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14 望んでいない再会

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 次の日の朝、お姉様を迎えに行ってくれた二人の姿が見えないので、エルに聞いてみる。

「二人はどうしてるのかしら」
「戻ってこいって連絡しておいたから、その内戻って来ると思うけど、この雨だからな」

 雨は昨日からずっと降り続いていて、降り止む気配がなかった。
 そのため、お姉様たちの移動も明日の朝まで保留になっている。

「……迷惑をかけてごめんなさい」
「アイミーが謝らなくていいって」
「ありがとう」

 ごめんなさいとありがとう、どっちを言っても大丈夫な時は、ありがとうと言うようにしないといけないわね。
 そう思ってお礼を言った。

「……ん」

 返ってきた声が小さかったので、エルの顔を覗き込んでみると、彼の目がとろんとしていることに気が付いた。
 そういえば、最近は朝に眠ってると言っていた。

 今、起きているということはエルは徹夜してるってことよね。

「エル、今日のあなたがやることって何なの? 私が代わりにやるから、あなたは少しの間だけでも眠りなさいよ」
「……大丈夫だ」

 必死に目を開けようとしているのがわかって、エルの手を引っ張る。

「いいから付いてきて」

 引きずるようにして、彼がいつも眠っているテントに連れて行った。

 エルは第3騎兵隊のメンバー20人ほどと一緒に眠っている。
 朝になったからか、寝ている人は少なくて雑魚寝しているテントの中は、寝袋やマットなどはなく綺麗に片付いていた。
 普段なら起きて体を動かしている人が多いけど、外が大雨だからか皆、テント内に留まっている。

「おはようございます」
「おはよう」

 挨拶してくる仲間に挨拶を返し、眠そうにしているエルを手で示す。

「悪いけど、エルを眠らせたいの。一睡もしてないみたいなのよ」
「承知しました!」

 仲間たちは詳しいことは聞かずに薄いマットを床に敷いてくれた。

「エル、眠らないと体に良くないわ。朝になったし、魔物の動きは鈍いはずだから心配しなくていいと思う」
「……でも」
「今のあなたがやっていることは戦闘じゃないんだし、あなたの分は私が埋めるから大丈夫よ」
「……悪い」
「謝らないでよ」
「今の俺のことだけじゃなくて、兄さんのことも」

 エルが半分閉じていた目をしっかりと開いて言った。

「レイロのことだって、あなたのせいじゃないわ」
「……ありがとう」

 横になったエルの頭を撫でると、ホッとしたような顔をして目を閉じた。

 エルを寝かしつけたあと、仲間たちから「エルファス隊長とアイミー様が結婚していたらどうなっていたんですかね」と言われた。

 レイロのことを好きだった時は、そんな未来は一度も考えたことはなかった。
 エルは真面目だし、浮気なんかする人じゃない。
 エルとなら、離婚なんてしていなかったでしょうね。
 でも、デメリットもあるわ。

「エルと結婚していたら、私は第3騎兵隊にいなかったわよ。夫婦は別のチームに配属されるんだから」
「それは困りますね」

 即答だったから、思わず声を上げて笑ってしまった。



*****



 エルと私が結婚すれば良いのではないかと思っていた隊員が思いの外いたらしく、仲間たちから残念だという声が多く届いた。
 第3騎兵隊の所属じゃなくなってもいいから、エルと結婚してくれという声がなかったのは嬉しい。

「私とレイロが結婚していた時には何も思っていなかったんでしょう?」
 
 朝食を一緒にとることになったフェインに尋ねると、苦笑して頷く。

「その時のアイミー様はレイロ様馬鹿になってましたから呆れていただけですね」
「その言い方は酷くないかしら」
「別に馬鹿にしているわけではありませんよ。この浮かれ具合で大丈夫かなと心配になっただけです」
「……大丈夫だったわよね?」
「はい。それどころじゃないって感じでした」

 フェインも家族のことを思うことはあるのだろうけど、戦場ではそれどころではないといった感じだった。
 戦場にいる時に家族を思い出すって、よっぽど安全な場所じゃない限り、何か悪いことが起きそうな気がするものね。
 戦場では、仲間のことを考えるだけで精一杯というのは私も同じだった。

 ちょうど食事を終えた頃、騎士団長がやって来て、私に話があると言った。
 お姉様のことはすでに謝っているから、そのことではない。
 一体、何の話だろうと疑問に思いながら付いていくと、大雨ということもあり、騎士団長は自分専用のテントの中に入った。

 私が中に入ったのを確認すると、騎士団長は椅子に座って話し始める。

「お前には本当に感謝している」
「ありがとうございます。ですが、姉が大変ご迷惑をおかけしました」
「もうすでに謝罪は受けているし、お前のせいだと思っていないから良い。だが、3日後には帰還してもらおうと思う」
「……どういうことでしょうか」

 他の人に迷惑をかけてしまった責任を取れと言われるのだろうか。

 騎士団長は大きな息を吐き、椅子の背に深くもたれかかって答える。

「お前の元夫を参戦させることにした」
「……早すぎませんか。志願兵で実力があっても、すぐに参戦できるわけではないはずです」
「事情があるんだ」
「私がここを離れたら犠牲者が増えるかもしれません!」
「それが理由なんだ。アイミー、お前にはわからないかもしれないが、怪我をすることで家に帰ることができると思っている奴らもいるんだ」

 忘れていた。
 この国には徴兵制があり、今、戦いに出ているのは志願兵ばかりじゃない。
 無理矢理、戦いに駆り出された人たちは痛い思いをしたあとに傷を癒やされ、また戦場に出向かなければならないという恐怖が死ぬまで続くことになる。

 私がいなければ、その人たちは負傷兵として自分の家に帰ることができるのだ。
 お姉様とレイロのことがあったのに、頭から抜け落ちていた。

「お前は一生懸命やってくれた。そして、お前に助けられた人もたくさんいる。多くの人はお前に感謝しているんだ。本当のことを聞いたら、第3騎兵隊の隊員たちや、多くの隊員は怒ると思う。でも、帰りたいと願うことは悪いことでもないんだ。だから、元夫を戻す。そうすれば、お前がここにいなくても良い理由になるだろう」
「……わかりました」

 良かれと思ってやっていたことが、ある人たちには迷惑だった。
 気付けなかった自分が悔しいというよりも、助けられたくないのに助けてしまった人に申し訳ない。

 負傷兵として帰っていれば、死ななくて良かった命もあったかもしれない。

「さっきも言ったが、多くの人はお前に感謝している。離婚するためだという理由もあったかもしれないが、お前はよくやってくれた。悪いが、第3騎兵隊の隊員たちには話をして残ってもらうつもりだ。仲間に任せて、お前はゆっくり休んでくれ」

 騎士団長にそう言われ、私は無言で頭を下げてテントから出た。

 涙を見られたくないので、わざと顔を上げて雨に打たれながら歩き出す。

 こんなことで泣いてはいけない。
 だって、私は少しでも多くの人を助けたかっただけだ。
 意地悪をしたかったわけじゃない。

 誰にも声を掛けられたくなくて、テントの密集地から離れ、多くの木々に囲まれた場所に入った時だった。

「……アイミー?」

 私の名を呼んだのが誰だかわかり、反対方向に逃げる。

 会いたくない。
 こんな時に、一番会いたくない人がどうしてここにいるの!

「アイミー、待ってくれ!」

 私の手を掴んだのは、私と同じく雨でびしょ濡れになったレイロだった。

 
 
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