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14  私のことなど、ご放念くださいませ 

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「前々から言っているだろう! オレは君への愛情なんて、これっぽっちもない! 君を抱いたのは同情だ!」
「そんな……! 酷すぎませんか!」

 テグノ伯爵夫人は悲痛な声をあげた。人前であるにもかかわらず、喧嘩を始めた二人に呆れ返っていると、フェル殿下が私に身を寄せて小声で話しかけてくる。

「思った以上にクズだな」
「こう言うだろうとは思っていましたが、実際に聞いてみると嫌悪感が増しますね」
「たとえ、そう思っていたとしても普通は口に出さないもんだろうが、奴にとってはそれが当たり前だから、理解できないこちら側のほうがおかしいという思考になるんだろうな」
「そうだと思います」

 自分と全く同じ考えを持つ人なんていないだろうから、理解できない感情があってもおかしくはない。だけど、常識的に口に出して良いことと悪いことくらいは、この年齢になってわかっていないほうがおかしい。

 身を寄せて小声で話をしているというのもあるけれど、一緒に過ごしていく内に、私とフェル殿下の距離も近づいている。そのことに気が付いたのか、伯爵夫人と喧嘩をしていたテグノ伯爵が私に訴える。

「どういうことだよ、ナナリー! オレ以外の男と仲良くするなんてありえない!」
「あなたにそんなことを言われる筋合いはありません。あなたと私の関係はもう終わっているんです。それに、私とフェル殿下はいずれ結婚するんですから、仲良くしていてもおかしくないでしょう」
「オレの中では君との関係は終わったつもりはない!」

 本当に面倒くさい男ね!

「離婚も成立し、私はフェル殿下と婚約、あなたは夫人と結婚したんです。それなのに関係が終わっていないなんて馬鹿なことを言わないでください!」
「……ナナリー」

 テグノ伯爵は私を睨みつけて続ける。

「君はフェル殿下のことが好きなのか?」
「はい?」

 予想外の質問をされて聞き返すと、テグノ伯爵は私たちの間にある木のテーブルに身を乗り出して叫ぶ。

「オレは浮気していない! それなのに君はフェル殿下に心変わりしたって言うのか!」
「意味がわかりません! あなたと私の関係は終わったと言っているでしょう! あなたと結婚している時にフェル殿下を好きになっていたら浮気と言えるでしょう。でも、今は違います! あなたとは離婚していますし、フェル殿下は私の婚約者なんです。好きになっても浮気とは言いません!」
「そうだ。俺とナナリーが深い関係になっていても問題はない」

 そんな事実はないのだけど、テグノ伯爵を挑発するためにフェル殿下が、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
 すると、テグノ伯爵は怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。

「問題はありますよ! 愛し合っている二人の仲を引き裂いたんです!」
「愛し合っている二人というのは?」
「オレとナナリーです!」

 フェル殿下は小さく息を吐いてから、私を見つめる。

「そうなのか?」
「いいえ。愛し合っていると思っていたのはテグノ伯爵だけです。彼が浮気したとわかった時点で、彼への愛情は全て消え去っています! もし、テグノ伯爵への愛情があった時にフェル殿下と関係を持っていたなら……」

 私はテグノ伯爵を見つめて尋ねる。

「あなたは、そのことをどう思いますか?」
「どう思うって。オレがいるのにフェル殿下と関係を持つなんて、ただの浮気じゃないか!」
「ですよね」

 にっこりと微笑むと、テグノ伯爵はぽかんとした顔をした。

「ですよねって、君は浮気したんだろ? どうして笑うんだよ」
「あなたが先に同じことをしたんじゃないですか」
「は? ……え?」

 やっと気が付いたのか、テグノ伯爵は焦った顔になる。

「……ど、どういうことだ。オレのしたことは浮気だって言うのかよ」
「やっと気づいてくれましたか?」

 自分が同じ立場にならないとわからないなんて、本当に面倒な人だ。世の中にはここまでやってもわからない人もいるかもしれないから、今回は気づいてもらえて良かったということにしよう。

「……だ、だから、ナナリーはオレと離婚したのか? 一度の浮気が許せなくて?」
「これは駄目だな」

 一度の浮気という言葉に、フェル殿下が反応して続ける。

「一度だって許せないと思う人間もいるし、何回でも許す人間もいる。ナナリーの場合は一度でも許せなかった。それだけだ。大体、浮気したほうがなんで偉そうにしてるんだ」
「しかも、浮気相手への態度がひど過ぎます。既婚者だとわかっていて迫るほうも迫るほうですが、その誘いに乗ったのはあなたです。それなのに、あなたが彼女を責めるのはおかしいでしょう」
「オレは脅されていたんだ! 君を思ってこその行動なんだよ!」

 周りにいる兵士たちは訴えるテグノ伯爵を見て、あきれ返った顔をしている。

「私を思っていると言うのなら、私のことなど、ご放念くださいませ」
「う、嘘だろ? オレのやったことは本当に浮気なのかよ!?」
「そうよ」
「そうだ」
「そうよ!」

 私とフェル殿下だけでなく、夫人にまで肯定されたテグノ伯爵は、助けを求めるように兵士たちに目を向けた。すると、フェル殿下から発言の許可を受けた一人が、テグノ伯爵に答える。

「あなたがどのようなことをされたかというお話は伺っています。あなたのしたことは浮気であり、裏切り行為です。もし、私があなたと同じようなことをしたことが、妻にわかれば、私は妻から即離婚を言い渡されるでしょう」
「そ、そんな……!」

 声を震わせるテグノ伯爵に、夫人が話しかける。

「ノウル様。いい加減に目を覚ましてください。あなたは浮気をしたかもしれませんが、相手が、この美しいわたくしです。抗うことなんてできませんでしたわ」
「うるさい!」
「うるさいのはお前だよ。……ところで、テグノ伯爵夫人に聞きたいことがあるんだが」

 フェル殿下が話しかけると、伯爵夫人は眉根を寄せる。

「なんでしょうか」
「君はクヤイズ殿下と親しいのか?」

 クヤイズ殿下の名を聞いた瞬間、伯爵夫人はびくりと体を震わせた。
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