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第29話 アバホカ陛下の涙

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「へ、陛下!? どうしてここに!?」

 慌てて跪いたライト様に倣って、私も慌てて跪くとアバホカ陛下が叫びます。

「俺の時はそんな態度じゃなかったじゃねぇか!」

 それに関しては謝らないといけないので、私とライト様が素直に詫びると、ナトマモ陛下がアバホカ陛下に向かって言います。

「私の甥のライトが迷惑をかけたようで申し訳ない。だが、元々はあなたが先にライトに迷惑をかけたのだから、ここは目をつぶってくださっても良いのでは? 元々はあなたがライトの婚約者に手を出したのが原因だろう?」
「こっちは、その詫びとしてリーシャを引き渡しただろうが!」

 アバホカ陛下はナトマモ陛下に対しても乱暴な口調で叫びましたが、ナトマモ陛下は大人の対応をされます。

「では、リーシャにこだわるのは止めてはどうかな? あなたのせいで他国に嫁に出されたんだ。あなたにはリーシャに対して負い目があるはずじゃないのか?」
「そ、それはっ! だからこうやって迎えに来てやっているのに素直に首を縦に振らねぇから!」
「その上から目線はどうかと思うがね。それにリーシャは迎えになど来ていらなかったのではないか?」

 アバホカ陛下の言葉を聞いたナトマモ陛下が私に聞いてこられたので素直に答えます。

「はい。私はライト様との夫婦生活にも満足していますし、お屋敷の皆も優しくて、今の生活が大好きです。アバホカ陛下と一緒にノルドグレンに戻る気はありません」
「だそうだが? アバホカ陛下、あなたはリーシャに未練がタラタラのようだが、彼女はそうではないらしい。潔く諦めてはどうかね?」
「うるせぇ! 大体はお前が悪いんだぞ! 本気でリーシャを嫁にするだなんて普通は思わねぇだろ!」

 さすがにナトマモ陛下に怒鳴るわけにはいかない事はわかっているのか、アバホカ陛下はライト様に向かって叫びました。

 すると、ライト様は呆れた表情になって答えます。

「元々はあなたが私の元婚約者と遊んだりするからです。責任を取るのが普通でしょう」
「だからって、俺の女を奪うのはおかしい!」
「リーシャがあなたの女だったというなら、どうして浮気なんかしたんです」
「それはっ―!」

 アバホカ陛下はライト様に向かって叫びましたが、言葉を止めてこちらに顔を向けて言います。

「リーシャ、聞いてくれ。俺は本当はお前の事がずっと好きだったんだ!」
「……」
「お前は信じられないかもしれないが、小さい頃にお前を見た時から、ずっとお前が好きだった。でも、俺の婚約者はシルフィーで…」
「それならそうと仰ってくださっていれば良かったのに!」

 蚊帳の外になっていたシルフィーがベッドから起き上がって叫んで続けます。

「あなたがもっと早くに素直になってくれていれば、こんな事は起こらなかったんですよ!」
「何を言ってんだ! 逃げる方がおかしいんだよ!」

 そう言って、アバホカ陛下がシルフィーに向かって手を上げようとしましたが、ライト様が間に入り、アバホカ陛下の手首を掴みました。

「女性に乱暴するのはおやめください」
「そう思うなら、リーシャと離婚してお前がシルフィーと結婚しろ」
「それは出来かねます」
「これは命令だ! お前は相手が誰だっていいんだろう!?」
「嫌です!」

 アバホカ陛下の言葉に対して答えたのは、ライト様ではなく私でした。

 ライト様と離婚するなんて嫌です。
 しかも離婚した後に、ライト様がシルフィーと結婚するだなんて絶対に嫌です。

「私は離婚なんてしたくありません!」
「俺もだ」

 ライト様がそう言って私に笑いかけたあと、顔をアバホカ陛下に向けて続けます。

「俺はリーシャとは離婚しません。彼女以外の女性と生涯を共にするつもりはありません」
「何を生意気な事を言ってんだ! わかってのんか!? 俺は国王なんだぞ!? 公爵と国王、どっちが偉いかくらいわかってんだろうが!」
「アバホカ陛下。そんな事くらい、我が甥もわかっている。それよりも貴殿はどうかしている」
「な、何だと!?」

 焦った表情のアバホカ陛下にナトマモ陛下は目を伏せて大きなため息を吐いてから、口を開きます。

「誰にも叱ってもらえなかったという事はあるだろうが、その口の悪さに関しては大人になれば自分で判断できただろうに。しかも言っている内容も幼稚だ。好きな女に相手にしてもらえずに駄々をこねているだけだ。子供だって、そこまでは酷くないだろう」
「何だと、この野郎!!」

 そう言ってアバホカ陛下がライト様につかまれていた手を振り払って、ナトマモ陛下に殴りかかったのです。
 ですが、すぐにライト様が動かれ、ライト様に背中を向けていたアバホカ陛下の首根っこをつかみ、足をかけるとそのまま床に叩きつけました。

「いってぇ! 何すんだ!」
「陛下を襲おうとしたんです。これくらいでも軽い方でしょう」
「俺だって国王なんだぞ!」
「ここはあなたの国ではありません」
「――くそっ! こんな事してわかってんだろうな!? 俺の国からの資源の輸出を止めてやる! おい、リーシャ! それが嫌なら戻ってこい!」

 床におさえつけられたままでアバホカ陛下が私の方を見て言いました。

 私が帰らなければ資源の輸出を止めるだなんて…。
 そんなの戻らないといけないに決まっているじゃないですか!

 頭ではわかっているのに、すぐに帰りますとは言えず、胸の前で祈るように手を合わせた時、ライト様の声が聞こえました。

「リーシャ、嫌なら嫌だと言ったらいい。君が悲しまなくてすむ様に俺が君を守る。だから、正直な気持ちを教えてくれ」
「ですが、他の方にご迷惑が…!」
「そうならない様に何とかする」

 アバホカ陛下の背中の上に片膝をのせて彼をおさえつけながら、私を見上げているライト様の瞳がどこか不安そうに揺れているのに気が付いて、私も勇気を出す事にしました。

「戻りません! 私はライト様の傍にいたいです!」

 私の言葉を聞いたライト様がほっとした表情をされたので、私も小さく息を吐いて微笑みます。
 そんな私にアバホカ陛下は言います。

「リーシャ! 本当に後悔している! 戻ってきてくれるなら浮気も止める!」
「何を言っていらっしゃるんですか。あなたにはフローレンス様がいらっしゃいますでしょう?」
「あんな女いらない! 頼む! ずっと好きだったんだよ! お前の事だけを!」

 アバホカ陛下の瞳に涙が浮かんでいるのに気が付きました。

 本当に私を好きでいてくれたんですね。
 でも、もう遅いです。

「アバホカ陛下。後悔だけでしたらどうぞご自由に? そして、私の事はもうお忘れ下さい」

 陛下を見下ろし、深々と頭を下げると、アバホカ陛下は涙を床に落とした後、忌々しそうに私を睨みました。

「絶対に後悔させてやるからな!」

 その後、アバホカ陛下はナトマモ陛下に謝罪だけすると、部屋から出ていってしまいました。

「陛下、勝手な事を言って申し訳ございませんでした」

 ライト様と一緒に謝ると、ナトマモ陛下は笑顔で首を横に振ります。

「予想は出来ていた事だ。それに彼の言っていた事については手を打ってあるから、リーシャは心配しなくて良い。俺に対しての無礼な態度に関しては、こちらで処理はしておく。リーシャ、ライト、今日は家に帰れ。また詳しい話は明日にでもしよう」

 そう言って、ナトマモ陛下はぽかんとしているシルフィーに一声かけた後、後ろに控えていた側近の方と共に部屋を出ていかれたのでした。
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