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6 若気の至り
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「アイミー、どうしたら、離婚しなくて済むんだよ! 何でもするから教えてくれ!」
レイロはどうしても私と離婚するつもりはないらしい。
必死に訴える彼を見て、ふと思った。
彼は私のことなんて本当は愛していなかったんじゃないか。
エルを誰のものにもしたくないだけだったんじゃないかしら。
お姉様がエルを誘惑しないように、自分で手を打とうとしたんじゃ――
「アイミー、聞いてるのか?」
これ見よがしにため息を吐いて答える。
「聞いているわ。あなたと離婚しないという選択肢はないの。妹の夫を誘惑したお姉様も悪いけれど、あなたも責任を取るべきよ。それは私に対してもそうだわ。私は浮気をして開き直る夫なんていらないのよ。だから、別れてちょうだい」
「嫌だ! 別れたくない! こんなことになるってわかっていたら関係なんて持ってない! 俺はアイミーのためを思ってやったんだ! そうじゃなきゃエイミーを抱いたりなんか」
「こんなことになるってことは、少し考えただけでもわかるだろうが!」
エルが黙っていられなくなったのか、レイロの話を遮って会話に入ってきた。
私もエルと同意見なのでレイロを睨みつける。
「私のためだなんてふざけたことを言わないで。本当に迷惑だわ」
「アイミー、どうして信じてくれないんだよ!」
「私があなたのことを信じられなくなった原因を作ったのはあなた自身じゃないの!」
「違う! アイミーはエイミーの言うことしか信じていないんだ! だから、ちゃんと俺の話を聞いてくれ! 俺と別れたら君の身に良くないことが起きる」
「……何が言いたいの?」
こめかみを押さえて尋ねると、レイロは真剣な表情で口を開く。
「俺は君のことを世界で一番愛している。だから、君を守りたい」
鼻で笑いそうになった。
だけど、彼の中では本心なのだろうから、笑うことは失礼だと思ってやめた。
世界で一番愛されていると感じられているのなら、こんなに悲しい気持ちにはなっていない。
愛しているなんて口先だけよ。
でも、それを今の彼に言っても無駄ね。
「ありがとう。でもね、レイロ、私はもうあなたを愛してないわ」
「……アイミー、そんなことを言わないでくれよ。本当に悪かった。エイミーとは一夜限りのつもりだったんだ!」
「一度くらいなら許す人もいるでしょうね。だけど、私は一夜限りでも不快よ。それに姉とだなんて許せないし許さない。私を愛しているというのなら私と離婚してよ。私が幸せになる道はそれしかないの!」
「絶対に嫌だ! 絶対に別れたりしない。エイミーのお腹の子は絶対に俺の子供じゃない! それを証明して見せる!」
そう宣言すると、レイロは部屋から出ていってしまった。
「お姉様のお腹の中の子供がレイロの子供じゃなくても別れたいんだけど伝わってないみたいね」
「……どうする? 捕まえたほうがいいか?」
「ありがとう。でも、追跡魔法をかけておいたから、居場所はわかるし大丈夫よ。泳がせて彼の行動を探りたいの」
「どういうことだ?」
「良くないことをする可能性が高いでしょう」
彼は追い出されたとはいえ、騎兵隊の隊長だったから高給取りだ。
彼は何年も前から騎兵隊にいるので、お金が溜まっているから、宿屋に長く滞在できている。
お金に物を言わせてアリバイを作ろうとするかもしれない。
今回の浮気の件は、仲間が他のチームの人たちに広めておくと言ってくれている。
だから、レイロの社会的な制裁は簡単に与えられる。
よほどじゃないと彼に協力しようとする貴族はいないでしょう。
騎兵隊の隊長職をおろされて、徴兵1年目の人たちと同じように厳しい訓練をやり直すことになるでしょうね。
でも、平民はお金で動く可能性が高い。
「離婚に応じてもらえないのが面倒だわ。レイロとの婚姻届には魔法がかけられてるのよ」
「ああ、今、流行りのやつか」
「ええ。皆、離婚すると思って結婚なんてしないからね」
ルーンル王国では若い男女が結婚する時に、魔法がかかった婚姻届を役所に出すことが今の流行りだった。
魔法がかかった婚姻届というのは、一生添い遂げると誓った人間が出すもので、双方が合意しないと離婚できない。
それだけの覚悟をして結婚しなさいという意味であり、自分たちの愛が本物であると証明するがためのもので、私とレイロも当時は別れる気がなかったから、その婚姻届を役所に提出していた。
「兄さんが納得することってあんのかよ」
「手はあるといえばあるんだけど」
「……どうするんだ?」
「国王陛下にお願いする褒美を離婚にする。そうすれば、レイロは納得せざるを得ないわ」
「いつの話になるんだよ」
「わかってる。わかってるわよ。だけど、それ以外の方法が思い浮かばないんだからしょうがないでしょう」
役所に事情を話したところで、魔法がかかった婚姻届を出したのは自分たちだと言われて終わるに決まっている。
結婚してみたら、夫が怒るとすぐに暴力をふるう人だったとわかり、離婚しようとした人がその婚姻届のせいで離婚できず、今も別居中だという話を聞いたことがある。
浮かれ気分だった、あの時の自分を殴りたい。
「兄さんに離婚を認めさせれば良い話だろ」
「素直に離婚してくれる様子じゃなかったでしょう」
大きく息を吐いてから、頬を叩いて気合を入れる。
「レイロはお姉様のお腹にいる子供の父親だと名乗る人物を探しだそうとするでしょうね」
「証明ができないから、なんとでも言えるからな」
お姉様のお腹にいる子供がレイロの子であるかは、私たちの国では調べることができない。
レイロが違うと言い続けても、彼に似た子が生まれたら彼の可能性が高いというだけで確証はない。
でも、お姉様は人見知りだから、レイロ以外の男性と会っていたということは考えにくい。
レイロは自分を誘ったように、他の男性にも声をかけていると思い込んでいるかもしれないわね。
「二人が逢引に使いそうな場所ってどこかしら」
「そりゃあ、……宿屋だろ。お互いの家に連れて行っているとは思えない」
エルは眉根を寄せて答えた。
「そうよね。だから、聞き込みをしようと思う。お姉様にレイロ以外の男性の影がないと証明できれば、レイロが誰を連れて来ようが一緒よ。それからもう一度、お姉様と話をするわ」
レイロがお姉様に騙されていたかどうかは関係ない。
騙されていたとしても、浮気はする必要はないんだから。
「エイミーと話をしてどうするんだ」
「お姉様は私とレイロを離婚させたがってる。だから、上手く利用させてもらうわ」
レイロは良いとこ取りをしようとして、状況が悪くなったから逃げようとしているだけ。
お姉様の思い通りになるのは腹が立つけれど、離婚はお姉様のためじゃない。
私のためだ。
結婚指輪も必要ない。
指輪って高く売れるかしら。
そう考えてから、エルに魔法を付与してもらったことを思い出して複雑な気分になった。
そういえば、別れたら私に良くないことが起きると言ってたけど、どんなことが起こるのかしら。
*****
次の日、エルと一緒にサフレン家に行き、私はお姉様と話をした。
「レイロと別れてくれたの?」
案内された部屋のソファに座っていたお姉様は不安そうな顔で尋ねてきた。
「まだです。レイロが離婚を認めてくれないんです」
「どうして?」
「それは私が聞きたいです。私はレイロと結婚生活を続けるつもりはないので、離婚するためにも、お姉様に協力していただきたいんです」
「何をすれば良いの?」
「レイロが私と離婚せざるを得ないというような言い逃れのできない情報があるのなら教えてもらえませんか」
レイロを私が許してしまえば、お姉様は子供を生んだ後に、強制的に第二王子の元に嫁がされる可能性がある。
お姉様は嘘をついてでも、レイロと私を別れさせて、自分と結婚させようとするでしょう。
お姉様は口を固く結んだあと、意を決したように口を開く。
「二度目の関係を持とうとしてきたのはレイロのほうよ。あなたが帰ってこないから、そういう処理の相手がほしかったのでしょう」
「お姉様はそうだとわかっていても、彼と関係を持ったんですか」
「……そうよ」
「私に悪いと思いませんでした?」
「……思わなかったわ」
この答えを聞けただけで、私はお姉様と会った甲斐があると思った。
レイロはどうしても私と離婚するつもりはないらしい。
必死に訴える彼を見て、ふと思った。
彼は私のことなんて本当は愛していなかったんじゃないか。
エルを誰のものにもしたくないだけだったんじゃないかしら。
お姉様がエルを誘惑しないように、自分で手を打とうとしたんじゃ――
「アイミー、聞いてるのか?」
これ見よがしにため息を吐いて答える。
「聞いているわ。あなたと離婚しないという選択肢はないの。妹の夫を誘惑したお姉様も悪いけれど、あなたも責任を取るべきよ。それは私に対してもそうだわ。私は浮気をして開き直る夫なんていらないのよ。だから、別れてちょうだい」
「嫌だ! 別れたくない! こんなことになるってわかっていたら関係なんて持ってない! 俺はアイミーのためを思ってやったんだ! そうじゃなきゃエイミーを抱いたりなんか」
「こんなことになるってことは、少し考えただけでもわかるだろうが!」
エルが黙っていられなくなったのか、レイロの話を遮って会話に入ってきた。
私もエルと同意見なのでレイロを睨みつける。
「私のためだなんてふざけたことを言わないで。本当に迷惑だわ」
「アイミー、どうして信じてくれないんだよ!」
「私があなたのことを信じられなくなった原因を作ったのはあなた自身じゃないの!」
「違う! アイミーはエイミーの言うことしか信じていないんだ! だから、ちゃんと俺の話を聞いてくれ! 俺と別れたら君の身に良くないことが起きる」
「……何が言いたいの?」
こめかみを押さえて尋ねると、レイロは真剣な表情で口を開く。
「俺は君のことを世界で一番愛している。だから、君を守りたい」
鼻で笑いそうになった。
だけど、彼の中では本心なのだろうから、笑うことは失礼だと思ってやめた。
世界で一番愛されていると感じられているのなら、こんなに悲しい気持ちにはなっていない。
愛しているなんて口先だけよ。
でも、それを今の彼に言っても無駄ね。
「ありがとう。でもね、レイロ、私はもうあなたを愛してないわ」
「……アイミー、そんなことを言わないでくれよ。本当に悪かった。エイミーとは一夜限りのつもりだったんだ!」
「一度くらいなら許す人もいるでしょうね。だけど、私は一夜限りでも不快よ。それに姉とだなんて許せないし許さない。私を愛しているというのなら私と離婚してよ。私が幸せになる道はそれしかないの!」
「絶対に嫌だ! 絶対に別れたりしない。エイミーのお腹の子は絶対に俺の子供じゃない! それを証明して見せる!」
そう宣言すると、レイロは部屋から出ていってしまった。
「お姉様のお腹の中の子供がレイロの子供じゃなくても別れたいんだけど伝わってないみたいね」
「……どうする? 捕まえたほうがいいか?」
「ありがとう。でも、追跡魔法をかけておいたから、居場所はわかるし大丈夫よ。泳がせて彼の行動を探りたいの」
「どういうことだ?」
「良くないことをする可能性が高いでしょう」
彼は追い出されたとはいえ、騎兵隊の隊長だったから高給取りだ。
彼は何年も前から騎兵隊にいるので、お金が溜まっているから、宿屋に長く滞在できている。
お金に物を言わせてアリバイを作ろうとするかもしれない。
今回の浮気の件は、仲間が他のチームの人たちに広めておくと言ってくれている。
だから、レイロの社会的な制裁は簡単に与えられる。
よほどじゃないと彼に協力しようとする貴族はいないでしょう。
騎兵隊の隊長職をおろされて、徴兵1年目の人たちと同じように厳しい訓練をやり直すことになるでしょうね。
でも、平民はお金で動く可能性が高い。
「離婚に応じてもらえないのが面倒だわ。レイロとの婚姻届には魔法がかけられてるのよ」
「ああ、今、流行りのやつか」
「ええ。皆、離婚すると思って結婚なんてしないからね」
ルーンル王国では若い男女が結婚する時に、魔法がかかった婚姻届を役所に出すことが今の流行りだった。
魔法がかかった婚姻届というのは、一生添い遂げると誓った人間が出すもので、双方が合意しないと離婚できない。
それだけの覚悟をして結婚しなさいという意味であり、自分たちの愛が本物であると証明するがためのもので、私とレイロも当時は別れる気がなかったから、その婚姻届を役所に提出していた。
「兄さんが納得することってあんのかよ」
「手はあるといえばあるんだけど」
「……どうするんだ?」
「国王陛下にお願いする褒美を離婚にする。そうすれば、レイロは納得せざるを得ないわ」
「いつの話になるんだよ」
「わかってる。わかってるわよ。だけど、それ以外の方法が思い浮かばないんだからしょうがないでしょう」
役所に事情を話したところで、魔法がかかった婚姻届を出したのは自分たちだと言われて終わるに決まっている。
結婚してみたら、夫が怒るとすぐに暴力をふるう人だったとわかり、離婚しようとした人がその婚姻届のせいで離婚できず、今も別居中だという話を聞いたことがある。
浮かれ気分だった、あの時の自分を殴りたい。
「兄さんに離婚を認めさせれば良い話だろ」
「素直に離婚してくれる様子じゃなかったでしょう」
大きく息を吐いてから、頬を叩いて気合を入れる。
「レイロはお姉様のお腹にいる子供の父親だと名乗る人物を探しだそうとするでしょうね」
「証明ができないから、なんとでも言えるからな」
お姉様のお腹にいる子供がレイロの子であるかは、私たちの国では調べることができない。
レイロが違うと言い続けても、彼に似た子が生まれたら彼の可能性が高いというだけで確証はない。
でも、お姉様は人見知りだから、レイロ以外の男性と会っていたということは考えにくい。
レイロは自分を誘ったように、他の男性にも声をかけていると思い込んでいるかもしれないわね。
「二人が逢引に使いそうな場所ってどこかしら」
「そりゃあ、……宿屋だろ。お互いの家に連れて行っているとは思えない」
エルは眉根を寄せて答えた。
「そうよね。だから、聞き込みをしようと思う。お姉様にレイロ以外の男性の影がないと証明できれば、レイロが誰を連れて来ようが一緒よ。それからもう一度、お姉様と話をするわ」
レイロがお姉様に騙されていたかどうかは関係ない。
騙されていたとしても、浮気はする必要はないんだから。
「エイミーと話をしてどうするんだ」
「お姉様は私とレイロを離婚させたがってる。だから、上手く利用させてもらうわ」
レイロは良いとこ取りをしようとして、状況が悪くなったから逃げようとしているだけ。
お姉様の思い通りになるのは腹が立つけれど、離婚はお姉様のためじゃない。
私のためだ。
結婚指輪も必要ない。
指輪って高く売れるかしら。
そう考えてから、エルに魔法を付与してもらったことを思い出して複雑な気分になった。
そういえば、別れたら私に良くないことが起きると言ってたけど、どんなことが起こるのかしら。
*****
次の日、エルと一緒にサフレン家に行き、私はお姉様と話をした。
「レイロと別れてくれたの?」
案内された部屋のソファに座っていたお姉様は不安そうな顔で尋ねてきた。
「まだです。レイロが離婚を認めてくれないんです」
「どうして?」
「それは私が聞きたいです。私はレイロと結婚生活を続けるつもりはないので、離婚するためにも、お姉様に協力していただきたいんです」
「何をすれば良いの?」
「レイロが私と離婚せざるを得ないというような言い逃れのできない情報があるのなら教えてもらえませんか」
レイロを私が許してしまえば、お姉様は子供を生んだ後に、強制的に第二王子の元に嫁がされる可能性がある。
お姉様は嘘をついてでも、レイロと私を別れさせて、自分と結婚させようとするでしょう。
お姉様は口を固く結んだあと、意を決したように口を開く。
「二度目の関係を持とうとしてきたのはレイロのほうよ。あなたが帰ってこないから、そういう処理の相手がほしかったのでしょう」
「お姉様はそうだとわかっていても、彼と関係を持ったんですか」
「……そうよ」
「私に悪いと思いませんでした?」
「……思わなかったわ」
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