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14 結構です

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 ルワ・カイセイク公爵令嬢は私と同じ年であり、昔からなぜか私のことをライバル視している。
 私のテストの点数を人を使って調べさせては、私に勝っていた場合だけ、周りに自慢していた。
 ルワ様は中身とは違ってかなりの美人だ。
 厚化粧気味なところは気になるけれど、目鼻立ちははっきりしていて、綺麗な水色の瞳に陶器のような白い肌を持っている。
 小柄だけれど、出るところは出て引っ込んでほしいところは引っ込んでいるという理想体型である彼女は、大の男性好きでもある。

 女性好きの男性もいることだし、男性好きの女性がいてもおかしくはない。
 けれど、彼女の場合は少し変わっていて、私の婚約者である男性が特に好きだった。
 たぶん、誰かのものである男性を奪うのが好きなのだと思う。

 公爵令嬢ということもあり、欲しいものは何でも与えられてきたのでしょうね。
 私の場合は欲しいものを何でも与えてもらえるわけではなかった。
 でも、これだけ好きに生きれているのだから、幸せだと思っている。
 ルワ様の幸せと私の幸せはまた違うものだ。

「レイティア様、聞いているの? 私がリュージ様をもらうと言っているんですのよ?」
「聞こえていますわ。私ではルワ様に敵いませんから、素直にリュージ様をお渡しすることにいたします」
「あら、そうなの? まあ、あなたの容姿では私には勝てませんわよね」

 ルワ様は満足そうな顔をして、背中におろしているストレートの赤い髪を撫でつける。

「初めての人でも虜にしてしまうのがルワ様ですわ。きっと、リュージ様はすぐにルワ様の虜になるでしょう」

 あなたに引っかかるのは外見しか見ていないお馬鹿さんたちばかりですけどね?

 本当に思っていることは口には出さず、笑顔で彼女に言ってから座るように促す。

「お客様を立たせたまま、お話するわけにはいきませんわ。どうぞ、お座りになって?」
「あら、そうね。でも、そのことを言うのが遅くなくって?」
「それは申し訳ございません」
 
 これについては言い返すべきではないので、素直に謝っておく。
 ルワ様も私が謝ったことに気分を良くしたのか話題をすんなり変えてくる。

「それにしても、このタワオ公爵家って屋敷が大きいだけで使用人も少ないのねぇ?」
「そうですわね。でも、少数精鋭で頑張ってくれていますわよ? 少なくとも私は満足していますわ」

 ルワ様には私が離婚したがっていることを知られてはならない。
 リュージ様には私が離婚を嫌がっていると思われても迷惑だ。

 ここは上手く立ち回らないといけないわ。
 リュージ粗大ごみ様をただで引き取ってくれるなんて優しい人がいるんだから、ありがたく思わなくちゃ。
 リュージ様がルワ様に夢中になってくれて、彼女の家に入り浸ってくれれば考えなくちゃいけないことが減って助かるわ。

「あなたの旦那様、本当に素敵ですわよね」
「そうですわね」

 粗大ごみではありますが、顔とスタイルだけは素敵だとは思います。
 私のタイプではないですが。

 ルワ様がにんまりと笑みを浮かべて私を見る。

「私、あなたの旦那様が欲しくてしょうがないんだけれど」
「先程も言いましたが、ルワ様にお渡しいたしますわ。する必要のない喧嘩はしない主義ですの」
「あら。あなた、昔よりも素直にものが言えるようになられたのね」
「大人になったんですわ」

 昔は彼女に対して思ったことを好きなだけ言っていたし、彼女が女子生徒をいじめていようものなら私が相手になっていた。

 だから、ルワ様にしてみれば、彼女の言うとおりに頷く私に違和感を覚えたのだと思う。
 けれど、彼女はちやほやされて育った人だから、それが当たり前だと思いこんでいる。

 だから、私もになったと思っているはずだ。

「ふぅん。まあいいわ。で、もらってあげるから連れてきてくださいな」
「承知しました」

 いつから彼女の立場が私より上になったのかはわからないけれど、今は下手に出ておく。
 応接室から出ると、廊下で待っていたジーネにお願いする。

「悪いけれど、リュージ様を連れてきてくれない? 他のメイドたちにはリュージ様の荷造りを始めるように伝えて、用意が出来たら連絡をちょうだい」
「に、荷造りですか?」
「そうよ」
「リュージ様は旅行にでも出かけられるのですか?」
「旅行とは少し違うけれど、病院の代わりにカイセイク公爵家にお世話になりに行くのよ」
「カイセイク公爵家にですか……」

 ジーネは不思議そうな顔をしたけれど、これ以上聞いても理解できないと思ったのか、素直にリュージ様を呼びに行ってくれた。
 ジーネを見送ってから応接室の中に入ると、ルワ様は冷めたお茶を飲んでぶつくさと文句を言い始める。

「ちょっと、お茶が冷めちゃったじゃないの」
「温かいうちに飲まないからですわ」
「何を言っているのよ! あなたと話をしていたから飲む暇がなかったんじゃないの!」
「風味は落ちているかもしれませんが、冷めていてもお茶は飲めますわよ?」
「そうじゃないわよ! 客に冷めたお茶を飲めとあなたは言ってるのかと聞いているんですわ!?」

 ルワ様は何かと文句を言いたいみたいだけれど、冷めたお茶が飲めないわけでもない。
 しかも、先触れもなしに突然やって来て、粗大ゴミを引き取りたいと言い出したのだから、お茶のことまではどうこう言われたくない。
 たとえ、温かいお茶を出すことがマナーであってもだ。
 いえ、ゴミを無料回収してくれるのなら、温かいお茶くらい出してあげても良いのかしら。

 そういえば、粗大ゴミが国王陛下と仲が良いと嘘をついていた話は社交界にはまわっているのかしら。
 それを知っていたら、粗大ゴミを欲しいだなんて、さすがに言い出さないわよね?
 ということは、カイセイク公爵家には話が流れていないのかもしれないわ。

 ジェドは私とルワ様の仲の悪さも、ルワ様が私の婚約者を欲しがる習性もわかっているから手を打ってくれたのかもしれないわね。
 
「ちょっと、あなた聞いているの!?」

 ルワ様が叫んだ時、勢いよく応接室の扉が開いた。

「来てやったぞ、レイティア! 俺に会いたくてしょうがないそうだな! あれだけさっきは冷たくしてきたくせに素直じゃないんだな!」

 粗大ゴ……じゃなくて、リュージ様は満面の笑みでやって来て、私の横に座ろうとしたので、閉じたままの扇の先を彼に向ける。

「お忘れですか?」
「いや。今は必要な時だろ? もしかして照れてるのか?」
「違いますわ。リュージ様、あちらを見てくださいませ」

 ルワ様のほうに視線を向けると、リュージ様は私のほうに来るのはやめて、ルワ様の横の空いているスペースに腰掛ける。

「お美しい女性だ。あなたのことは知っていますよ」

 鼻の下をデレデレと伸ばして、リュージ様がルワ様に話しかけた。

「あら。私も存じ上げてますわ。本当に素敵な方。あなたが旦那様だなんてレイティア様が羨ましいですわ」
「そんな! レイティアなんて僕のことをまるでゴミのように扱うのです」
「まあ! 本当に!? レイティア様って、そんなに冷たい方だったのですね」

 なぜか、ルワ様とリュージ様は手と手を取り合って、私のほうを見てくる。

「私のことは気にせずに存分に会話を続けてくださいませ」

 冷めたお茶でも美味しいし、出されているお茶菓子も昨日、ジェドが手土産に持ってきてくれた私の好きな店のマドレーヌだ。
 メイドたちに分けるならまだしも、ルワ様にもリュージ様にも食べさせたくない。
 この2人のお遊戯を見ながら、ここにあるマドレーヌは全部食べてしまいましょう。

「あら、レイティア様、そんなにお菓子ばかり食べますと太ってしまいますわよ?」
「今日は良いのです。もちろん、これからは控えるようにいたしますわ。殴る相手もいなくなりますので、運動することも減るでしょうから」
「殴る相手?」

 ルワ様が聞き返してきた時、控えめに扉がノックされた。

「どうぞ」

 私が代表して返事をすると、ジーネが中に入ってきて報告してくれる。

「お荷物の準備が整いました。いつでも出立していただけます」
「ありがとう」

 ジーネに礼を言ってから立ち上がり、ルワ様にお願いする。

「では、お持ち帰りいただけますでしょうか」
「は? 持ち帰り?」

 リュージ様はルワ様と手と手を取り合ったまま私を見上げた。

「ええ。あなたはこれからルワ様のお家で厄介になるのです。離婚届につきましては、離婚前にやっておかなければいけないことがありますので、もう少しだけお時間くださいませ」
「り、離婚!? 何を馬鹿なことを!」
「馬鹿なことを言っているのはあなたですわ。妻の前で他の女性と手と手を取り合っているのですから、それくらいのことをされてもおかしくないでしょう?」

 リュージ様、あなたが賢くなくて本当に良かったわ。

「リュージ様。お可哀想に。私の家に来てくださいな。可愛がって差し上げますわよ?」

 有り難いことにルワ様がリュージ様の腕に胸を押し付けて誘惑してくれる。
 私は笑みをこぼさないように必死にこらえたあと、私とルワ様を交互に見て、どうしたら良いか迷っているリュージ様に言う。

「荷物の用意は出来ていますわ。どうぞお元気で。この家の跡継ぎはいなくなってしまいますが、きっと国王陛下がこの領地を任せられる方を選んでくださいますわ」
「ちょっ!? ちょっと待ってくれ! そんなの俺は認めないぞ! タワオ公爵家は俺の家だぞ!」

 ルワ様の胸の誘惑に打ち勝ったリュージ様が、彼女の手を振り払って立ち上がったのはいいものの、見たくもないものを見せられてしまった。

「……リュージ様。興奮しておられますわね」
「え? あ!?」

 リュージ様は元気になってしまった彼の息子さんで膨れ上がった部分を手で隠そうとする。

「まあ!」

 私にとっては不快な光景だけれど、ルワ様はなぜだか嬉しそうだった。

「ジーネ、騎士を呼んで」

 勝手に出て行っても良いのかわからなかったのか、ジーネが部屋の扉の前で立っていたので彼女に指示をした。
 ジーネは「はい!」と返事をしたあと部屋を出て行き、入れ替わりに騎士が入ってきた。
 そして、リュージ様の様子を見て眉根を寄せてから尋ねてくる。

「一体何があったのですか? そして、これからどうされるおつもりで?」
「カイセイク公爵家にお連れしてもらえる? それでよろしいですわね、ルワ様?」
「もちろんですわ。ふふ、可愛い方ね。幸せにしてあげますからね」

 リュージ様の背中をさすりながらルワ様はそう言ったあと、勝ち誇った笑みを浮かべて私を見る。

「ごめんなさいね? また、あなたの大事な人を奪ってしまったわね」
「良いんですのよ」

 私にとって大事な人があなたに奪われたことなんて一度もないんですけれども?

「おい! 誤解だ、レイティア! 俺はお前のことを愛すると決めたんだ!」
「結構です。さようなら」

 どうしても笑みがこぼれてしまいそうになるので、右手に持っている扇で顔を隠して、左手を横に振った。

「待ってくれ! 俺は行きたくない!」

 リュージ様は必死に抵抗していたようだけれど、騎士たちによって連れられていった。

 リボンを巻いてあげられなかったから、後で送ってあげましょう。

 さすがにルワ様も連れて帰った相手が粗大ゴミだということに気付きはするでしょうけれど、私の知ったことではないわ。

 さあ、セイフが帰ってくるまでに色々と手回しをしないと。
 それから、離婚届に記入もして、カイセイク家に送らないといけないわね。
 あと、リュージ様には爵位を手放してもらう書類にサインもしてもらわないといけないわ。
 だけど、これに関しては、私たちの住んでいる国では国王陛下の許可が必要だから、ご連絡差し上げなくちゃ。
 そうだわ。
 私がこの屋敷を出る前に別邸にいる人たちを全員、家に帰してあげたい。

 ああ、やることが一杯だわ!
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