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4  城内の廊下での戦い

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 クスクスと馬鹿にするような笑い声が聞こえてきた。
 笑うだけなら良いのだけど、こんな言葉も聞こえてきた。

「小さなお子様がまぎれこんだのかしら」

 誰が言ったのかはわからない。

 誰であろうと、そんな性格の悪さじゃ王太子妃に選ばれないですよ!
 と言いたくなったけれど、何とか我慢した。

 ロキはきょとんとした顔で私を見つめていた。
 私が恥ずかしさで顔を歪めると、ロキは自分の顔を誰もいない方向に向け、口を手で押さえて噴き出した。

 ちょっと失礼なんじゃないかしら。
 
 無言で睨みつけていると、ロキはその視線に気が付いて声をかけてくる。

「失礼した。良かったら君の名前を聞かせてくれないか?」

 聞かなくったって私の名前なんて知っているでしょうに。
 他の令嬢のことだってすでに調べて、情報を頭に叩き込んでいるはずだ。
 
 学生時代のロキの頭の良さを知っているだけに、そう文句を言いたくなった。

 でも、これが儀式なのかもしれないし、自己紹介するしかない。

「アイラ・キャスティーと申します。王太子殿下にお会いできて光栄です」

 今度は噛まずに言えた。
 すると、ロキは満足そうに笑顔を見せると立ち上がった。
 そして、跪いている私を見下ろして口を開く。

「これからもよろしく」

 も、のところだけは小声だった。

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 不自然かもしれないけれど、できる限り自然な笑顔を作って言うと、ロキはまたしゃがんで私の耳元に自分の口を持ってきて言う。

「印象が違って、すごく可愛いよ」
「へい!?」
「へいって、どういう意味だよ」

 ロキは笑いを噛み殺しながら立ち上がると、踵を返した。
 そして、動揺している私のことなど気にする様子もなく壇上に戻っていったのだった。


*****


 その日はメイドたちに教えてもらった通り、本当に王太子殿下との顔合わせだけで終わり、私を含む王太子妃候補は一度、家に戻ることになった。
 謁見の間の前の廊下でメイドたちが待ってくれていた。
 私の所に緊張した面持ちで近寄ってきてくれたので、まずはお礼を言うことにする。

「ロキ、じゃなくて、王太子殿下に褒められました。あなた方のおかげです。本当にありがとうございました」
「私共はお手伝いしただけでございます!」

 メイドたちは声を揃えて謙遜した。
 でも、私を見つめる表情はとても嬉しそうなので、気持ちを素直に伝えて良かったと思った。

 王太子妃の選別の仕方など、詳しい話は7日後にしてもらえると説明があった。
 別邸に入ってしまうと家族や友人としばらく会うことが出来なくなる。
 だから、大切な人と過ごしたり自分の好きなことをしたりして時間を大切に使うようにと言われた。
 そして、明日、国民の前に王太子殿下が顔を見せることになることも教えてもらった。

 王太子の姿を見た学園時代の友人たちはみんな驚くでしょうね。
 私だって未だに信じられないもの。

「ちょっと!」

 メイドたちと一緒に私が元々着ていた服が置いてある別邸に戻ろうとした時だった。
 一人の女性に強い口調で呼び止められた。

 私を呼び止めたのは、フィーニ・ノビス辺境伯令嬢だった。

 ノビス辺境伯令嬢はウェーブのかかったピンク色の腰まである長い髪を背中におろしていて、色白でアーモンド型の目に青い瞳を持っている。
 顔はシャープで、見た目はとても綺麗な女性だけれど、怒っているのか目がつり上がっていて怖い。

「あの、私に何か御用でしょうか?」

 立ち止まって尋ねると、ノビス辺境伯令嬢は私に近付いてくると、じろじろと無遠慮に私の顔を見たあとに呟く。

「特に変わった様子はありませんのに、何が良かったのかしら」
「あの、私に何が御用でしょうか」
「キャスティーさん、あなたが特別枠なのでしょう? ロキアス様とお知り合いの様でしたし」
「は、はい。そうかと思われます」

 相手がロキなら、私が特別枠というのはわからないでもない。
 クラスの中でロキと一番仲の良かった女子は私だったからだ。

 ちなみにまだ中身を読めていないのだけど、手紙の差出人はロキからだった。
 自分のことや今日のことについて、手紙に詳しい内容が書かれているのかもしれないから、早く帰って確認しないといけないわ。
 ここまで来る途中の馬車の中で見たかったんだけど、封を切れるものがなかったから、今は別邸に私が着てきた服と一緒に置いてある。

「どうして、ロキアス様はこんな人を特別枠なんかに指名したのかしら。ただの貧乏人じゃないの」
「それについては同感ですわ。まあ、顔は見れなくはないようですけれど、私に比べたらまだまだですわ」

 フン、と鼻で笑いながら、ノビス辺境伯令嬢の背後から新たな敵キャラクターらしき人が現れた。

 身長は私の胸くらいまでしかなく、小柄でぽっちゃりとした体型の丸顔の女性。
 誰かに似ているな、と思ったらノビス辺境伯令嬢に似ていた。
 そう思ったと同時に思い出す。
 この二人は姉妹で、あとから現れたのは妹のフューニ様だ。

 痩せ型の姉とぽっちゃり型の妹。
 姉は綺麗で妹は可愛いといった感じで、髪色や髪型、瞳は二人共同じだった。

 私が何か言う前にフィーニ様が口を開く。

「あら、フューニ、あなたはもっと痩せたほうがよろしくてよ」
「何を言っているのお姉さま。太っているほうが可愛いんですのよ。それよりもお姉さまは、もっと太ったほうがよろしくてよ」

 姉妹の言い合う姿を見つめて、自分の望む体型でいいんではないかと思った。
 痩せ過ぎや太り過ぎも健康には良くないだろうから、程々が一番良いのでしょうけど。

「ロキアス様は痩せている女性のほうがお好みだと思うけれど?」
「いいえ。ぽっちゃりしている女性のほうがお好みに決まっています」

 ちなみに私の体型は痩せ型である。  
 聞かれてないけど、心の中で言っておく。

 そんな私の心の声が聞こえたのか、フィーニ様が私を指差して叫ぶ。

「特別枠のキャスティー様は痩せていらっしゃるわ! ということは、ロキ様のタイプは痩せ型ということよ!」

 それを聞いた、フューニ様はガーン! と言わんばかりに大きな口を開けて、私を見つめてきた。

 どんな人が好みかはロキに直接聞いたらいいと思うし、決めつけなくても良いと思う。

 本当にロキが私のことを好きなのかどうかもわからない。
 ロキにどういうことなのか、ちゃんと話をしてほしい。
 今は手紙に何か事情を説明するものが入っていることを祈るしかない。

「アイラ様、今のうちに帰りましょう」
「そうですね」

 メイドに促されて歩き出そうとすると、今度は別の人から呼び止められる。

「ちょっと、そこのお前」

 新たな令嬢はカーラ・ポスティム公爵令嬢だった。
 ポスティム家の次女で、両親から溺愛されていると聞いたことがある。

 金色のお尻まである長い巻毛にピンク色の瞳、透明感のある白い肌に、シフォン様ほどではないけれど、豊満な胸を持っている。
 痩せ型ともぽっちゃり型とも言えないけれど、出るとこは出て引っ込んでほしいところは引っ込んでいるという理想の体型だ。

 コルセットの影響かもしれないけど、立ち姿はとても美しい。

「そこのお前というのは、私のことでしょうか」
「そうよ。お前以外に誰がいるの」

 男の子やお父様くらいにしか、お前だなんて言われたことがなかっただけに驚いてしまった。
 でも、偉い人からすれば、私はお前扱いなんでしょうね。

 そう納得してから聞いてみる。

「何か御用でしょうか」
「お前、本当に王太子妃になりたいの?」
「……なりたいから、ここに来ているのですが、何か問題でもございますか?」

 今、ここで本当は賞金目当てです、なんて言ったら、この段階で落とされて謝礼金がもらえなくなってしまうかもしれない。
 エディーさんに滞っているお給料も払いたいし、弟を良い学園に通わせたい。

 弟は今は平民が多く通う学園に通っていて、私が通っていた学園には通っていない。
 学費が高くて弟の分まで出せなかった。
 跡継ぎを学園に通わせるのが普通なのに、両親は私を優先してくれたのだ。
 弟は頭の良い子だから、貴族が通う学園の編入試験も通るはず。
 私にお金を使ったせいで、あの子の人生に影を落とすなんて絶対に嫌だわ。

「お前、王妃になる自覚なんて、一つもなさそうだから」

 ポスティム公爵令嬢が、持っていた扇を私の鼻先に突きつけた時だった。
 聞き覚えのある声が耳に届く。

「あなたたち、何をしているんです?」

 私とポスティム公爵令嬢とノビス姉妹、そして周りで傍観していた彼女たちのメイドが一斉に声がしたほうを振り返った。

 私の視線の先には学園時代、ロキと一番仲が良かった男性で、私ともよく話をした青年の姿があった。

 長身痩躯で細めのせいで冷ややかな印象を受ける、鼻筋の通った整った顔立ちのエッちゃんこと、エイド・サーフィッドだった。

 ここにいるということは、もしかして、エッちゃんも王族の関係者ってことなの?
 
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