きにさせていただいてもよろしいですか?」
「勝手になさい!」
「わかりました」
とにかく頷くしかないので首を縦に振ると、ポスティム公爵令嬢は満足したのか、後ろを歩いていたメイドたちに叫ぶ。
「何をダラダラ歩いてるのよ! 私に付いてきなさい!」
「申し訳ございません!」
ポスティム公爵令嬢のメイドたちはマーサたちと睨み合うのをやめて、先に歩いていったポスティム公爵令嬢を追いかけて走り出す。
私はマーサたちが私に追いつくのを待ってから、彼女たちに尋ねる。
「この扇はどうしたらいいと思う?」
「処分致しますか? ポスティム公爵令嬢が使われていたものをアイラ様が使うのもどうかと思いますし」
「処分するのももったいないわよね。まだ使えるもの。汚れてもいないし」
手の中にある扇は孔雀の羽のようなもので作られた派手で大きめな扇だ。
公爵家の令嬢が使っているのだから、きっと値段も相当するはず。
これ、売れるかしら。
もしくはサラにあげようか。
といっても、サラももらっても困るわよね。
そんなことを思いながらもお腹が減ったので、夕食をとるために部屋に帰ることにした。
ポスティム公爵令嬢と一緒に別邸に向かって歩いている途中で、彼女は後ろを歩く自分のメイドやマーサたちに聞こえないように、私の耳元で小さな声で言った。
言葉の意味がわからなかった私は、普通の声の大きさで聞き返す。
「抜け駆けとはどういうことでしょうか。私は国王陛下に許可ももらっていますし、もし、気になられるようでしたら、ポスティム公爵令嬢も国王陛下にお願いされたら良いだけなのではないかと思うのですが」
「お前、結婚前の男女が部屋に二人きりになるなんて許されると思っているの!?」
ポスティム公爵令嬢は私に顔を近付けて言った。
王太子妃の選別中は、二人きりになることは許されるはずだ。
一線を越えるとかは駄目だけれど、二人だからこそできる会話もあるだろうということで認められている。
だから、そのことでどうこう言われる筋合いはない。
王太子妃候補に関する禁止事項に、そんな文章はないし、ロキは王太子なんだから、彼女が心配するような馬鹿なことはしないと多くの人は信じているはずだし、そんなことを言うのはロキに対して失礼でもある。
ロキからの手紙にだって、性的なことが書いてあったことは一度もない。
「ちょっと、お前! 私の話の最中に何を考えているのよ!」
「申し訳ございませんでした。二人きりになってはいけないという規則があったかどうか考えていました。ですが、これからは気を付けるように致します。ところで持ってこられたケーキはロキアス様のメイドにお渡しされたんですか?」
「人の話を聞かない女ね! そんな女の質問に答えるわけないでしょう」
「承知いたしました」
ポスティム公爵令嬢の言うとおり、人の話を聞いていないのは良くないわ。
とにかく、さっきの問いかけに答えることにしましょう。
「結婚前の男女が二人きりになる件ですが」
「もう、その話は良くってよ!」
「良いのですか?」
「本当に鈍い女ね! もう良いと言っているでしょう! お前は馬鹿なの? 何度言ったら理解できるの!」
さっき聞いてきていたから答えようとしただけだったんだけれど、答えるのが遅すぎたらしい。
今回については、上の空で話を聞いていた私も悪いので謝っておく。
「申し訳ございませんでした」
「お前は申し訳ございませんでしたと言うばかりで反省している色が見えないわ」
「はい!? 反省はしております。もし、そう見えていないようでしたら」
そこで言葉を止めて考える。
申し訳ございませんでしたと言っても反省しているように思ってもらえないのなら、なんて言ったらいいの?
ちゃんと反省はしているんだけど。
「まあ、いいわ。いつまでもお前なんかにかまっていられませんからね」
時間があるかと聞いてきたのは、そちらのほうなんですけど。
と言い返したかった。
でも、同じ王太子妃候補とはいえ相手は公爵令嬢だもの。
どうしたら良いのかわからなくなり横を向くフリをして、ちらりと後ろを歩くマーサたちのほうを見た。
すると、彼女たちはポスティム公爵令嬢のメイドたちと睨み合っていた。
そっちはそっちでどうしてそんなことになってるのよ。
……そういえば、ここに来た当時、メイドたちも争っているという話を聞いたような気もする。
でも、こういうところも見られているというのなら、大人の対応をすべきだと思うので、あとで話をしなくちゃ駄目ね。
「ケーキはメイドに渡しているわ。私が持っていったケーキのほうが、お前のお父様が経営していらっしゃるケーキよりも美味しいに決まっているから」
答えてくれないのかと思っていたら、ポスティム公爵令嬢は律儀に答えてくれたので聞いてみる。
「ポスティム公爵令嬢は私の父の経営する店のケーキを食べられたことがあるのですか?」
「ある訳ないでしょう! あんな庶民が食べるようなものを!」
「ミゲスダット公爵家御用達なんですが」
「うるさいわね!」
癇癪を起こしたのか、ポスティム公爵令嬢は持っていた扇を私に投げてきた。
扇は私の顔に当たって床に落ちる。
拾う様子がないので、少し痛む頬をさすったあと私が拾って手渡そうとすると、ポスティム公爵令嬢が叫んだ。
「お前の顔に当たったものなどいらないに決まっているでしょう! いい!? ここは王太子妃になりたい人間が集まる場なの。お前のような何の気構えもない人間は来ていいところじゃないのよ。それを覚えていなさい!」
「承知いたしました。ところで、この扇は本当にいらないんですか?」
「いらないわ! 返してきたりなんかしたら、その扇を焼いてやるわ!」
そんなに怒らなくても良いでしょうし、焼く必要もないでしょう。
「わかりました。こちらは私が好きにさせていただいてもよろしいですか?」
「勝手になさい!」
「わかりました」
とにかく頷くしかないので首を縦に振ると、ポスティム公爵令嬢は満足したのか、後ろを歩いていたメイドたちに叫ぶ。
「何をダラダラ歩いてるのよ! 私に付いてきなさい!」
「申し訳ございません!」
ポスティム公爵令嬢のメイドたちはマーサたちと睨み合うのをやめて、先に歩いていったポスティム公爵令嬢を追いかけて走り出す。
私はマーサたちが私に追いつくのを待ってから、彼女たちに尋ねる。
「この扇はどうしたらいいと思う?」
「処分致しますか? ポスティム公爵令嬢が使われていたものをアイラ様が使うのもどうかと思いますし」
「処分するのももったいないわよね。まだ使えるもの。汚れてもいないし」
手の中にある扇は孔雀の羽のようなもので作られた派手で大きめな扇だ。
公爵家の令嬢が使っているのだから、きっと値段も相当するはず。
これ、売れるかしら。
もしくはサラにあげようか。
といっても、サラももらっても困るわよね。
そんなことを思いながらもお腹が減ったので、夕食をとるために部屋に帰ることにした。
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