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4   お忘れなく

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 キソウツ公爵令嬢が、何を考えているのか知りたくて聞いてみる。

「フェル殿下に嫁ぎたくなかったから、誰でも良いから一夜を共にしようと思ったのですか?」
「いいえ。わたくしは昔から、ノウル様のことをお慕いしていましたのよ」

 キソウツ公爵令嬢は答えると「続きは二人きりになってから話しましょう」と言って、それからは応接室に着くまで口を開かなかった。
 応接室には、キソウツ公爵令嬢の分のお茶はすでに淹れられていたため、私の分は必要ないと伝えた。
 部屋に入り、ソファに向かい合って座るとすぐに彼女は話し始める。

「気持ちをお伝えしたら、ナナリー様のことが好きだから無理だとおっしゃいました。でも、私は諦めませんでした。わたくしを抱かなければあなたに危害を加えると脅しました」
「正直に話していただき、ありがとうございます」

 ノウル様は自分が脅されたとは言わなかった。私のせいだと思わせたくなかったから言わなかったのかと思ったけど、その後のことがあったから言えなくなったのだとわかった。

「思い出の一夜のあと、愛を伝え続けましたら、もう一度、会ってくださいましたの。そこで……。あなたを裏切ったと泣いておられましたわよ」
「もうその話は結構です。ところで、失礼を承知でお尋ねしますが、キソウツ公爵令嬢のお腹の中に、ノウル様との子供がいることは間違いないのですね?」

 お腹が膨らんでいるわけではないので、本当に妊娠しているのか、私は専門家でもなんでもないのでわからない。一応、確認しておくと、キソウツ公爵令嬢は自分のお腹を愛おしそうに撫でる。

「それは間違いないですわ。つわりもありますもの」
「そうですか。それはおめでとうございます。あの、キソウツ公爵令嬢のお話はもう終わりでよろしいでしょうか」
「キソウツ公爵令嬢だなんて他人行儀ですわ。ノウル様と離婚されるということですから、わたくしとあなたは新らしい妻と元妻の関係です。親しみを込めてテレサとお呼びくださいませ」
「キソウツ公爵令嬢」

 ふざけないで。仲良くなるわけないでしょう。

 そう思ったので、わざと今まで通りの呼び方で呼びかけた。キソウツ公爵令嬢は不満そうにしつつも返事をする。

「……何でしょうか」
「あなたはフェル殿下がお好きじゃないようですが、それはどうしてなのです? お会いしたことがあるのですか?」
「ええ、一度だけありますわ。最悪なものでしたけど」

 キソウツ公爵令嬢は眉根を寄せて答えると、私に問いかけてくる。

「ナナリー様は犬以外の動物のためにお金をかけることはできますか?」
「どういうことでしょう」
「例えば、そうですわね。怪我をしている鳥がいます。その子を助けるには自分が買おうとしていた服を諦めて、治療費にまわさなければなりません。あなたならどうしますか?」
「鳥を助けます。別に服はその時じゃなくても買えますから」
「わたくし、それが納得いきませんの」

 キソウツ公爵令嬢は大きなため息を吐いてから続ける。

「以前、フェル殿下とパゼリノ王国の王城でお会いした時に、着ておられた服が酷いものでしたの。剣の訓練をしていたから汚したくない服は、今は着ていないとおっしゃっていましたが、そんなもの買いなおせば良いだけではありませんか」
「それはキソウツ公爵令嬢の考え方ですわね。私でしたらフェル殿下と同じように汚れても良い服を着ると思います」
「まあ、あなたも話が通じない方ですわね。なら、これはどうでしょう。その後、私の発言を聞いたフェル殿下はこう言ったのです。無駄遣いをするくらいなら動物のために使いたいし、まして、お前みたいな奴に言われて服を買いたくないと」

 キソウツ公爵令嬢は悔しそうな顔をしているけれど、私はどちらかというと、フェル殿下の意見に賛成だった。
 言い方に問題はあるかもしれないけど、言いたいことはわかる。それにキソウツ公爵令嬢は私に話をしていないだけで、フェル殿下を怒らせるようなことを言ったんでしょう。

 私が黙っていると、キソウツ公爵令嬢は話を続ける。

「パゼリノ王国は潤っていると言いながら、実際はお金がないのでしょう。ですから、服が買えないのです。そんな国に行きたいと思いますか? わたくしの家なら服なんていくらでも買えます!」
「……そうかもしれませんね」
「お金がない国で人質として暮らすなんて絶対に嫌ですわ!」

 今はそう思ってくれておいたほうが良い。内情を知らないから絶対とは言えないけれど、パゼリノ王国がお金に困っているはずはない。

 問題は人質をどんな風に扱うかなのよね。私の場合はきっと道具として扱われるだろうから、ご飯を食べさせてもらえないとか、そんなことはなさそうだ。

「犬以外の動物は無価値ですし!」

 人間も動物なんだけれど、それはわかっているのかしら。まあ、いいわ。

 キソウツ公爵令嬢の話を聞いた私は、寝取られたことへの怒りよりも、動物たちの命を軽視する発言に腹が立っていた。

 フェル殿下と私は価値観が似ているような気がするし、上手くやれるかもしれない。……いや、キソウツ公爵令嬢の価値観が変わっているだけかしら。

 こう思うと、プロウス王国の王太子殿下とキソウツ公爵令嬢もお似合いな気もしてきたわ。

「では、私はパゼリノ王国に嫁ぎに行くことにいたします。そこで私が幸せな生活を送っていても何か言ってきたりしないでくださいね」

 私の中では話が終わったので立ち上がる。すると、キソウツ公爵令嬢は座ったまま、私に言う。

「あなたが幸せな生活を送れることなんて絶対にないですわ! 惨めな生活を送ってくださいませ!」

 どうして、位が上だとはいえ、ほとんど面識のない人に、こんなことを言われないといけないのかしら。

 悪いことをしたのはキソウツ公爵令嬢じゃないの。反省する様子もないなんて信じられない。

「キソウツ公爵令嬢、あなたは忘れておられるようですが、ノウル様と離婚後、私はパゼリノ王国でフェル殿下と婚約し、いずれは結婚します」
「……それがどうかしました?」
「あなたは伯爵夫人になりますが、私は王太子妃、いずれは王妃になるのだということをお忘れなく」
「び、貧乏な国の王妃なんて興味ないわ!」
「興味があるないではありません。私のほうが立場が上になるということを忘れないでほしいと言っているのです」
「なっ!」

 何か言おうとしていたキソウツ公爵令嬢を置いて廊下に出ると、ノウル様が立っていた。彼は私と目が合うと、涙目で手紙を差し出してきた。

「これ……、パゼリノ王国の使者から」

 すでに封が開いていた手紙を受け取った時、リリが何かをくわえて走り寄って来た。

『ナナリー! 美味しいよ!』

 よく見てみると、リリはジャーキーをくわえていた。ノウル様があげたのかと思って彼を見ると、慌てて首を横に振る。

「オレじゃない。パゼリノ王国の使者がフェル殿下からの贈り物だと言ってあげたんだよ」
『美味しい! 美味しい!』

 ご機嫌なリリを見つめながら、フェル殿下が動物には優しいのだとわかり、少しだけ安堵した。

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