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7 元婚約者の登場と退場
しおりを挟む王城から帰った次の日、私の親友であるサラ・モノリノがお店にやって来た。
サラは焦げ茶色の腰まである長い髪をポニーテールにして、長い前髪を横髪のように耳の横に流している、スレンダー体型の美少女だ。
そして、今、目の前にいる彼女こそが、エイドの好きな人だったりする。
サラはエイドの気持ちに気付いていないようだし、エイドも自分の気持ちは他の人に気づかれていないと思っているみたいだった。
でも、私とロキにしてみれば、エイドの態度は見え見えだったので、サラがエイドの気持ちに気付いていないことのほうがおかしいと思っていた。
「今回の王太子妃候補はどんな方が選ばれたんでしょうね」
「えっと、大々的に発表されるのって6日後だったっわよね?」
「ええ。王太子殿下の顔見せは今日だけど、王太子妃候補は6日後だと聞いているわ。まあ、どうせ選ばれているのは辺境伯家以上のお嬢様でしょうね。私たちみたいな子爵令嬢には関係ない話だわ」
「そ、そんなこともあったり、なかったり、あったり、なかったり」
「アイラ、あなた何を言ってるのよ」
サラが訝しげな顔をして、動揺している私の顔を覗き込んできた。
「えっと、そんなこともなかったりするかもしれないなあと思って」
「……そうかしら」
サラは私を疑わしげな目で見ながら首を傾げた。
ごめんね、サラ。
あなたのお友達、王太子殿下と公爵令息だった。
エッちゃん、じゃない、エイドは公爵令息だったのよ。
ちなみに、サラ、あなたはエイドにロックオンされているから頑張ってね。
なんて口に出して言ってしまいたいけれど、エイドのサラへの気持ちは私が口にすることではない。
でも、王太子妃候補の話は私の口からサラに伝えようと思った。
「あのさ、サラ。急なんだけど今日の夜、時間はあるかしら」
「特に予定はないけど、どうかしたの?」
「ちょっと話したいことがあるの。今は仕事中だし、ちょっと無理だから」
「そうよね。仕事中なのに話しかけちゃってごめんなさい。とにかく、ケーキはちゃんと買わせてもらうわ。夜に改めてゆっくり話をしましょう。閉店時間にここに来たらいいかしら」
「そうね、ありがとう」
笑顔で礼を言うと、サラも笑い返してくれた。
そういえば、サラはエイドのことをどう思ってるのかしら。
憎からず思ってはいるだろうけれど、異性として見たりしていたことはあるのかしら。
あと、王太子ことも夜までにはサラも知ることになるだろうから、真実を知ったら、かなり驚くでしょうね。
サラが選んだケーキを箱に詰めながら、ぼんやりと思った。
*****
そして、時間はあっという間に過ぎて夕方になった。
昨日と今日はシフォン様目当ての男性のお客さんが多くて、予定していたケーキは全部完売した。
今日はシフォン様はいなかったけれど、来ているかもしれないと思って店にやって来た人も多く、来た以上は何か買って帰るという人が多かったから、無事に完売できた。
閉店時間よりも少しだけ早く閉店準備を進めていると、サラがやって来た。
「大変よ、アイラ! 王太子殿下、誰だったと思う!?」
「ロキだったでしょう?」
「……え!? どうして知ってるの? お客様から聞いたの?」
「ううん。エイドからも本人からも聞いた」
「え? どういうこと? ロキに会ったの? というか、どうしてエイドの話が……って、まさか、エイドも王族の関係者なの?」
パニックになっているサラを何とか落ち着かせ、お店の閉店処理を終えてから、サラと一緒に平民向けの低価格のレストランに向かった。
レストランは開店すぐだったせいか空いていて、私たちは店内の一番奥の席に座り、食事をしながら話をすることにした。
「そんな嘘でしょ。いや、ロキがあなたのことを好きなのは知っていたけど」
「え? 知ってたの?」
「知ってたわよ。誕生日プレゼントに欲しい物を聞き出したりしてたでしょう。それは、もちろん私が聞きたいというのもあったけれど、ロキに教えるためでもあったのよ」
大皿の料理を3品頼んでシェアすることに決め、オーダーしたあとにサラは話を続ける。
「あなたは気づいていないみたいだったけど、ロキの態度はわかりやすかったわ」
「……そうだったのね。ロキは私の好きなものをよく知ってるなあ、なんて呑気に思っていたわ」
「でも、アイラには婚約者がいたから、ロキは思いを打ち明けないみたいなことを言っていたわ。でも、あなたは婚約を破棄されたんだものね。しかも、ロキの目の前で! って、王太子殿下って言わないと駄目かしら」
「ロキに手紙をもらったんだけど、公の場以外ではいつも通りにしてほしいって書いてあったわ。サラにもそう伝えてほしいって」
あの後、家に帰ってから、ロキからの手紙を読んだ。
エイドが言っていた通り、ロキから私へのラブレターだった。
連絡事項や今まで黙っていたことへの謝罪なども書かれていたけれど、それ以外の内容は思い出しただけでも照れてしまう内容だった。
「アイラ、顔がニヤけてるわよ」
「えっ!?」
「まあ、気持ちは分からないでもないわ。ロキは顔が良いものね」
「顔の問題じゃないわよ」
「じゃあ、どういう問題?」
笑いながら聞き返してきたサラだったけれど、私の背後に視線を向けた瞬間、口をへの字に曲げて眉根を寄せた。
「どうかしたの?」
サラに尋ねてから後ろを振り返ったことを後悔した。
背後には私の元婚約者のマグナが立っていたからだ。
「最悪」
彼だとわかった瞬間、思わず呟いてしまった。
「アイラ、探したんだぞ!」
私の声は聞こえていなかったのか、マグナは断りもせずに空いていた私の隣の席に座ると話を続ける。
「王太子妃候補になったんだって? すごいじゃないか! さすが、俺の元婚約者だ!」
何を言ってるの、この人。
私とサラの冷たい視線なんてまったく気にする様子もなく話し続ける。
「まさか、あの彼が王太子殿下だったなんてな! 王太子殿下が友人だって皆に言ったら、かなり羨ましがられたよ」
「ロキはあなたのことを友人だなんて思ってないわよ。それよりどこかへ行ってくれない?」
ロキとほとんど話をしたこともないのに、友人だというマグナに腹が立って言うと、彼はへらへらした顔で笑う。
「アイラ、そんな冷たいことを言うなって。何度か話をしたこともあるんだから、もう友達だろ?」
「そんな訳ないわよ。というか、勝手に横に座らないでって言ってるでしょう!」
「かたいことを言うなよ。もしかして、婚約を破棄したことをまだ怒ってんのか?」
「婚約を破棄されたことについては、怒っていないわ」
あなたが婚約破棄をしてくれたから、私は王太子妃候補に選ばれた訳だしメリットのほうが多くて助かる。
「どうして、アイラなんかが選ばれたのかなぁ。もしかして、ロキは」
私だけじゃなくサラも怒りが抑えきれなくなった時だった。
いつの間にか横のテーブルに座っていた2人の女性が立ち上がったと思うと、その内の1人が無言で、マグナを後ろからヘッドロックした。
突然の出来事に私たちが呆気にとられていると、もう1人の女性がナフキンを丸めて、マグナの口に突っ込んで声を出させない様にした。
マグナは暴れて抵抗していたけれど、最終的には床に組み伏せられ、首を締められて気絶させられていた。
「お騒がせして申し訳ございません。こちらのことは気になさらずに、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
女性二人が笑顔でそう言ったかと思うと、違うテーブルに座っていた大柄な男性が近付いてきて、意識を失っているマグナを肩に担ぎ上げた。
呆然として、その様子を眺めている私たちに男性は軽く頭を下げたあと、無言でお店を出ていった。
「王太子妃候補の関係者の方なのかしら」
サラが呟いたので、席に戻った女性たちに目を向ける。
二人共に腰のベルトにつけられた剣の鞘には王家の紋章が入っていた。
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