私のことなど、ご放念くださいませ!

風見ゆうみ

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 キソウツ公爵令嬢を執事に頼んで応接室に案内させ、私はエントランスホールホールでノウル様を問い詰める。

「一体、どういうことなんです!?」
「仕方がないだろう! 彼女から迫られたんだ」
「あなたは出兵する前に私になんと言ったのか忘れたのですか? 浮気をする人は嫌いだとおっしゃっていたではないですか!」
「浮気じゃない」
「……はい?」

 ノウル様は聞き返したわたしに、強い口調で訴える。

「浮気なんかじゃない! 同情だ!」
「……同情?」
「彼女が他国に嫁がされるのは知っているだろう? 恐ろしい男だよ」

 彼の言っている恐ろしい男というのは、隣国の王太子、フェル・ベッツ様のことだ。美男子で有名だが、無口で冷酷だという。

 ノウル様から詳しい話を聞いてみると、降伏条件の一つとしてキソウツ公爵令嬢が嫁に行くという話が出たのは約百日前なんだそうだ。

 キソウツ公爵令嬢とノウル様は夜会で何度か顔を合わせていて、彼女はノウル様に恋をした。嫌いな人に嫁ぐ前に思い出がほしいと言われたノウル様は、キソウツ公爵令嬢を気の毒に思い、彼女と一夜を共にしたそうだ。

「……一回で、子供ができたということですか?」
「ごめん」

 一回ではないらしい。
 思い出作りについては、相手が公爵だから断れなかったと言われたら許していたかもしれない。でも、複数回はどうしても許せなかった。

「あなたは浮気じゃないといいますけど、私はあなたのしたことは浮気だと思います」
「……悪かった。でも、気持ちは君に合った。彼女を抱いている時も君だと思って」
「やめてください! 気持ち悪い!」

 言い訳は聞きたくなかった。それに、そんなことで言い合うよりも確認しなければならないことがあった。

「パゼリノ王国には、なんと言うおつもりなのですか!」
「正直に伝えるだけだよ。すでにプロウス王家が動いてくれている。ナナリー、聞いてくれ。君は何も考えなくていい。彼女が言っていた通り、君が本妻。彼女は愛人だ。それに彼女はいつかはパゼリノ王国に嫁に行くんだ」

 この人は何を能天気なことを言っているんだろう。他の男の子供を身ごもっている女性を、パゼリノ王国が受け入れるとは思えない。

「ナナリー、落ち着いてくれ」

 私に伸ばされた手を叩いて、ノウル様を睨みつける。

「そんな問題ではありません! あなたは他国の王太子の妻になる人を妊娠させたのですよ!」
「オレはそんなことは望んでいなかった!」
「望む望まないの問題ではありません! 普通は関係を持つこと自体がありえないことなんですよ!」

 怒りに任せて平手打ちしそうになった時、リリの声が聞こえた。

「くぅーん」

 リリは悲しげに鳴くと、私に念話してくる。

『どうしたの。どうして喧嘩してるの。やめてよ。仲良くしてよ』
『リリ、あとで詳しく話をするけど、私はどうしてもノウル様と仲良くできないわ』

 しゃがみ込んで、リリのふさふさの額に自分の額を当てて、頭の中で話しかけると、リリは不思議そうにする。

『どうして?』
『ノウル様はさっきの女の人と子供を作っちゃったのよ』
『……子供?』

 額を離すと、リリは理解できていないのか、つぶらな瞳で私を見つめる。リリは賢いけど、精神的なものや頭脳は小さい子供と変わらない。だから、わかりやすい言葉を選ぶ。

『前に、あなたのボーイフレンドのジョンがキャロラインと仲良くしていたわよね』
『してた! わたしがいるのに!』
『立場を置き換えてみて。ジョンがご主人様で、さっきの女の人がキャロライン。あなたが私よ』
『なんですってぇ!』

 リリは一声吠えると、なぜか後ろに下がっていく。

「……どうしたんだ、リリ。オレのことを忘れちゃったのか?」

 ノウル様がショックを受けた顔をして、リリに話しかけるけれど、興奮しているリリには聞こえていない。

 リリは散歩途中で出会い、両思いになった男の子が、キャロラインという女の子と仲良くしていたことが許せなかった。そのことを思い出しているらしい。

 ちなみに、ジョンもキャロラインも犬だ。

『この……! うわきものがぁっ!』

 リリは唸ったかと思うと、ノウル様に向かって走っていき頭突きをした。

「ぐっ!」

 リリの頭突きはノウル様の急所に当たり、ノウル様は股間を押さえてうずくまった。

 そんな彼に私は冷たい声で話しかける。

「ノウル様、私はキソウツ公爵令嬢と一緒に住む気はありません。というよりも、あなたとも一緒に住みたくありません。ここはあなたの家ですから、私は出ていきます」
「ま……待ってくれ。話を……聞いて」

 痛みで苦しんでいるノウル様を置いて、自室に戻ろうとした時、出入り口の扉が開いた。
 そして、黒の外套に身を包んだ若い男性が入ってきて、私たちを認めると頭を下げた。

「国王陛下からの書状を持ってまいりました」
「な……、なんだって?」

 反応したノウル様ではなく、私に近づきながら男性は話を続ける。

「ナナリー様、あなたへのお手紙でございます」

 嫌な予感がするから受け取りたくない。でも、私はその手紙を受け取らざるを得なかった。
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