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15  では、さようなら

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 動揺する必要がないと気がついたのか、伯爵夫人は笑顔で答える。

「わ、わたくしは結婚前は公爵令嬢でした。クヤイズ殿下と何度もお会いしたことはありますわ。そ、それがどうかしましたの?」
「風の噂だが、クヤイズ殿下は婚約者がいるのに、他の女性と逢引きをしていたらしい。その相手がテグノ伯爵夫人だと言われている」
「そ、それはただの噂だと思いますわ! フェル殿下とあろうお人が、他国のゴシップを待ち受けるだなんて信じられません!」
 
 馬鹿にしたような口調の伯爵夫人に兵士たちが剣を向ける。

「きゃあっ!」

 突然の出来事に悲鳴をあげる伯爵夫人に兵士の一人が凄む。

「フェル殿下を侮辱するような発言はやめろ」
「え……、あ、あの、そういう意味じゃ」

 複数の剣の切っ先を首元に軽く当てられた伯爵夫人は、涙目になって言い訳をする。

「ぶ、侮辱するつもりはありませんでした。ほ、本当に驚いただけなんです」
「剣を下ろせ」

 フェル殿下の命令に兵士たちは無言で剣を下ろして鞘に収めると、定位置に戻った。

「も……、もも……、申し訳ございませんでした」
「口の利き方には気をつけたほうが良いぞ」
「二度とあのような発言はいたしません」

 ブルブルと震えている伯爵夫人の横で、テグノ伯爵が私を見ていることに気がついた。テグノ伯爵の目には涙が浮かんでいるようにも見える。

 やっと、自分のしたことに気がついて、もう元には戻れないということを理解してくれたようだ。

 私が睨むと、テグノ伯爵は話し始める。

「……怒りと悲しみの感情でぐちゃぐちゃだよ。ナナリーは……、こんな気持ちだったんだな」
「そうですね。私のことを大事にしてくれると思っていましたから余計にショックでしたし、腹が立ったのは確かです」
「謝ったら……、チャンスはあるだろうか」
「なんの話ですか?」

 意味がわからなくて聞いてみると、テグノ伯爵は声を震わせて話す。

「オレはナナリーのことを傷つけたんだと、今になってやっとわかった。ナナリーがフェル殿下と……と思うと、胸が苦しくて本当に辛くて。だから謝りたい。やり直したいんだ」
「あの、テグノ伯爵、あなた方に長々と時間をかけていられないのです」

 復縁したいと言っているらしい。そんなことはありえないので話を打ち切り、テグノ伯爵からの答えは待たず、フェル殿下に話しかける。

「夫人との話は終わりましたか?」
「聞きたいことについて納得できる回答はもらってないが、体調が良くなさそうだし帰ってもらおうか。嘘か本当かは本人の口から聞けなくても調べれば良いことだからな」

 相手は妊婦だし、ストレスを与えるのは良くないと判断したようだった。

 自分で蒔いた種だけど、フェル殿下にしてみれば、お腹の子供に何かあったら嫌なんでしょう。……といっても、調べられたら困るでしょうから、テグノ伯爵夫人がピンチなことには変わりはない。 

 フェル殿下に頷き、テグノ伯爵に目を向ける。

「では、さようなら。もう二度と私の前には現れないでください。飼い犬の件で相談したい場合はメイドを寄越してくださいね」

 私が手を振ると、兵士たちがテグノ伯爵夫妻の腕を掴んで、テントの中から外へ引きずり出そうとする。

「本当に……、本当にごめん! 許してほしい!」

 テグノ伯爵は私の立場を自分と置き換えることで、やっと自分のしたことが悪いことだったと気づいたらしい。

 でも、もう遅い。彼は夫人に子供ができなければ、浮気を隠しているつもりだった。だから、複数回、遊びとして関係を持った。

 そんな人はいらないわ。

 震える声で叫んでいる声が遠ざかったところで、次の人たちに入ってもらった。




◇◆◇◆◇◆
(ノウル視点)

 今までは本当に浮気だと思っていなかった。体の繋がりよりも心の繋がりが大事だと思っていた。

 でも、ナナリーがフェル殿下に心が移ったと聞いて、胸が張り裂けそうになった。離婚したけど、オレの中では心で繋がっていると思っていたんだ。

 また、一緒になれるって――

 もう、無理なんだな。

 そう思うと、涙があふれて止まらない。

「……テレサ様」

 公園の外に放り出されたオレたちは、馬車に乗り、今日の宿に向かうことにしな。そこで、オレは彼女に別れを切り出す。

「子供が生まれたら別れてほしい。養育費は払いますから」
「い、嫌です! どうしてそんなことを言うんですか!」
「フェル殿下が言っていましたが、あなたはクヤイズ殿下と関係があるんでしょう? お腹の子もオレの子じゃないんじゃないですか?」
「あ、あなたの子です!」

 必死に否定してくるテレサ様を見て、オレはお腹の子はオレの子ではないと確信した。

 こんなことがわかっても意味がない。ナナリーはもうオレの元には戻らない。オレが王子に勝てるわけがないんだ。

 オレは本当に馬鹿だった。命があるだけマシだと思おう。

 だけど、オレの人生を狂わせたこの人には痛い目に遭ってもらわなければ……。

 この時のオレは、自分が痛い目に遭うことなど考えてもいなかった。
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