上 下
2 / 30

2   出ていきます

しおりを挟む
 キソウツ公爵令嬢を執事に頼んで応接室に案内させ、私はエントランスホールホールでノウル様を問い詰める。

「一体、どういうことなんです!?」
「仕方がないだろう! 彼女から迫られたんだ」
「あなたは出兵する前に私になんと言ったのか忘れたのですか? 浮気をする人は嫌いだとおっしゃっていたではないですか!」
「浮気じゃない」
「……はい?」

 ノウル様は聞き返したわたしに、強い口調で訴える。

「浮気なんかじゃない! 同情だ!」
「……同情?」
「彼女が他国に嫁がされるのは知っているだろう? 恐ろしい男だよ」

 彼の言っている恐ろしい男というのは、隣国の王太子、フェル・ベッツ様のことだ。美男子で有名だが、無口で冷酷だという。

 ノウル様から詳しい話を聞いてみると、降伏条件の一つとしてキソウツ公爵令嬢が嫁に行くという話が出たのは約百日前なんだそうだ。

 キソウツ公爵令嬢とノウル様は夜会で何度か顔を合わせていて、彼女はノウル様に恋をした。嫌いな人に嫁ぐ前に思い出がほしいと言われたノウル様は、キソウツ公爵令嬢を気の毒に思い、彼女と一夜を共にしたそうだ。

「……一回で、子供ができたということですか?」
「ごめん」

 一回ではないらしい。
 思い出作りについては、相手が公爵だから断れなかったと言われたら許していたかもしれない。でも、複数回はどうしても許せなかった。

「あなたは浮気じゃないといいますけど、私はあなたのしたことは浮気だと思います」
「……悪かった。でも、気持ちは君に合った。彼女を抱いている時も君だと思って」
「やめてください! 気持ち悪い!」

 言い訳は聞きたくなかった。それに、そんなことで言い合うよりも確認しなければならないことがあった。

「パゼリノ王国には、なんと言うおつもりなのですか!」
「正直に伝えるだけだよ。すでにプロウス王家が動いてくれている。ナナリー、聞いてくれ。君は何も考えなくていい。彼女が言っていた通り、君が本妻。彼女は愛人だ。それに彼女はいつかはパゼリノ王国に嫁に行くんだ」

 この人は何を能天気なことを言っているんだろう。他の男の子供を身ごもっている女性を、パゼリノ王国が受け入れるとは思えない。

「ナナリー、落ち着いてくれ」

 私に伸ばされた手を叩いて、ノウル様を睨みつける。

「そんな問題ではありません! あなたは他国の王太子の妻になる人を妊娠させたのですよ!」
「オレはそんなことは望んでいなかった!」
「望む望まないの問題ではありません! 普通は関係を持つこと自体がありえないことなんですよ!」

 怒りに任せて平手打ちしそうになった時、リリの声が聞こえた。

「くぅーん」

 リリは悲しげに鳴くと、私に念話してくる。

『どうしたの。どうして喧嘩してるの。やめてよ。仲良くしてよ』
『リリ、あとで詳しく話をするけど、私はどうしてもノウル様と仲良くできないわ』

 しゃがみ込んで、リリのふさふさの額に自分の額を当てて、頭の中で話しかけると、リリは不思議そうにする。

『どうして?』
『ノウル様はさっきの女の人と子供を作っちゃったのよ』
『……子供?』

 額を離すと、リリは理解できていないのか、つぶらな瞳で私を見つめる。リリは賢いけど、精神的なものや頭脳は小さい子供と変わらない。だから、わかりやすい言葉を選ぶ。

『前に、あなたのボーイフレンドのジョンがキャロラインと仲良くしていたわよね』
『してた! わたしがいるのに!』
『立場を置き換えてみて。ジョンがご主人様で、さっきの女の人がキャロライン。あなたが私よ』
『なんですってぇ!』

 リリは一声吠えると、なぜか後ろに下がっていく。

「……どうしたんだ、リリ。オレのことを忘れちゃったのか?」

 ノウル様がショックを受けた顔をして、リリに話しかけるけれど、興奮しているリリには聞こえていない。

 リリは散歩途中で出会い、両思いになった男の子が、キャロラインという女の子と仲良くしていたことが許せなかった。そのことを思い出しているらしい。

 ちなみに、ジョンもキャロラインも犬だ。

『この……! うわきものがぁっ!』

 リリは唸ったかと思うと、ノウル様に向かって走っていき頭突きをした。

「ぐっ!」

 リリの頭突きはノウル様の急所に当たり、ノウル様は股間を押さえてうずくまった。

 そんな彼に私は冷たい声で話しかける。

「ノウル様、私はキソウツ公爵令嬢と一緒に住む気はありません。というよりも、あなたとも一緒に住みたくありません。ここはあなたの家ですから、私は出ていきます」
「ま……待ってくれ。話を……聞いて」

 痛みで苦しんでいるノウル様を置いて、自室に戻ろうとした時、出入り口の扉が開いた。
 そして、黒の外套に身を包んだ若い男性が入ってきて、私たちを認めると頭を下げた。

「国王陛下からの書状を持ってまいりました」
「な……、なんだって?」

 反応したノウル様ではなく、私に近づきながら男性は話を続ける。

「ナナリー様、あなたへのお手紙でございます」

 嫌な予感がするから受け取りたくない。でも、私はその手紙を受け取らざるを得なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...